第30話 信用がない……

「サイレンス……」


 不自然なほど急に静かになった冒険者ギルドにポツリと響いた。だるさが滲んだ低い男の人の声だった。


 もしかして、ギルド長がなにかやったの?


 先ほどまで白熱していたのがウソのような寒々しい静けさだ。


 なんで……?


「…………」


 呟いた声は、しかし、音にならずに口だけがパクパクと動いた。


 どういうこと!? しゃべれない!?


「やれやれ、実践では何の役に立たない声を奪うだけの魔術が、僕がギルド長になってから一番頼りになる魔術になるとはね……。君たちは騒がしすぎるんだ。もうちょっと静かにしなよ。怒鳴らなくても、議論はできるだろう?」


 だるそうな声には、多分に呆れを含んでいた。


 それでも、ギルド長に意見できる人は居ない。彼がみんなの声を奪ってしまったから……。


「君たちがなにを討論していたのかは知っている。嫌でも聞こえてきたからね。さて……。あーっと? それで、どの子が?」


 ギルド長の視線が私たち三人の顔を行き来する。


「真ん中の女の子らしいです」

「え? あの子って成人してるの? たしか、冒険者登録を認めたのはドワーフの所だっけ? 相変わらず、いい加減すぎるでしょ……」


 ギルド長は、なんとも面倒くさそうに後頭部をガリガリ搔いていた。


「それでさ、まず君は本当にドラゴンを従えてるの?」


 ギルド長の寝ぼけたような、でも鋭さを感じる目が私を射抜いた。


 私はギルド長に頷いて応える。緊張して喉がカラカラだった。


「そうか。まったく、面倒な事になったな……。まず初めに冒険者ギルドとしての決定を伝えようか。冒険者ギルドは、あのドラゴンを従魔として認めるよ」


 やった!


「…………!」

「…………ッ!」

「……!」


 でも、喜ぶ私とは反対に、無言の抗議をする人たちがいっぱい居た。


「君、しゃべってもいいよ」


 ギルド長が無言の抗議を続ける人に杖を向けると、一人の冒険者がしゃべりだす。


「それじゃあ街が燃やされてもいいってのか!? あんたは一度ギルドが下した決定を反故にしたくないから言ってるのかもしれねぇが、街があのドラゴンに襲われたら、責任がとれるのかよ!? ドラゴンの主は、こんな小せえガキだぜ!? こんなガキがドラゴンを制御できるわけがねぇ!」


 冒険者の男の言葉が、私の胸に刺さる。ようするに、私への信用が無いから、この人は怖がってるんだ。


 私に信用があれば、こんなことにはなっていなかったはずだ。


 俯く私の足にふぁさっとした感触が走る。クロだ。


 クロはなにも言わない。ひょっとしたらクロも魔法でしゃべれないのかもしれない。でも、靴に手を置いて私を見上げるクロの瞳は心強かった。


 その時、背中に柔らかな温かさを感じた。アメリーが私を後ろから抱きしめたのだ。


 そして、シヤが優しく頭を撫でてくれる。


「…………」

「…………」

「…………」


 言葉はない。


 でも、三人が私のことを気遣ってくれているのはちゃんと伝わってきた。


 私は三人の温かさに目を瞑るのだった。



 ◇



 その後、ギルド長はなんと言われてもグウェナエルを従魔として認めると言い切った。


 私としては嬉しい限りだけど、冒険者さんの言っていた通り、一度冒険者ギルドが認可したものをひっくり返すことができなかっただけなのかもしれない。


 ギルド長は、無条件に私たちの味方というわけではないと思う。


 自分たちの意見が退けられた形となった冒険者たちは、睨むような鋭い視線で私を見ていた。怖い大人たちに睨まれて、私は泣いちゃいそうだった。


 それでも泣かずにいられたのは、アメリーとシヤが冒険者たちの視線を遮るように立ってくれていたおかげだ。


「さっさと用を済ませて帰るにゃ」

「うん……」


 私としてはもう帰りたいところだけど、冒険者ギルドに来た用を済ませないとね。


 私は震えそうになる足を踏み出して、冒険者ギルドのカウンターへと向かう。


「いらっしゃいませ。ご用件は?」

「あの、モンスターの素材の買取をお願いします……」

「今、お持ちですか?」

「はい」

「では、こちらのトレイにどうぞ」

「……?」


 私の前に置かれたのは大きめの金属のトレイだった。でも、これでは小さすぎて素材を乗ってることはできないけど……?


「わたくしたちはマジックバッグを持っています。モンスターの素材も大量かつ多種多様におよびますわ。解体室か、保管庫のような場所の方が貴女方も楽でしょう?」


 私はグウェナエルからマジックバッグを預かっていた。グウェナエルが持つものより小さいそれは、予備のマジックバッグらしい。そして、予備のマジックバッグは、グウェナエルの持つマジックバッグと中身を共有していた。


 グウェナエルが狩ったモンスターの素材をマジックバッグに入れて、私たちはマジックバッグに入ったモンスターの素材を冒険者ギルドに売る作戦だ。


「マジックバッグですか!? かしこまりました。こちらへどうぞ」


 私たちは受付嬢さんに続いて冒険者ギルドの奥へと進んでいく。


「マジックバッグだと!?」

「ドラゴンを従えて、更にマジックバッグ……」

「それに大量の素材だとよ」

「あいつは何者なんだ? 神話で謳われる冒険者かよ!」


 後ろから冒険者たちの驚きの声が聞こえたけど、私は聞かなかったことにした。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る