第29話 すごいにゃ! すごいにゃ!

「おっほー! すごいにゃ! すごいにゃ!」

「ここを選んで正解でしたわね」


 海沿いの小高い山。そこに建った一番高い宿屋の最上階から見た景色は、息を呑むほど美しい。ベランダからは輝く海が一望でき、空と海の境界線がぼんやりと向こうに見える。一面青色の景色は、まるで空を飛んでいるかのような錯覚まで感じさせた。


 まぁ、私たちはグウェナエルの背中から海を見ているから驚きは半減だけどね。それでも素直に美しいと思える景色が広がっていた。


 目を部屋の中に移しても、外の世界に負けないほど優雅な様相が広がっている。


 ピカピカに磨かれた大理石のようなマーブル模様を描く石床。深紅に染め上げられたふかふかの絨毯。まるで宮殿のようだ。キラキラに輝くシャンデリアとかもある。


「少し休憩したら、冒険者ギルドに行きましょうか」

「そうだねー」

「にゃー」


 大きくてちょうどいい固さのソファーに身を預けると、深いため息が出た。森での生活で、知らないうちに体に疲れがたまっていたようだ。体が溶けるように深く深く沈んでいく。


「グエル大丈夫かな?」

「グエルもドラゴンですし、滅多なことでは後れを取るようなことはありませんわ」

「そうにゃそうにゃー」

「あれには我の教えをすべて叩き込んだのだ。敗北はない」


 私は絨毯の上で横になっているクロを足で撫でる。もちろん靴は脱いで靴下でだ。クロは一瞬チラリと私を見たけど、そのまま撫でられるままになっていた。


 もちろん強すぎないように注意は必要だけど、この踏み心地がいいのよね。クロも満更じゃなさそうだし。


 でも、女の子に踏まれて喜ぶなんて、クロってばドMみたいだね。


 そしたら、私はドSになるのかな? 意地悪なつもりはないんだけどな。むしろクロにいろいろと尽くしているくらいだと思うんだけど……。


 ま、いっか。



 ◇



「ここが冒険者ギルド……!」


 私の目の前には、石造りの厳めしい建物があった。大きな剣と杖が交差した冒険者ギルドのレリーフがドアの上に飾られている。なんだか物々しい雰囲気を感じた。


「では、行きましょう」

「うん!」


 シヤに促されて、私は冒険者ギルドのドアを開いた。


「あのドラゴンが従魔だなんて認められるか!」

「そうだ! あれは人になんか制御できるわけがねえ!」

「今すぐ討伐した方がいい!」


 冒険者ギルドの扉を開けたら、怒号のような声がいくつも聞こえてきた。グウェナエルを危険視している声だ。中には討伐してしまおうなんて声もあった。


「ですから、ドラゴンは従魔として冒険者ギルドに認められた存在です。従魔を勝手に討伐しては罰が下りますよ!」

「そうです。それにそのドラゴンが危険と決まったわけでは……」

「お前らは見てないからそんなことが言えるんだ! あれはそんな生易しいものなんかじゃねえ! 人間が制御するなんて不可能だ! あれは違う! 明確に生き物としての格が違うんだ! 見ろよ、まだ体の震えが収まらねえ……」


 冒険者たちは、ギルドの受付嬢さんたちに詰め寄っているようだった。


「ギルドが従魔として認めた以上、ドラゴンは安全なはずです」

「じゃあギルドはドラゴンに街を焼かれたら責任がとれるのかよ!?」

「それは……」


 受付嬢さんが言葉に詰まると、冒険者たちの語気も更に荒くなっていく。


「責任なんてとれねえだろうが! いいからギルドはあのドラゴンの討伐許可を出せ! 俺たちでも勝てるかなんて分からねえが、このまま座して街が燃やされるのを待つ気はない!」

「あの!」


 私は勇気を出して声をあげる。このままだとグウェナエルが殺されてしまうような気がして、居ても立っても居られなくなったのだ。


「あ?」


 途端に冒険者たちが険しい表情を浮かべて私を見た。


 怖い。


 大勢の人たちに怒りの感情をぶつけられて、私は叔父の暴虐を思い出した。


「ひぃ……!」


 怖い。


 だんだんと冒険者たちの顔が叔父の顔に見えてきて、体が震えてしゃべれなくなってしまった。口を開こうとすれば、カチカチと歯が鳴るだけで、意味のある言葉を紡げない。


「ガキが! 邪魔するんじゃねえよ! 家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな」

「いや待て、あいつは……!」

「そうだ、あいつこそが……ドラゴンの主……!」


 冒険者の中には、私がグウェナエルを従えていることを知ってる人も居るみたいだ。私はグウェナエルがこれ以上悪く言われないように懸命に口を開く。


「ち、違うもん! グエルはそんなことしないもん!」


 その時、冒険者ギルドの奥の扉が開いたのに気が付いた。


「ギルド長、早く!」

「分かった、分かった。手、痛いって……」


 扉の向こうから現れたのは、受付嬢さんに手を引かれた髪がボサボサのおじさんだった。色白で体の線も細くて、なんだかモヤシみたい。


 ギルド長って呼ばれていたけど、この人が冒険者ギルドで一番偉い人なのだろうか? 


 なんだか全然覇気を感じない人だ。この人が冒険者ギルドの一番偉い人で、冒険者さんたちが納得して従うのかな?


「ギルド長……」

「いつも仕事から逃げまくってるギルド長のお出ましだと? 槍でも降るのか?」

「ドラゴンなら降ってきたけどな。いや、待てよ……」

「まさか……。本当に……?」

「マジかよ……。マジであのガキが……!?」


 言い争いをしていた冒険者さんたちもギルド長の登場に気が付いたようだ。ビックリした表情でギルド長と私を交互に見ていた。





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