第5話 猫ぱんちっ!

「舞よ、来たぞ!」

「うん!」


 深い森の中、ドスンドスンと地響きを鳴らして、木々の間から現れたのは、ツノが四本も生えたトリケラトプスのような大型トラックほどある巨大なモンスターだ。私たち目掛けて、猛スピードで突っ込んでくる。


 正直、ものすごく怖い。


 でも、私は逃げ出さない!


「影よッ!」


 クロの言葉と同時に、周りの影が実体を持ってトリケラトプスを拘束する。


「BUMOOOOOOOOOOOOOOO!!!」


 クロの創り出した影は頑丈で、トリケラトプスは身動き一つとれなくなった。


「舞、止めを!」

「うん……!」


 私は、振りかぶって力を溜めていた右手を下から掬い上げるように宙に開放する。


 私はクロの提案で自分の魔法を性能を把握している。私の唯一の武器だからちゃんと把握しないとダメだと言われた。


 私の魔法は、拳を相手目掛けて振ることで発動する。たとえどんなに距離が離れていても必中だ。そして、私の魔法をくらった相手は、今のところ百パーセント気絶している。


「猫ぱんちっ!」

「BOMO!?」


 トリケラトプスの頭が、まるで下から殴られたように上を向き、ぐったりと力なくうなだれる。気を失ったのだ。


 パチパチパチパチッ!


 大きな拍手の音に振り返れば、黒鉄のドラゴンが居たが居た。グウェナエルだ。


『お見事です、マイの姐御! 師匠!』


 グウェナエルは、いつの間にか私のことを姐御、クロのことを師匠と呼ぶようになっていた。私たちの魔法、特にクロの魔法の腕前に感服したらしい。


『姐御の相手を傷付けずに気絶させる魔法もすごいですが、やはり師匠の魔法の腕前は素晴らしい! 特に発想が素晴らしいですね! まさか、単一の魔法をここまで器用に操るとは……! このグウェナエル、感服いたしました!』

「さすがマイ様、クロ様ですにゃ! あの森の暴れん坊、クワトラトプスを簡単に退治にゃんて!」


 そう言ってグウェナエルの前に出るようにして現れたのは、私よりも少し背の高いアメリーだ。彼女は族長の娘で、私たちのお世話係をしてくれている。


 アメリーは私よりも少し年上なくらいで、年齢が近い私たちはすぐに打ち解けた。猫族の子どもは、にゃーにゃー言ってて反則なくらいかわいい。


 今は猫族の大人が居るからかしこまった言い方だけど、二人の時はくだけた物言いをしてくれる。私の中では、もうお友だちだ。アメリーもお友だちだと思ってくれてたらいいな。


「さすが使徒様だなぁ」

「あの三等級モンスターのクワトラトプスをまるで赤子の手をひねるように……!」

「こりゃ今夜も宴会だ!」

「お見事です、使徒様!」


 隠れていた周囲の猫族たちも、私たちを褒めてくれる。


 私とクロも魔法の練習ができて、なおかつ村に貢献できて大満足である。


 意外なことに、猫族って狩猟民族なのよね。


 ポンッと家まで貰っちゃったし、少しは恩を返さないとね。


「あの、三等級って何ですか?」


 A5とかのお肉の品質とかなのかな?


「モンスターの強さを数値化したものだな。ようはそのモンスターがどれだけ危険かを表したものだ。よく冒険者が使ってるぞ」

「三等級だと、普通の村が軽く壊滅しちまうようなレベルだな」

「村が!?」

「城壁のある街でも厳しいんじゃないか? 城壁ぐらい壊せるだろ」

「街も!?」


 ぱんちで一発で倒してしまったけど、本当はかなり危険なモンスターらしい。


「まあ、猫族の村は木の上に家があるから大丈夫だけどね」

「そうなんだ……」


 城壁を破壊してしまうような危険なモンスターが普通に闊歩しているなんて……。この森ってかなり危険なのでは……?


「それよりも使徒様、お願いします」

「うん……。じゃあグエル、お願いできる?」

『かしこまりました!』


 グウェナエルがクワトラトプスに白い毛皮のポシェットを向けると、クワトラトプスの巨体が一瞬にして消える。マジックバックに収納したのだ。


『では、このまま帰りましょう』


 木漏れ日を受けて濡れたように輝くグウェナエルは、とてもかっこよかった。


『では姐御、師匠、それとアメリー、乗ってくだされ』

「うん!」


 グウェナエルが地面に伏せると、私たちはグウェナエルの背中へと登った。


 白銀の鱗はツルツルしていて登りにくいけど、そこはクロの魔法が大活躍だ。


「クロ」

「うむ」


 クロが頷くと、グウェナエルの背中への影の階段ができる。


「いこ、アメリー!」

「うん!」


 私はアメリーの手を握って、階段を上った。


『では、いきますぞー!』


 私たちが背中に座るのを確認すると、グウェナエルの大きな翼を羽ばたかせた。


 すると、重力なんて無視するようにグウェナエルの巨体がふわりと宙に浮いた。


 グウェナエルが優雅に羽ばたくと、その度に高度が上がっていく。


 そして、猫族の村へとゆっくりと飛び出した。


 下の森を歩く猫族の狩人たちと同じ速度でゆっくりと遊覧飛行のように飛ぶグウェナエル。


 下の猫族たちがモンスターに襲われたらたいへんだからね。


「すごいすごい! やっぱり空を飛ぶのは気持ちいいにゃ!」

「そうだねー」


 アメリーと二人して笑う。


 下には鬱蒼とした樹海がどこまでも続き、上を見上げれば、雲一つない青空が続いている。風も穏やかで気持ちがいい。


「ありがとう、グエル!」

「ありがとにゃ!」

「うむ。よき働きであった。褒めて遣わす」


 それから三十分もすると、グウェナエルが猫族の村の広場に降り立った。


 最初、猫族の村にドラゴンで乗り付けたときは大騒ぎだったけど、今ではもう見慣れた光景だ。


『ありがたき幸せ』


 グウェナエルがツノに引っ掛けたマジックバックを手に取った。


 次の瞬間、広場を占領するように現れたのは、クワトラトプスの巨体だ。


「おぉー! まさかクワトラトプスを狩られるとは!」

「さすが使徒様じゃ!」

「使徒様ばんざーい! アベラール様ばんざーい!」

「「「ばんざーい!」」」

「ありがとうございまーす!」


 私は、万歳する猫族たちに手を振って応えた。私が手を振ると、歓声が一段と大きくなった気がした。


「解体にかかるぞ!」

「でけーからな。見習いや引退した爺様たちも呼んでこいや!」

「ういっす!」


 クワトラトプスの近くに集まっていた狩人たちに私は近づいていった。


「私たちも手伝います!」

「おお! 使徒様方が手伝ってくださるなら百人力ですぜ!」

「仕方がない。舞はお人よしだな」

『無論、オレも手伝います!』


 私自身はあんまり力になれないけど、器用に影を操るクロや、ドラゴンの怪力を持つグウェナエルはまさに百人力の力を発揮してくれる。


 大型トラックくらいあるもんね。みんなで協力しないと、いつまで経っても終わらない気がする。


「がんばりましょうね、マイ様!」

「うん! がんばろうね、アメリー」


 私とアメリーも邪魔にならない程度にがんばろう!




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