第6話 幸せって何だろうね?

「クロ、幸せって何だろうね?」


 猫族の村の木のぬくもりがする素朴なマイホーム。


 熊の毛皮の絨毯に寝転んで、私はクロに問いかけた。


 猫族の村に来て、もう一週間が経過しようとしていた。


「ふむ。難しい質問だな。本人が幸せだと感じれば、それは幸せなのではないか?」

「うーん……」


 幸せって難しいね。


 あの初めてお酒を飲んだ日の夜。私は幸せになって、お父さんとお母さんにいっぱいお土産話を持っていくと心に決めていた。


 でも、いざ幸せになろうと思うと、何が幸せなのか分からなくなってしまった。


 犬族と兎族への謝罪も済ませた今、いったい何をすればいいのか分からず、私は動き出せずにいたのだ。


「そう難しく考える必要もない。舞は何かしたいことはないのか?」

「したいこと……」


 ここでの生活はとても快適だ。なにもしなくてもご飯が出てくるし、掃除やお洗濯もしてくれる。


 でも、しいて言うなら……。


「私、お風呂に入りたい」


 猫族の村には、お風呂が無い。せいぜいお湯で濡らしたタオルで体を拭くだけだ。


 日本人としての心が、猛烈に湯舟を求めていた。


「風呂か……」


 クロが苦々しく呟く。


「クロはお風呂嫌いだもんね」

「毛が濡れるのが嫌なのだ」

「でも、お風呂を作るのって大変そうよね。手軽なので言うと……。やっぱり五右衛門風呂とか?」

「我に風呂に関する知識は無い。舞が考えよ」

「うーん……」


 思い出してみると、猫族の村には風呂釜になりそうなものが無い。


「できれば広い温泉に入りたいけどねー……」


 山はあるけど、この辺りには湧いていないみたいだし、どうしよう?


「ならば、温泉とやらがある所まで行けばよいのではないか?」

「何年の大冒険する気よ……」

「グエルで飛べばよかろう? そう何日もかからんと思うが?」

「うーん……」


 そりゃグウェナエルに乗って飛べればすぐかもしれないけど……。


「付いてきてくれるかな……?」

「そう命じればいい」

「それは――――」


 私はもうグウェナエルに対してなにかを命じるのに抵抗を覚えていた。


 家族とは違うけど、仲間のように感じているのだ。お友だちと言ってもいいかもしれない。


 それにグウェナエルは、猫族の人たちとうまくやってるみたいだし、無理やり引き離すのはかわいそうだ。


「冗談だ。奴ならば、声をかければ付いてくるだろうよ」

「そうかな?」

「うむ。不安は早く解消するに限る。グエルに会いに行くぞ」

「あっ! クロ!」


 私はクロに付いて、猫族の村の広場へと向かった。


 もう夜の森の中。月明かりが木漏れ日のように輝く広場に、まるで小高い山のような黒鉄のドラゴンの姿が見えた。


「舞よ、訊いてみろ?」

「うん……」

『おや? 姐御と師匠ではありませんか。どうかなさいましたかな?』

「うん……。あのね、グエルはさ、私たちが村を出る時、付いてきてくれる……?」


 グウェナエルは、ビックリしたように目を見開いた。


『当然ではありませんか! たとえ付いてくるなと言われようと、オレは付いていきますぞ!』

「それはどうなんだろう?」


 でも、グウェナエルは付いてきてくれるようだ。それは素直に嬉しかった。


「でも、どうして付いてきてくれるの? グエルは猫族の人たちと仲いいでしょ? いつも一緒にお酒飲んでるし」

『たしかにそうですが……。やはりオレを快く思わない猫族も居るようでしてな。それに、酒も尽きかけているようですし……。父にも言われてますし……』

「お父さんに?」

『はい。自分を負かした相手を超えるまで婚活はダメだと……』

「婚活? グエル結婚するの?」


 なんだか予想外の言葉が出てきた。


『はい。我らドラゴンの男は財宝を貯め、その財宝を意中の女性に捧げることで、つがいになることを許してもらうのです。どれだけ多くの財宝を集められるかが男の甲斐性の見せどころですね』

「うーん……。なんだかすごく女の人が有利じゃない?」

『ドラゴンは女性の方が強いですから……。それに、つがいとなって子をなすにはお金がかかりますからね……』

「そうなの?」

『我らドラゴンは永遠の生を持っていますが、その副作用か、子どもができる確率が驚くほど低いのです。それでその……なんと言いますか……』


 そこでグウェナエルが急に言葉を濁した。どうしたんだろう?


「交尾か?」


 そこで助け舟を出すようにクロが言う。


『そうです交尾です!』


 そして、グウェナエルは飛びつくように肯定した。


 交尾って……そういうことだよね? 保険の時間に習ったけど、まさかグウェナエルが……。


 顔見知りの口から聞きたくはない単語だ。思わずジト目でグウェナエルを見てしまう。


『そんな目で見ないでくださいよ! オレだって恥ずかしいんですよ!?』

「ふーん……」

『ああもう! とにかく、ドラゴンは少ない確率を少しでも上げるために、まぁ……交尾中心の生活になるので、その間の生活費やらがかかるわけで……。それで、たくさんのお金が必要になるわけです!』


 ドラゴンなんてファンタジーで幻想的な生き物なのに、なんだかその生態はかなり生々しかった。


 そりゃお金は大事だけど……。うん……。


 訊いたのは私だけど、できれば聞きたくなかったなぁ……。

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