第4話 お土産

「では貴女方は、アベラール様の使徒様なのですか!?」


 ハゲた頭に猫耳の生えたおじさんの驚きの声は、村の真ん中にある広場に響いた。


 ここ猫族の村は、木の上に作られたツリーハウスが蔦の橋で結ばれていて、まるでキャットタワーのような村だった。ちょっとかわいい。


 村の中でも一番大きい広場に私たちはいた。


 私たちの後ろには、まるで犬のようにお腹を見せて謝罪しているグウェナエルの姿があった。


 村の偉い人なのか、族長さんの他にも猫族のおじさんたちがたくさんいる。


 今は丁度、グウェナエルを連れて族長さんに謝りに来たところなのだけど、族長さんたちはグウェナエルが謝りに来たことよりも、私たちが白い猫の神様にこの世界に連れてこられたことに驚いていた。


「クロ、アベラール様って誰だっけ? 知ってる?」

「おそらくあの白猫のことだろうな。ふむ……。そうだな、我らはアベラールとやらの使徒を名乗るといいだろう」


 膝の上に置いて抱いていたクロに耳打ちすると、クロが答える。どうやら猫族の人たちにもクロの言葉は分からないようなので、隠れて相談するにはもってこいだ。


「どうしてしとってのを名乗るの?」


 て言うか、しとって何?


「様付けで呼んで敬っている神の関係者だと分かれば、待遇も良くなるだろうからな。それに、あながち嘘を言っているわけではない」


 そういうものなんだろうか?


「はい。私たちはアベラール様の使徒です」

「やはり! やはりアベラール様は我らをお見捨てにならなかった! アベラール様、そして使徒様、感謝いたします!」

「アベラール様に感謝を! 使徒様に感謝を!」


 この部屋に集まっていた猫族のおじさんたちが一斉に歓声を上げた。


 笑顔を浮かべる彼らにとっては、それだけめでたいことなのかもしれない。


 どうでもいいけど、猫耳を生やしたおじさんってあんまりかわいくないね。猫耳のパワーをもってしても、ハゲたおじさんをかわいくすることはできなかったようだ。


 やっぱり、猫耳はかわいい女の子に似合うよね。


 村を通る途中に見かけたけど、猫耳の女の子たちはかわいかった。


 でも、猫耳の男の子も居たんだけど、意外にかわいかったのよね。


 やっぱり猫耳はすごい!



 ◇



 その後は、飲めや歌えやの宴会になったんだけど……。


「あはっ! お月様が二つもあるー!」


 金色に輝く二つの月は、まるでクロの瞳のようだ。


「舞よ、いったん座れ。そんな千鳥足で歩いては下に落ちてしまうぞ」


 私たちがいるのは、木の上に建てたられたログハウスのような家のベランダだ。釘なんかも使わず、全部木でできた和む家だ。猫族の族長が、なんと家をまるごと一つプレゼントしてくれたのである。


 だから、今日からここは私たちの家だ。マイホーム万歳!


「あととっ!」


 足がもつれて、ベランダの床にお尻を着いた。でも、全然痛さを感じない。


「あはっ」


 それよりも楽しくて楽しくて仕方がなかった。


 森を吹き抜ける夜風が火照った体に気持ちいい。


「まったく。酒と言ったか? 毒ではないと言っていたが、本当は毒だったのではないか?」

「毒なんかじゃないわよー。だってこんなに気持ちがいいんですものっ!」


 体がふわふわをして、今にも飛べちゃいそうだ。


 立ち上がろうとすると、そうはさせないとばかりにクロが私のあぐらのうえに乗った。


「座っていろ。立ったら危なくて仕方がない」

「なぁーにクロ? 遊んでほしいの?」

「違う」

「照れちゃってー」


 私はクロの背中に顔をダイブさせると、思いっきり息を吸い込んだ。


 なんだか懐かしい匂いがする。


 お父さんとお母さんが死んじゃったのなんて嘘で、今にもお母さんが名前を呼んでくれそうな気配までした。


 でも、現実は非情だ。


 いつまで経っても私の名前を呼んでくれることはなかった。


「止めろ、毛が濡れる」

「クロ……。私たち、二人きりになっちゃったね」

「はぁ。そうだな」

「神様は何で私たちだけこっちの世界に連れてきたんだろう? お父さんとお母さんもこっちの世界にいるのかな?」

「それは……」


 クロの言葉が途絶え、急に辺りが静かになる。私よりも早いクロの鼓動が大きく聞こえた。


「あのまま死ねたら、私たちはお父さんとお母さんに会えたのかな……?」

「舞よ、我は舞に死んでほしくはない。舞の両親もきっとそう言うだろう」

「そうかな? でも、二人ぼっちは寂しいよ……」

「独りでないだけマシだろ? 舞は我と一緒では嫌か?」

「嫌じゃないけど……」


 でも、やっぱり寂しい。いつもは気にしないようにしているのに、今日はどんどん寂しい気持ちが溢れてきた。


「舞よ、こう考えてはどうだ? 我らは旅をしているのだ」

「旅? どういうこと?」

「これから長い時間をかけて、いろんなものを見聞きして、楽しいことをたくさんしてやろう。そして、いつか死んでしまった時に、たくさんの土産話を持って両親に会いに行けばいい」

「でも……。待っててくれるかな?」

「きっと待っててくれるさ。もしまた会えた時に、土産話が少ししかないのでは、すぐに退屈になってしまうぞ?」

「うん……そう、だね……」


 寂しい気持ちは大きく減ったけど、完全に無くなったわけではない。


 たぶん、私が生きている限り、私の隣には寂しさが横たわっているのだろう。


 これも慣れなくちゃいけないのかな……。


「ぐすっ」

「おい、鼻水は勘弁してくれよ?」


 そんなことを言いながらも、クロは動かずに私の傍にいてくれた。


 私、なんだかクロにはお世話になってばっかりだな。


 私を命懸けで守ってくれたのもクロだし、今はこうして私を励ましてくれる。


 このままクロに頼りっきりはダメよね。私はクロのお姉ちゃんなんだから!


「ありがと、クロ。クロもなにかあったら私に相談してね?」

「その時がきたらな」


 顔を上げると、クロと私の鼻との間に鼻水の橋ができていた。


「あー……」

「どうかしたか?」

「なんでもないよ」


 私は見なかったことにして橋を壊すと、クロの体を制服の袖で拭ってあげる。


「なんだか背中がやけに冷たいんだが、舞……?」

「それより! グウェナエルは大丈夫かしら? あんなにお酒をガブガブ飲んでいたけど」

「はぁ。我が宴会場を出るときは平気そうだったが。むしろ、猫族が総出となってどちらの方が酒が強いか勝負を挑んでいた。あのドラゴンは酒にも強いらしい」

「へぇー」

「舞はコップの半分でダウンしたがな。舞は酒に弱いようだ。以降は酒を飲むなよ? なぜあんなものを皆が飲みたがるのか、わけが分からん」

「でも、おいしかったよ?」

「いくらおいしくても、前後不覚になるようなものは飲めん。そんなことでは野生では生きていけないぞ?」

「野生って……」


 私は族長に勧められて、断り切れずに飲んでしまったけど、クロは最初からキッパリと断っていた。クロの持つ猫センサー的に、お酒は害と判断されてしまったみたいだ。


「それより、今後について考えよう。舞は行ってみたい所はあるか?」

「行ってみたい所……」

「なるべくなら、楽しい土産話を用意したいだろ? これからは幸せを手にすればいい。不幸など、舞の力で殴り飛ばしてしまえ」

「幸せ……」


 私はクロが傍に居れば幸せだけどな。でも、クロと一緒にこの魔法があり、ドラゴンまでいる不思議な世界を遊んで回るのは楽しそうだ。

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