第25話 憤怒

 俺様は、コンドラート。同期に生まれたドラゴンの中でも序列二位の強者だ。俺様に敵う者など、ドラゴンの中でも少ないだろう。俺様は、世界でも上から数えられるほどの強者だ。そのはずだ。だというのに……。


『クソがッ!』


 今の俺様はただの負け犬だ。たかが人間に負けたという事実が、俺様の心を苛む。


 人間ごときに負けた。あの最弱竜と同じなど耐えられない屈辱だ。


 なにか物に当たってしまいたい気分だが、そんな惨めなことはしたくない。


 今すぐにでもリベンジしたい気分だが……。


『だが、あの攻撃は何だ?』


 人間の少女が使った一撃で俺様の意識を刈り取った魔法。あんな魔法は知らない。


 正体不明の者が使った正体不明の魔法。警戒するに余りある。


 なんの対策もしなければ、おそらく俺様は負けるだろう。同じ相手に二度も負けるなど、俺様の矜持が許さなかった。


 リベンジしたいのに対策が浮かばないためできない。これはかなりの屈辱であり、俺様の心をざわつかせた。


『クソッ……!』

『どうしたコンドラート? お前がそんなに荒れているとは珍しいな』

『親父……。どうしたんだ急に?』

『そんなに負のオーラを撒き散らしていては心配にもなる。それで、どうしてそんなに荒れているのだ?』

『それは……』


 親父に敗北を知られるのは恥だ。だが、自分一人ではいい案が浮かばないのも分かっている。


 俺様は恥を感じながらも親父の知識に縋ることにした。


『実は……。人間の魔法使いに負けたんだ。一撃で俺様は意識を失った……』

『なに?』


 親父にも俺様の敗北が信じられないのか、念話に少しだけ間が開いた。


『よく生き残ったな。逃げるは恥だが役に立つ。リベンジは果たしたのか?』

『違うんだ親父。俺様は……見逃されたんだ……』

『なに?』

『俺様は財宝をすべて奪われ、その代わりに見逃されたんだ……』

『なんという……。そんなことがありえるのか……?』


 親父が絶句するのも無理はない。ドラゴンとは、生ける宝物庫だ。人間どもの野蛮な話だが、ドラゴンを一体狩れば、三代は働かなくてもいいほどの財になるらしい。それほどまでにドラゴンの素材というのは高価なのだ。


 そのため、強いドラゴンにとって、人間というのは弱いクセにドラゴンに挑戦しに来るカモだったはずだ。


 だが、あいつらは俺様を気絶させたというのに、俺様を殺すことはなかった。俺様を捕獲したというのに、俺様を殺すことはなかった。


 まるでお前などいつでも殺せる。お前の命など、はした金だ。そう言われている気がした。


 なんたる傲慢! なんたる屈辱! 思い出すだけでも腹立たしい!


『今は命が助かっただけでもよしとしておけ。屈辱を晴らすための時間はまだ少し残っている。しかし、財宝を奪われたのは大きな痛手だな。お前は龍王の娘たるジャンナ姫を娶るのだぞ? 早急に財宝を集め、優秀であることを皆に示す必要がある』

『だが、俺様は一刻も早くあいつらに復讐したいのだ!』

『それができれば一番丸く収まるな。それで? 勝機はあるのか?』

『…………』

『はぁ、相手は人間の魔法使いと言ったな?』

『ああ』

『先にも言ったが、今は時間との勝負だ。こちらでその魔法使いに勝てる切り札を用意してやる』

『だが、親父!』

『自ら復讐したいお前の気持ちはわかるつもりだ。しかし、相手の魔法がお前の龍鱗の加護を貫通する以上、有効な手はない。この敗北はお前が強くなるための糧にでもするのだな』

『親父……』


 そうなのかもしれない。今はジャンナを娶ることを最優先するべきという親父の言い分は分かるつもりだ。俺様は親父の用意する切り札であの魔法使いどもを殺す。


 悔しい気持ちは正直ある。だが、これ以上のわがままは許さないという親父の覇気に丸め込まれてしまった。


『それで? お前を負かせた魔法使いというのは、どういう奴なのだ?』

『…………。まだ幼い人間の女だ。黒い瞳に黒髪、腰まで届く長い髪をしていた。ああ、おそらくグウェナエルと行動を共にしているはずだ』

『グウェナエル? あの最弱竜のか?』

『ああ』

『…………』

『親父?』

『なるほど。お前はグウェナエルに担がれたかもしれんぞ?』

『どういうことだ?』

『グウェナエルは弱いだろう?』

『ああ』

『グウェナエルは弱い。そのことはグウェナエルも分かっているだろう。だから強い人間と手を組んだ……』

『あ……』


 ありえる。ドラゴンとしての矜持が無いグウェナエルならば、ありえる!


 あいつならば、そんな抜け穴のような手段も思いつくだろう。


『そういうことか……』


 認めようグウェナエル。お前は俺様に知略で勝った。次はこうはいかんぞ!


『ならば、お前が切り札を使うのもおかしな話ではない』

『なるほどな。使ってお相子か……』

『グウェナエルと行動を共にしているのなら、すぐに遠視で見つかるはずだ。そして、コンドラートを倒した魔法使いの天敵を召喚すればよい。これでお前の財宝は元通りだ。グウェナエルの持つ分も合わせれば、プラスになるだろう。最弱竜が財宝を持っているかは知らんが』


 親父の言葉に、俺様はメキメキと復讐心を滾らせていくのだった。




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