第8話 旅立ちキャンセル
「行ってしまわれるのですな……」
「はい!」
猫族の村の中央広場。そこにはたくさんの猫族が集まっていた。族長たちが、送別会を開いてくれたのだ。
とは言っても、長い演説があるわけではないらしい。
「寂しくなりますわね……」
「使徒様方! お達者で!」
「まぁ、使徒様方の実力なら敵無しでしょうがな」
「ありがとうございます! みなさんもお元気で!」
私がみんなに手を振ると、みんなが手を振って返してくれる。
短い間だったけど、確かに紡いだ絆があるのだと思った。
「アメリー、考えは変わらないか?」
「はいにゃ! にゃーは世界を見てきますにゃ!」
「そうか……。いつかこんな日がくるんじゃないかと思っていた。アメリーもあの二人の子どもだな……。言い出したら止められない……」
「にゃはは……。にゃーはいつか絶対に立派な冒険者になって帰ってくるにゃ!」
あれ? アメリーのお父さんって族長じゃないのかな? 族長の娘だって聞いていたんだけど……。
でも、アメリーの詮索されたくない深い部分に触れてしまいそうで、私は口を噤んだ。
「では使徒様、アメリーのことをよろしくお願いします。アメリーも、使徒様のお役に立てるようにがんばるのだぞ」
「はいにゃ!」
「はい! 絶対にアメリーを無事に返します!」
「これは、少ないですが路銀です。お役立てください」
「ろぎん?」
族長に渡された麻袋を開くと、くすんだ銀色の丸い物が見えた。たぶんだけど、お金だと思う。
「お世話になったのにお金まで……」
「我らは使徒様に助けていただきましたからな。そのせめてものお礼です。金貨は扱いにくいでしょうから、銀貨にしました。どうぞ遠慮なさらずお使いくだされば我らも本望です」
「ありがとうございます……!」
よく考えれば、お金は持っていなかったからかなり助かるね。
もしかしなくても、私たちはお金も持たずに旅に出ようとしていたみたい……。ファンタジーな世界と、お金が結びつかなかったからかな?
私はこの世界のことをなにも知らないのだなと思った。
そして、未知な世界が怖くもあり、そして楽しみでもあった。
足にもふっとしたものがぶつかる感触がした。クロだ。
「舞よ、忘れ物は無いか?」
「うん! クロは別れは済んだの?」
「うむ。猫同士では、こんな仰々しいマネはしないからな。手早く済ませた」
「そう……」
私も昨日、子猫たちにはさよならを伝えたけど、なんだかよく分かっていない様子だったから、ちょっと心配だ。
「そんな顔をするな、舞。なにも今生の別れというわけではない。気が向けばまた戻ってくればよいのだ」
「そう、だね」
名残惜しい思いを感じながら、私たちはグウェナエルの背に乗った。
私とアメリーは、高くなった視界から猫族のみんなに手を振る。
でも、なんだか「さよなら」とは言いたくなくて、なにも言えなかった。
「マイはどうしたにゃ?」
「なんだかさよならを言うともう会えないような気がしちゃって……」
「行く時は行ってきますでいいにゃ! また帰ってきたらただいまでいいにゃ!」
「そっか。うん! そうする!」
「「いってきまーす!」」
「気を付けてな!」
「いってらっしゃい!」
「お土産、楽しみにしてるよ!」
温かく答えてくれる猫族のみんな。私とクロにも帰る場所ができたんだ!
そのことに気が付いて、私は隣で丸くなっていたクロを抱き上げた。
「クロ、私たち帰る場所があるよ!」
「そうだな。ここは居心地がいい。また帰ってくるのもいいだろう」
「うん!」
『では、世話になったな! 貴様らと飲み交わした酒は美味かった! また会おうぞ!』
グウェナエルが翼を羽ばたかせると、ふわりと視界が高くなった。
『マイの姐御、目的地は火山でよかったですな?』
「うん!」
「ドラゴン!? なぜここに!?」
グウェナエルが翼を羽ばたかせた瞬間、広場に悲鳴のような声が響き渡った。
若い女の人の声だ。グウェナエルの背中から見渡せば、見慣れない猫族じゃない人たちが居た。尻尾は無いし、耳が長くて尖っている人たちだ。どこか清らかな雰囲気を感じる人たちだった。
「お客さんかな?」
『あれは……』
「グエル知ってるの?」
『はい。おそらくあれは……』
「エルフたちだにゃ!」
「エルフ?」
アメリーがエルフたちに手を振ってるから敵というわけではなさそうだけど、エルフたちは鋭い目つきでグウェナエルを睨んでいた。
「族長、これはどういうことですか? なぜ村の中にドラゴンが? ドラゴンの背に乗っている者たちは何者です?」
「いやはや、連絡の行き違いがあったようですな。実は……」
えぇーと……。このまま飛んで行っちゃっていいのかな?
でも、エルフの人たちはすごい厳しい目でグウェナエルを見てるし……。エルフたちの中には、弓を構えている姿も見えた。
ここまでされれば、エルフたちがグウェナエルに敵対していることが私にもなんとなくわかった。
下手に動くと、矢が飛んできそうだ。
私たちは、突然の乱入者に村を出発することもできず、グウェナエルの背に乗って事態の収束を待つのだった。
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