第9話 飛びますぞー!
「そちらがアベラール神の御使いであるマイ殿ですね?」
「は、はい!」
猫族の族長のお家の中。とんでもない美人と対面して喉がカラカラになるまで緊張してしまう。まるで世紀の巨匠によって造られた女神像のような美しさだ。
人間離れした美しさと、左右に突き出た尖った長い耳。目の前に座る十五歳くらいの彼女こそ、エルフの王族であるらしい。
「申し遅れました。わたくしはエヴプラクシヤと申します。アベラール神の御使いにお会いできて光栄に思います」
「え? あの、えぶぷ……?」
「人族には馴染みのない名前でしょう? わたくしのことはシヤでかまいません」
「あ、ありがとうございます。私もシヤに会えて嬉しいです」
本当なら今日にでも猫族の村を立つ予定だったのだけど、シヤたちエルフがどうしても私に会いたがったらしいので、温泉を探す旅は延期になった。
「村の広場に横たわるドラゴンの姿を見てたいへん驚きました。族長に話を聞けば、貴女方が騒ぎを沈静化させたとのこと。素晴らしいお働きです。さすがは神の御使いですわね」
シヤが薄く笑みを浮かべた。私は女だけど、思わず見惚れてしまうほどの透き通った笑みだった。
「今回、貴女方にお会いしたかったのは、村を救ってくださったお礼を申し上げることの他にも理由があります。貴女方のお力を借りたいのです」
「私たちの……?」
「ふむ。おそらくこちらが本命だろう。舞よ、おだてられて安請け合いするなよ。断ることを視野に入れておけ」
「うん……」
私は横でスフィンクスのように構えているクロの頭を撫でる。クロは慎重派だから、こういったお話の席では必ず付いてきてもらっている。
ちょっと悔しいけど、クロの方が現実的なものの見方をしているのだ。
「実は、ここの他にもドラゴンの被害に遭っている村があるのです。今、ドラゴンを討伐するための部隊を編成していますが、ドラゴンに真正面からぶつかれば、死者が出てもおかしくはありません。ぜひドラゴンを屈服させたそのお力をお借りしたいのです」
「ドラゴンですか……」
「ふむ。条件次第では受けてもいいな」
「クロ?」
「舞よ、ドラゴンが相手ならば勝手が分かっている。受けてもかまわんだろう。あとは報酬次第だな」
「報酬?」
「貴女方にお支払いする報酬は、ドラゴンとドラゴンの貯め込んだ財宝のすべて。そして、エルフの国から謝礼が支払われます。おそらく、人の寿命では使いきれないほどの金額となるでしょう」
いったいどれだけの金額なんだろう? 手にするのがちょっと恐ろしくなってしまう。
「ふむ。金に困ることはなくなるか……。舞よ、この依頼受けるぞ!」
クロはシヤの依頼に乗り気なようだ。私としても、ドラゴンの被害に遭っている人々を助けたい気持ちがある。
でも、ちょっと怖い気持ちもあった。
またドラゴンという生物として格上の存在と戦うのは、かなり怖い。でも、私たちがやらないと死人が出てしまう……。
見ず知らずの人だけど、その人にも家族がいるはずだ。人が死ねば、その分誰かが悲しむことになる。
無意識に浮かんだのは、お父さんとお母さんの顔だった。
「やります……! 私たちがドラゴンを倒します!」
◇
「ということでグエル、さっそくドラゴンの所に行くわよ!」
『討伐を決意なさったのですな……。分かりました』
「余裕があったらだけど、命までは奪わないから、そこは安心してね」
『ありがとうございます姐御。コンドラードの代わりに礼を言います』
「グエルの知り合いのドラゴンなの?」
「そうですね。オレと同期のドラゴンです。あまり仲は良くありませんが……」
グウェナエルの知り合いのドラゴンを倒すというのはなんだか気が滅入るけど、困ってる人が居るんだもん。それに、私がやらないと死人も出てしまうかもしれないのだ。かわいそうだけどやるしかない。
『姐御、お願いが一つあるのですが……』
「何かな?」
『コンドラードとの戦闘ですが、オレに任せてくれませんか?』
「えっ!? グエルが戦うの?」
『はい。オレは一度もコンドラードに勝てたことがありません。今度も負けるかもしれません。でも! オレは強くなりたい!』
グウェナエルの真剣な瞳が私を見つめる。知り合い同士ならむしろ戦いたくないのかと思ったけど、グウェナエルは戦いたいらしい。
「いいのではないか? グエルも己の新たな力を試したいのだろう」
「うん……」
そういうものなのかな? 男の子のこういう思考ってよく分からない。
「じゃあ、グエル。その、がんばってね?」
『はい!』
やる気満々で荒い鼻息を吐くグウェナエル。
私はドラゴンの生態について詳しくないからよく分からないけど、これもドラゴンの挨拶なのかな?
「マイ殿、その……ドラゴンに乗って行くのですか……?」
「うん! その方が早いもん」
「そ、そうですか……」
シヤがなぜか綺麗な顔を引きつらせているように見えた。なんで?
「行くぞ、舞よ。面倒事はさっさと片づけてしまおう」
「マイ様、失礼しますにゃ」
私はアメリーに高い高いしてもらうようにしてグウェナエルに乗った。背の低い私には、グウェナエルの体を登るのはちょっと難しいのだ。
私をグウェナエルの体に乗せたアメリーは、すいすいとグウェナエルの体を登ってきた。あとはシヤだけだ。
「さあシヤ。乗って」
「はい。あの、わたくしが乗っても怒りませんか?」
「大丈夫だよ!」
『エルフの娘よ。オレはそんな些細な事では怒らない』
「……では」
シヤがグウェナエルの体をよじ登り背中に座ると、出発準備OKだ。
「じゃあ、グエル。お願いね」
『かしこまりました。行きますぞー!』
グウェナエルがその大きな翼を羽ばたかせると、まるで重力から解き放たれたようにふわりとグウェナエルの巨体が浮かんだ。
グウェナエルが翼を羽ばたかせる度にどんどん高度が上がっていく。
「あわわわ。わたくし、今、ドラゴンの背に乗って、空に浮かんで……!」
初めてドラゴンの背中に乗ったシヤが顔を引きつらしていた。怖いのかな?
「大丈夫だよ、シヤ。じゃあ、しゅっぱーつ!」
『飛びますぞー!』
「ひゃあああああああああああああああああああ!?」
シヤの悲鳴を響かせながら、私たちはドラゴンの元へ向かうのだった。
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