第10話 猫ぱんちっ!②

 山の上の草原。そこで二体のドラゴンがにらみ合っていた。


『ほう? 誰かと思えばグウェナエルではないか。貴様の話は聞いているぞ。人間どもに負けて家畜になり下がったとな。最弱の貴様にはお似合いの立場だな』


 なんとも棘のある念話を放ったのは、グウェナエルの知り合いらしいドラゴン、コンドラートだ。コンドラートは、燃えるような深紅のドラゴンだった。シヤから事前に聞いた話では、その見た目通り炎を操る炎竜らしい。


 コンドラートの視線はグウェナエルのみを見ていて、私たちのことなんて見もしなかった。

 

『それで、何をしに来たんだ負け犬? 俺様に人間を倒してほしくて縋りにきたのか?』

『いや、その逆だ』

『逆?』

『オレはお前を倒しにきた!』

『くははははははっはははははははっはあ!』


 コンドラートが、口から炎を漏らしながら笑う。心底グウェナエルをバカにしたような、なんとも厭らしい笑いだ。私はこの笑いを知っている。


『人間ごときに負けた貴様が俺様を倒す? ザコが吠えるじゃないか!』

『御託はいい。始めよう』

『最弱竜が! 調子に乗るなよ!』


 私たちを無視して、グウェナエルとコンドラートが、翼をはためかせて高速で空へと飛んでいく。ドラゴンの大きな巨体が、もう豆粒ほどの大きさしかない。


 グウェナエルは、私たちを背中に乗せる時、手加減してくれていたんだね。いつもとは比べ物にならない速さだ。


 二体のドラゴンによる空中戦が幕を開けた。


 ドラゴンブレスが飛び交い、たまに衝突して揉み合いながらも、空中戦は続いていく。


「グァアアアアアアアアアアアアッ!!!」

「ンガァアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 念話をする余裕もないのか、二体のドラゴンの荒々しい咆哮だけが聞こえる。


 どががががががががっ!!!


 外れたドラゴンブレスが滝のように降ってきて、地表を破壊していく。


 私たちはクロの張ったバリアがあるから大丈夫だけど、刻一刻と姿を変えていく地表の様子には、恐怖しか浮かばない。


「グエル、がんばって!」

「男を見せるにゃ!」

「しかし、これは……」


 私たちの声援むなしく、黒い翼が落ちてくる。


 どごぉおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!!!


「ぐ、ガァ……」

「グエル!?」


 そして、天から降臨するように、紅きドラゴンが悠々と降りてきた。


『ゼーハー……。ふんっ。少しはやるようになったが、まだまだだな』

『くそっ……。ぐぅ……。オレは……なぜ、こんなにも弱い……!』


 グウェナエルは負けてしまった。しかし、コンドラートをよく見ると、傷だらけなことが分かる。決してグウェナエルは、やすやすと負けたわけではない。


 しかし、コンドラートを緑の光の粒子が包むと、一瞬にして傷が癒えてしまった。コンドラートには、まだ余力があるらしい。


『さて、オレ様の勝利だな。約定通り、貴様の財宝の半分を頂こう』

『分かった……』


 グウェナエルは、悔しさを滲ませながらツノに引っ掛けていたマジックバッグを器用に手に取った。


 ドラゴンの間で約束があるみたいだ。


『いや、待てよ。財宝ではなく貴様のマジックバッグをよこせ。最弱竜が俺様も持っていないマジックバッグを持っているなど度し難い』

『約定は財宝の半分のはずだ! それに、これは父上に頂いた大事な……ッ!』

『うるさい! 敗者は大人しく勝者に従えばいいのだ!』

「待ちなさい!」


 私は気付けばグウェナエルの前に立って両手を広げていた。


 私にはドラゴンのしきたりなんて分からないけど、グウェナエルが大切なものを奪われそうになっているのが分かったのだ。


 グウェナエルが財宝の半分を奪われるのは約束があったみたいだから仕方がない。でも、グウェナエルがお父さんから貰った大事なマジックバッグを奪われるのは約束違反だ!


 グウェナエルが大事にしている宝物。


 両親が遺してくれた物をすべて奪われてしまった私には、コンドラートの暴挙は許せなかった。


『なんだ、貴様は? 雑種が口を挟むな!』


 コンドラートが激昂したように口調を荒げた。


 目の前に立っているだけでも、コンドラートの怒りが熱になって伝わってくるほどだ。


 怖い。


 私とコンドラートの間には、残酷なくらい明確な生き物としての格の違いがある。


 こうして向かい合っているだけでも、体が弾け飛んでしまいそうなほど苦しかった。


 でも!


 それでも、私はコンドラートに立ち向かう!


「舞よ、心を強く持て。このトカゲの討伐は、元より決まっていたことだ。叩きのめしてしまえ!」

「うんっ!」

『最弱竜を倒せたことで調子に乗ったか? 貴様らには種として超えられない壁があることを思い出させてやろう。八つ裂きだ!』


 コンドラートが翼を広げて威嚇してくる。正直なところ、目にするだけで心が萎えてしまいそうなほど恐ろしい。


 でも、私はそれでも右の拳を握り、振り上げる!


 そして――――ッ!


「猫ぱんちっ!」


 私は、今度は目を瞑ることなくコンドラートの眉間を目指して拳を宙に振り抜いた!


 振り抜いた拳から、猫の肉球の光が高速でコンドラートを貫いた!


『あべふっ!?』


 気の抜けるような声を出して、まるで全身から力が抜けてしまったかのようにぐったりと深紅のドラゴンが倒れたのだった。




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