第35話 この機会に慣れておけ

「はぁ……。無駄に汗かいたわ。外涼しい……」

「おつかれさまにゃ」

「はぐれてしまって申し訳ありませんでした。怖くはありませんでしたか?」


 買い物終えた私は、無事にアメリーとシヤに合流できた。スマホが無いのは不便だけど、グウェナエルの念話がすっごく役に立った瞬間だ。


「クロが居るから平気だったよ。重かったけど」

「我はもっと重くなるぞ?」

「もう! そうなったらご飯抜きだからね! ぢゅーるも作ってあげない!」

「なにッ!? それは卑怯だぞ!」


 宿に戻る道を歩いている時のことだった。突然、私は強い力で横に引っ張られ、視界が一気に暗くなる。


「ふえ!?」

「マイ!?」


 私のことを引っ張った犯人は、流れるような熟練の動作で動き出す。一瞬後には首をキュッと絞められて、首筋に冷たいものが押し当てられた。


「暴れるなよ? 殺しちまうからよぉお?」


 殺す!?


 恐怖で身動きの取れない私は、目を動かすことで周囲の状況を確認し始める。


「あんたらも大人しくしてな。お友だちが死んじゃうのは困るだろぉお?」

「にゃっ!?」

「くっ!?」


 男の言葉にアメリーとシヤは身動きを止めた。


 ここは薄暗い路地裏のようだ。男に引きずられるようにしてどんどんと奥の暗がりへと引きずり込まれてしまった。


 首に感じるおそろしく冷たく鋭い感覚は、男にナイフを押し当てられているようだ。怖い。ナイフってこんなに冷たいんだ。


「剣と弓、それからエルフの嬢ちゃんはその杖を捨てろ」


 私を捕まえてる男とは違う声が響く。


 私が人質に取られてしまったせいで、アメリーとシヤは従うしかない。


 苦渋の表情を浮かべながら、アメリーとシヤが男の声に従って武装解除した。


 私は絶望を味わう。私のせいでアメリーとシヤは武器を失ってしまった。どうすればいいの!?


 でも、頭は空回るばかりで、なにもいい考えが浮かばない。


 恐怖で自分の鼓動の音まで、うるさいくらい耳に響き始めた。


「おい」

「へい」


 三人目の男が、アメリーの武器とシヤの杖を回収していく。


 私からは見えないけど、男たちはどうやら三人以上いるらしい。


 どうすれば、どうすればいいの!?


「やっぱ魔獣使いは本体が弱点だな。ドラゴンを従えてるって言っても、ガキ本人はこんなに弱い」

「ケケッ! おかげで楽に稼がしてもらえるぜ!」

「お前ら、口じゃなくて手を動かせ。おい、ガキ。早くマジックバッグを出せ! その中に金が入ってるんだろ?」


 マジックバッグが目的!?


 私一人のものなら恐怖に負けて即座に渡していたかもしれない。でも、これはグウェナエルのものだ。それに、このマジックバッグには、私たちの生活費も、グウェナエルの財宝もすべてが入っている。


 渡すわけにはいかない!


「なんだよ、その反抗的な目は? 痛い目見なきゃ分からねぇか? おい、耳を削いでやれ」

「いいのか? 売る時、値段が下がるんじゃね?」

「いいんだよ」


 脅しには屈しない! 屈したくない!


 そんなちっぽけなプライドで、私はリーダー格の男を涙を浮かべて睨みつける。


 でも、やっぱり怖い。だって、この男たちは本気でやりかねない。


「へへっ。じゃあ、そういうわけだから、悪いな」


 本当に私の耳を切るの!?


 この男たちが本気なのは分かっていたことだけど、驚きを隠せない。


「マイ!?」

「シッ!」


 シヤの悲鳴が裏路地に響き渡り、アメリーが武器も無いのに駆けだした。アメリーは私を助けようとしてくれている。でも、届かない……。


「あ? なんだ!? 動かねぇ!?」

「へ? なんだこりゃ!?」


 その時奇跡が起きた。男たちの動きが止まったのだ。


「シャーッ!」


 アメリーの拳が、私を拘束していた男に届く!


「ぐほッ!?」

「わととっ!?」


 拳の衝撃で男の拘束が緩んだ瞬間、私はアメリーに引っ張り出されていた。


「なに放してやがる!」

「くそっ!? なんで動けねぇ!?」

「なぜ、か?」


 足にふぁさっとした毛の感覚。クロ!?


「舞、怖い思いをさせたな。すまぬ。だが、おかげで敵を拘束できた」

「どういうこと?」


 なぜか急に動けなくなった三人の男たち。よく見ると、男たちの体は黒いスライムみたいなもので動けないように拘束されていた。


「クロがやったの……?」

「うむ。奴ら、我を警戒していなかったからな。おかげで楽ができたぞ」

「マイ、大丈夫かにゃ!?」

「うん。私は大丈夫。クロがやっつけてくれたみたい」

「クロが?」

「なるほど。この魔法の気配はクロの魔法でしたのね」

「心配したにゃ!」


 アメリーが私をギュッと抱きしめる。その温かい体温と柔らかさ、そして鼓動に少しずつ私は落ち着きを取り戻した。


「舞よ、この不届き者たちを気絶させてくれぬか?」

「え?」

「気絶させれば逃げることもない。それに、これは舞への試練でもある」

「試練……」

「まだ人間に魔法を使ったことはなかっただろう? この機会に慣れておけ」

「…………」

「こ奴らはお前を人質に取り、お前を害そうとした奴らだ。遠慮はいらん」

「うん……」

「マイ……?」

「どうかしましたの? ひどく緊張しているようですわ」

「私が魔法を使う……!」


 クロの言う通り、拘束から逃れようと足掻いているこの男たちは、本当に私の耳を削ごうとした危険な人たちだ。もしかしたら、私たちは最終的に殺されていたかもしれない。


 この男たちを野放しにはできない。でも、やっぱり人間相手に魔法を使うのはちょっと怖い。


 でも、こういうことにも慣れないといけないんだ。


 ここは安全な日本ではない。


 私は右の拳を握る。


「ぱんち……!」





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