第34話 抱っこしようか?

「へいらしゃーい!」

「安いよ安いよー! 目ん玉飛び出る安さだよー!」

「お姉さん美人だね! サービスしちゃうから買ってちょうだい!」


 街の中央より東側は、たくさんのお店がひしめく商業エリアだ。朝も早い時間だというのに、声や野次が飛び交って活気があるね。


「うっわ! 人がゴミのようだ!」

「アメリー、下品な言葉は使わないで? マイが真似したら困るでしょ?」

「うぐ、はいにゃー」

「えっと、まずは塩を買おっか。グエルが欲しがってたし」

「そうですわね」


 私たちは、溢れかえると表現してもいいほど人が密集した商店街へと突撃を敢行した。まるでおしくらまんじゅうでもしているかのような心地だ。さっきまで過ごしやすい気温だったのに、人混み中は汗をかいてしまうほど暑い。


「あっ! マイ、どこ行ったにゃ!?」

「アメリーもどこにいくつもりですか!?」

「二人とも!?」


 気が付けば、既に二人とはぐれてしまっていた。私から探そうにも、背の高い人の壁に覆われて周りが見えない。どうしよう?


「アメリー! シヤ! 私はお買い物するから! 出口で待ってて!」


 人々の声にかき消されて二人に届いているか不安だけど、一応の集合場所を伝える。こんな時にスマホがあったらいいのに。


「あっ!」


 スマホじゃないけど、二人に確実に声を伝える手段を思いついた。


「グエル!」

『はい、姐御』


 グウェナエルはいつでも私たちと念話を繋いでいる。頭に直接響く念話なら、声にかき消されることもない。シヤとアメリーに確実に声を届けることができる。


「シヤとアメリーに伝えて! 私はお買い物するから、二人には商店街の出口で待っててほしいの!」

『了解しました!』

「ふぅ~……」


 一仕事を終えてホッとする私の足に、ふぁさっとした感覚が走った。クロだ。クロが足元に居る。


「なんて人の数だ。もう三度も踏まれかけたぞ」

「クロ、大丈夫だった?」

「なんとかな」


 少し心細かったけど、クロが居るなら安心だね。


「抱っこしようか? 踏まれたら大怪我しちゃうもの」

「すまぬが頼む」


 クロが立ち上がって、私のお腹あたりに手を伸ばした。


「よいしょっと!」


 私はクロを抱っこする。抱っこと言っても、クロの大きな体を私には完全に抱えることができない。クロの脇に手を通して、ぬいぐるみのように抱っこするのが精いっぱいだ。


 クロを抱えて歩くたびに、みょんみょんとクロの体が左右に揺れた。


「クロ、あなた太ったんじゃない? 重くなった気がするんだけど?」

「ふむ。飯がうまいからな。我は楽に太ることができる」

「あんまり太るのは体に良くないのよ? 私と一緒にダイエットしましょう?」

「断る! 我はもっと太りたいのだ」

「なんでよー?」

「太れば攻撃力が上がるからな。我の猫パンチにも磨きがかかるというものだ」

「えー……」


 クロのメイン攻撃方法は魔法なのに……。今更猫パンチの威力を上げる意味なんてあるのかしら?


 うん。ないよね?


 クロにはいつまでも健康で長生きしてほしい。そのためにダイエットは必須のように思えた。


 私は頭の片隅にクロのダイエット計画を書き込むと、塩屋さん目指して歩き出すのだった。



 ◇



 この世界には百貨店のような大きなお店はない。あっても商店街のように小さなお店の集合体くらいだ。


 その小さなお店もそれぞれなにを取り扱うか専門が決まっていて、欲しいものをすべて手に入れるには、何軒もお店をはしごしないといけないのだ。


 最初にたどり着いたのは、塩屋さんだ。塩だけでも商売が成り立つのか、本当に塩だけしか売っていない。


「まいど、嬢ちゃん。猫ちゃんとおつかいかい?」

「はい!」

「どこに塩を入れるんだ? ちゃんと入れ物は持ってきたか?


 私はマジックバッグから大きな布袋を取り出した。猫族の族長に持たされた元々塩が入っていた布袋だ。こんなに大きな袋にいっぱい入っていたのに、この短期間に無くなってしまった。


 もちろん私たちも塩を使ったけど、グウェナエルが使った分の方がはるかに多い。


 グウェナエルは体が大きいからよく食べるのだけど、その分大量の塩を消費していた。どうやら今まで塩をかけて食べたことが無かったらしいけど、潮のおいしさに目覚めたらしい。


 ちょっと塩分取り過ぎなんじゃないかと心配になるね。でも、ドラゴンを診てくれるお医者さんなんて居るのかな?


「この袋いっぱいにちょうだい」

「そいつはいいが……。嬢ちゃん、金持ってるのか?」

「うん!」


 私は冒険者ギルドで貰った金貨を見せると、おじさんが目を剝いて驚いた。


「おっほ!? なら、大丈夫だな。ちーっと待ってろよ」

「はい」


 塩を買い終えた後も買い物は続いた。


 スパイスや調味料を買ったり、シヤの分の食器を買ったり、買うべきものはいろいろあった。


 その中でも一番興味を引かれたのは、調味料のお店だ。お目当てのお醤油を探してみたけど見つからなくて、代わりに魚醬というものを買ってみた。見た目は醤油っぽいけどどんな味なんだろう……?


 おいしいといいな。





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