第36話 領主様

 私たちが海沿いの街ドッセーナに暮らし始めて半月ほど経った。


 既に何度もグウェナエルが帰ってきて、そろそろ街のみんなもグウェナエルの存在に慣れ始めていた。


 最近は、グウェナエルの姿を一目見ようと北の城門に人だかりができる始末だ。


 クロも言っていたけど、人の慣れってすごい。


 あんなに声高に叫んでいた冒険者の間でも、グウェナエルを討伐するべきという声は、日増しに少なくなっていった。


 街のみんなもグウェナエルを怖がらないようになったし、お魚もおいしいし、お風呂もある。それに近くの森に入れば、野生のモンスターを狩れるし、冒険者としてお金を稼ぐこともできた。


 この街を拠点にするのもいいかもしれない。


 そんなことを思い始めたある日のことだった。いつものように森に狩りをしようと出かけようとすると、ピカピカの鎧を身にまとった兵士たちに囲まれてしまった。


「貴女方が、冒険者パーティ『猫神の使徒』ですね? 領主様がお呼びです。我々に同行して、今から城に来てください」

「どうしよう?」


 領主様ってこの街の一番偉い人だよね? 私たちに何の用なんだろう?


「気に入らんな。用があるのならそちらから顔を出せとでも言ってやれ」

「クロ……」


 クロは強気だけど、そんなことをしたらトラブルになるのは目に見えている。


 偉い人と会うのは緊張しちゃうから、できれば断りたいところだけど、断って角が立ったらたいへんだ。


「マイ、ここはわたくしに任せてください」


 そう言って一歩前に出てくれたのは、シヤだった。


「パーティにはエルフの王女エヴプラクシヤが居ると領主様にお伝えくださる?」

「なっ!?」

「王女!?」


 シヤの言葉を聞いた兵士たちは、かわいそうになるくらい狼狽えていた。


 そういえばシヤってエルフの王女様だったね。領主様と王女様ってどっちが偉いんだろう? やっぱり王女様かな?


「ど、どうします?」

「ま、まさか王女殿下とは夢にも思わず、失礼いたしました! できますれば、失礼ながら身の証となるような物を拝見できれば……」

「いいでしょう」


 シヤがスッと左手を持ち上げた。その人差し指には豪華な指輪が填まっている。あれが証なのかな?


「…………。拝見いたしました。ありがとうございます、王女殿下。急ぎ、主にお伝えいたします。伝令!」

「はっ!」

「急ぎ、この件をお伝えしろ。それから馬車の用意を」

「はっ!」


 伝令の兵士が走り出すと、リーダー格の兵士がこちらを見て笑顔を浮かべた。


「今馬車を用意させます故、申し訳ありませんが、しばしお待ちいただきたく……」


 歩いて向かうところが馬車を用意してくれることになったみたい。待遇が明らかに良くなった。これがシヤの王女様パワーなのかな? すごい!



 ◇



「本日はお招きありがとうございます。それで、何の御用でしょうか?」

「はっ!」


 領主様のお城に着いた時から、シヤが無双していた。相手の領主様が跪いてシヤに挨拶しているのを見た限り、どうやらこの場所で一番偉いのはシヤのようだ。


「実は街に現れたドラゴンについてお話を伺いたく、『猫神の使徒』の皆様に声をかけさせていただきました」


 この街で一番偉いはずの領主様が、シヤに対して下手に出ている。シヤすごい!


 領主様は、意外と若い三十歳くらいの品のいいおじさまだった。もっとお年寄りなのかなって勝手に想像していたよ。


「なにを訊きたいのかしら?」

「はっ。さすればドラゴンの安全性です。本当に街を襲うことはないのでしょうか? 街を治める者として、確認せねばなりません。そう思ったのですが……。まさか、王女殿下がいらっしゃるとは夢にも思わず……ご無礼いたしました」

「かまいませんわ。わたくしは王女ではなく、ただの冒険者としてここにいます。そして、あのドラゴン、グウェナエルは安全ですわ。わたくしが保証しましょう」


 私たちは、受け答えはすべてシヤに任せていた。王女と貴族の会話に平民である私やアメリーが入るのは、どうやら無礼な事らしい。


 この世界の風習が分からない私は、すべてシヤに託していた。


「わかりました。王女殿下に保証していただけるのなら、ドラゴンは今まで通りに。

王女殿下、あのドラゴンはエルフとどういう関係なのですか? まさか、ユグドラ連邦の一員ですか?」

「いいえ、残念ながら違いますわ。マイ?」

「ひゃいっ!」


 いきなりシヤに名前を呼ばれて変な声が出てしまった。まさか話を振られるとは考えていなかったのだ。


「神の使徒であるこのマイがドラゴンを調伏し、従魔として従えています」

「神の使徒……?」

「ドッセーナ卿、こちらのマイは、アベラール神が異世界から召喚した神の使徒ですわ」

「はぁ……? そんなことがありですのですか?」

「そうでなければ、ドラゴンを従えるだけの力があるなど信じられないでしょう?」

「それは……確かに……」


 領主様は、なんだか釈然としないような様子だったけど、最終的には頷いた。


 領主様もグウェナエルは今のままでいいって言ってくれたし、よかったよかった。


 話が纏まりかけた時、それは突然やってきた。


『グウェナエル! グウェナエルどこだ! 俺様が貴様に天罰を与えてやるぞ!』




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