第37話 恐怖

『グウェナエルとその主よ! 早く出てこい! でなければ、この街を灰燼に帰してやるわ!』

「なっ!?」


 私は念話で頭に直接響いた声に驚愕してしまう。


 街を人質にとって私たちを呼び出すなんて、正気の沙汰とは思えない。でも、その声には本気の色が色濃く乗っていた。


 そして声には聞き覚えがあった。グウェナエルと同じドラゴン。コンドラートだ!


『必ず俺様を自由にしたことを後悔させてやるぞ! 必ずだ!』


 コンドラートの捨て台詞を思い出す。でも、まさか街を人質に取るなんて大それた行為に出るとは思わなかった。


 でも、それは私の考えが甘かったからに他ならない。


 私は一度コンドラートを殺してしまうことが怖くてできなかった。その甘さが最悪の形で帰ってきた。


「行かなきゃ……!」

「あ、マイ!?」


 私は突き動かされるように走りだした。早く行かないと、街が標的になっちゃう。


「グエル!」

『はい、姐御。オレもコンドラートの念話を聞きました。急いで向かいます!』

「お願い!」


 お城から出た途端、街の中はまるで鍋をひっくり返したように混乱に溢れていた。


「なんでドラゴンが!?」

「街を灰燼に帰すって本当なの!?」

「いつものドラゴンじゃねぇ! 赤いドラゴンだ!?」

「ママー! ママー!」


 慌てふためく人々の間をすり抜けるようにして、私は北門へと駆け出す。


「舞よ、行くのか?」


 風を切る音の中、私の隣を疾走するクロの声が聞こえた。


「うん! 行かないと、街が……!」

「焦るな。こういう時こそ冷静であれ。焦りは失敗を招く。まずは二人と合流だ」

「はぁ、はぁ、でも、街が……!」

「焦ることはない。あ奴のドラゴンブレスなど、我が弾き返してやるわ!」


 クロの言う通りかもしれない。


「はぁ、はぁ、二人は?」

「後ろを駆けている。しばらくしたら追いつくだろう」


 私は足を止めて、アメリーとシヤの到着を待った。心がじりじりと燃えるような焦燥感がする。だって、この事態は私のせいだ。私がコンドラートを殺すのをためらったから、こんなことになっている。


 グウェナエルの知り合いだから、会話ができたから、だからコンドラートを見逃したなんて嘘だ。


 私は怖かったのだ。


 この事態は、私の弱い心が招いたのだ。


 たくさんの人に迷惑をかけてしまった。たくさんの人を怖がらせてしまった。


 だから、早く止めないと!


「マイ!」

「ようやく見つけました! こういうピンチこそ、逆に冷静であろうと心がけねばなりません。先走りはいけませんよ!」

「うん、ごめんなさい……」

「それとドッセーナ卿から緊急依頼です。兵士が集まるまで、ドラゴンの動きを封じてほしいとのことです」

「揃ったな? 相手はなんらかの策を持ってきたはずだ。想定しておけよ。策ごと喰い破る気概が必要だ」

「うん!」


 なにがあってもコンドラートを止める! 絶対に止める!


「行こう! なにがあってもコンドラートを止めるんだ!」

「了解にゃ!」

「ええ!」

「行くぞ!」



 ◇



 北門に近づくにつれて、人を見かけなくなっていった。きっとみんな逃げ出したのだろう。


 北門へと続く大通り。私の目の前には、紅く輝く鱗を持つ巨体のドラゴンが鎮座していた。コンドラートだ。


『ようやく来たか』

『コンドラート!』


 上空には黒い翼のグウェナエルが旋回していた。


「コンドラート! あなたがこんなことをするなんて! なんのつもりなの!?」

『ふん。雑種が俺様の名を吠えるな! それに言ったであろう? 必ず後悔させてやるとな。貴様らは俺様が直接後悔させてやりたいところだが、ここはこいつに譲るとしよう』

「こいつ?」

「見て! コンドラートの背中に人が!」


 それは真っ黒な全身鎧を身に着けた人影だった。私とクロを恨んでいるコンドラートが、復讐を他人に預けるのも意外だったし、人間嫌いのコンドラートが人を背に乗せるの自体信じられないことだった。


 しかし、更に信じられないことは続く。


「ああ? 誰かと思えば、泣き虫舞とクソ猫じゃねぇか!」

「…………え?」

「なに……?」


 鎧によってくぐもった声だ。でも、私がこの声を聞き間違えることはない。


 黒鎧が面を上げると、私の予想通りの人の顔が現れた。


 最悪だ。なんで? どうして!?


「叔父さん……」


 その声は、あの顔は、忘れたくても忘れられない憎らしい憎悪そのものだった。


「な、なんで……?」

「ドラゴンに召喚されて敵を倒せって言われた時はどうなるかと思ったが、相手が泣き虫舞とクソ猫なら楽勝だな。こいつらを殺せば、一生遊んで暮らせる財宝貰えるんだろ? チョロすぎるぜ、おい」

『楽観するな。相手はとんでもない力を隠し持っている』

「楽勝だっての! 俺に逆らえるわけがねぇ! よくよく躾てやったからな! それより、約束の報酬忘れんなよ?」


 体の芯がスッと寒くなり、自分の意思に反して体が震えだす。怖い。


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!


 何度も何度も決して拭えないほどに恐怖の支配を植え付けられた相手。私は、私は勝てるの? 反抗できるの? 動けるの? この今にも挫けてしまいそうな心で? 






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