第23話 あのゴミが金貨になるのかッ!?

「グエルは獲物を狩ったら食べてもいいにゃ。けど、獲物の爪牙やツノは残して持ってきてほしいにゃ」

『ツノや牙は食べないからいいが……。そんなゴミを集めてどうするのだ?』

「ゴミじゃないにゃ! ツノや爪牙が素材になるにゃ! つまり、売れるのにゃ!」


 アメリーが両手を腰に当てて、グウェナエルを大声で叱っていた。どうやらグウェナエルがヒュドラの素材を捨ててきたのが許せないらしい。


『そんなに怒らないでくれ。知らなかったんだ』

「ほら、グエルもこう言ってるし、アメリーも冷静に……」

「ごめんにゃ。でも、金貨ににゃる素材をのうのうと捨ててきたのかと思うと……」

『なにッ!? あのゴミが金貨になるのかッ!?』

「だからゴミじゃないにゃ!」


 ドラゴンと人の価値観の違いがはっきりと出たね。


「グエル、お金になるみたいだから、次からはちゃんと拾っておこう?」

『にわかには信じられませんが、分かりました!』


 グウェナエルは、子どもの頃から好きなドラゴンをお嫁さんを迎えるためにお金を集めている。グウェナエルにとっては微々たるものかもしれないけど、そのための足しになればいいよね。


 私もグウェナエルには幸せになってほしいし、グウェナエルを応援しているのだ。


「本当にもったいないにゃ!」

「まあまあ」


 プンプン怒るアメリーを宥めながら、私たちは地面に敷いた頭が二つもある熊の毛皮に座った。


 私はアメリーを宥めているけど、アメリーが怒る理由も分かった。


 私たちは猫族の族長から貰った銀貨で旅をしているけど、その銀貨も無限ではないからだ。どこかでお仕事をしてお金を稼ぐ必要がある。


 金貨がどれくらいの価値があるのかよく分からないけど、グウェナエルがもったいないことをしたのは分かるのだ。


 膝の上にちょこんとした重みが加わったのが分かった。クロの前足だ。


「舞よ、済んでしまったことは、もはやどうしようもない。それよりも、我にぢゅーるをくれ」


 クロがもう待ちきれないといった様子で私を見上げてきた。まん丸の目をキラキラさせて、とても期待していることが分かる。かわいい。


「ちょっと待ってね。はい、これ」

「うむ」


 クロの前に鶏のささみをすり潰した乳鉢を置くと、まずはクンクンと匂いを嗅いでいた。


「香りは合格をやってもいいだろう。問題は味だな」

「もー」


 ものすごく上から目線のクロの頭を逆撫でする。こうして撫でてみると、クロの毛並みは二重構造になっているのがよく分かった。サラッとした毛並みの中に、もふもふの綿のような柔らかい毛が隠れている。


「どれどれ……」


 クロは私に構うことなく、舌を伸ばしてささみをぺろぺろと食べ始めた。


「……どう? 私的には結構いい感じだと思うんだけど……」

「うーむ……」


 クロが乳鉢から顔を上げて私を見た。その目はなんだか期待外れだったような、眠たげに目を細めていた。


「正直に言うと、味が単調だな。ぢゅーるはもっと複雑な味わいが調和したような美味さがあった」


 クロの下した結果は、予想以上に厳しいものだった。私はぢゅーる作りをどこか甘く見ていたのだと思い知らされた。


「おいしくなかった……?」

「いや、まずくはない。これはこれで美味いが……。どうしてもぢゅーると比べると劣るな。今回は単純に舞の失敗ではなく、ぢゅーるが美味過ぎたが故の結果だろう」

「そう……」


 クロの中で、ぢゅーるはこれ以上ないくらいおいしいものになっているようだ。


 クロはぢゅーる大好きだったもんなぁ。


 普段は絶対に嫌がる爪切りも、ぢゅーるをあげると素直に切らしてくれるくらい大好きだった。


「また今度、作ってみるね」

「うむ。頼んだぞ」


 いつかクロに美味しいぢゅーるを食べさせてあげたい。私の挑戦は続いていくのだ。


「そういえば……」

「ん?」


 私はクロの前足を手に取る。ひんやりと冷たい肉球の感触が心地いい。そのまま肉球をぷにっと押すと、クロの手が広がって爪が姿を現す。どれも長く鋭く尖っており、切り時であることが分かった。


「クロの爪も切らないとね。猫用の爪切りってこっちでも売ってるのかな?」

「必要ない!」

「クロはそう言うけど、怪我させちゃってからじゃ遅いのよ?」

「舞よ、ここが絶対に安全な所であれば、もしかしたら我も爪を切ることを承服するかもしれん。だが、今の我らは旅をする身だ。危険もあるだろう。そんな中で、己の武器を自ら失うなど正気の沙汰ではない」


 武器って大袈裟な……。たしかにクロにとっては、爪は大事な武器の一つかもしれないけど……。


「クロには魔法があるじゃない。爪なんて必要ないでしょ?」


 そう言うと、クロは呆れたような半目で私を見上げてくるのだった。


「はぁ……。いいか、舞よ。たしかに魔法は強力な武器かもしれないが、魔法が効かないモンスターが出たらどうするつもりだ?」

「え? 魔法の効かないモンスター……? そんなの居るの?」

「分からん。だが、何事にも備えはあってしかるべきだろう? もしかしたら、我の爪牙が役に立つ時もあるかもしれん。故に、我の爪を切るべきではない」

「うーん……」

「舞よ、ここはモンスターの蔓延る危険な世界だ。油断するべきではないのだ」

「そうなのかな……?」


 結局、私はクロのいいように丸め込まれてしまうのだった。





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