第22話 ぢゅーるを作ってみた

「せっかく宿を取ったのに、なんで野宿しないとダメなのにゃ……」


 森のすぐ傍にワンポールテントを建てながらアメリーがボヤくように言う。


 たしかに、せっかく宿を取ったのだから今日は宿でのんびりしたかったけど……。


『すみません。オレのせいで……』


 日が沈みかけ、薄暗い中でも鮮明に浮かび上がる漆黒の鱗。グウェナエルが面目なさそうに言った。


「べつにグエルのせいじゃ……」


 グウェナエルをフォローしようと口を開くけど、言葉にならずに消えてしまう。


 私たちがドワーフの街を出て野宿することにしたのは、グウェナエルの存在が大きく係わっているのだ。


 というのも、グウェナエルが私の従魔になった後も騒ぎが治まらなかったからだ。


 やっぱり強大な存在であるドラゴンが街の傍に居るというのは、人々に大きなストレスを与えるらしい。


 まあ、いくら安全だと説明されても自分に危害を与える可能性があるものが身近に居るなんて怖いもんね。仕方ない部分もあると思う。


 だから私たちは、グウェナエルに乗ってドワーフの街から離れた森の傍にやって来たのだ。ドワーフさんたちに怖い思いをさせるのは私の本意じゃないもん。


 私はベッドの用意などを進めていく。キャンプ道具はグウェナエルのマジックバックに入っている物だ。旅立ちの時に猫族の族長が持たせてくれた。


「自分に係わりのない周りのことなど放っておけばいいものを……。見も知らずの者たちのために安全な寝床を捨てるなど考えられん」

「クロもそんなこと言わないで。たまにはキャンプみたいで楽しいじゃない」

「我とグエルが居れば滅多なことにはならんと思うが、自ら危険を冒すのはあまり褒められた行為ではないぞ?」

「でも……。ごめんね、クロ?」

『まぁまぁ師匠。元はと言えば、オレのせいですし……。オレが見張りをします! 絶対に師匠たちの手を煩わせることはしません!』

「グエルが居るから襲われることもないと思うにゃ。けど、準備が面倒だにゃ!」

「アメリーもごめんね?」

「べつにマイのせいじゃ……」

「そうですよ、マイ。これもキャンプ道具の点検ができたと思うことにいたしましょう」


 そう言ってテキパキとテントを建てて、石を積んで竈を作り始めるアメリーとシヤ。


「二人ともすごい!」

「森の中を移動する時はキャンプが必須でしたので」

「そうにゃ。べつにすごくなんかないにゃ。狩人は何日もかけて獲物を狩るから、キャンプの準備なんてお手のものにゃ」


 そう言いながらも、アメリーは尻尾を立ててちょっと得意げな表情をしていた。


 猫族って尻尾に感情が素直に出てかわいいね。


 それにしても、アメリーとシヤが居てくれて助かった。せっかく貰ったキャンプ道具も、私一人で異世界のキャンプの支度を整えるのは、さすがに難しいからね。日本に居た頃もグランピングはしたことあるけど、キャンプなんてしたことないし。


「よし! 私もがんばらなきゃ!」


 テントを張り終え、今度は料理に取り掛かったアメリーの横で、私は気合を入れるために腕捲りをした。


 私のご飯はアメリーが作ってくれるので、私はクロのご飯を作るつもりだ。


 いよいよクロと約束したぢゅーる作りに挑戦するのだ。


 まずは鶏肉のささみを茹でて薄切りにして、その後は乳鉢ですり潰していく。ささみの繊維が解れ、だんだんと白いクリーム状になってきた。


 ちょっと水分が足りないかな?


 私はささみを茹でた茹で汁を少し加えると、更に乳鉢で掻き混ぜていく。


 もう少しで完成だ。


 この頃になると、隣からいい匂いがしてきた。アメリーの作る料理も完成間近なのだろう。


「アメリー、今日のご飯はなあに?」

「今日はヒュドラのステーキがメインだにゃ」


 ヒュドラって、あの首が八本もある大きな恐竜だよね。つまり、牛でも豚でも鶏でもないトカゲのお肉だ。


 日本に居た頃なら、トカゲのお肉なんて気持ち悪くて食べる気にならなかったかもしれない。


 でも、私はむしろ楽しみだった。私はもうトカゲのお肉のおいしさを知っているのだ。


 というのも、猫族の村で出される料理の多くは、トカゲのお肉を使っていた。


 残すのは悪いと思って、えいやっと食べたけど、トカゲのお肉は、まるで上質な鶏肉のような風味がして、ビックリするほどおいしかった。


 食べ物の大事さを知っている私にとって、一度食べてそのおいしさを知ったら、もうトカゲのお肉に対する嫌悪感はなくなっていた。


「クロー、そろそろご飯よー」

「うむ」

「今日はぢゅーるを作ってみたの!」

「ほう? 見た目は少し白いがそれっぽいな」


 鶏のささみを潰しただけだけど、たぶんぢゅーるの作り方もそんな感じでしょ。


 気に入ってもらえるといいな。


「こっちもそろそろできるにゃー。お皿を用意してほしいにゃ」

「はーい」


 アメリーの方もできたらしい。


「…………」


 お皿を用意する。ただそれだけのことなのに、なぜだかお母さんのことを思い出した。お母さんとアメリーはぜんぜん似てないし、お家の中ではなく外だというのになんでだろう……?


「舞……?」

「クロ……。ううん、なんでもない」


 私はちょっとしんみりした気分を感じながら、マジックバッグの中からお皿を取り出して並べるのだった。




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