第39話 守護者

 我はクロ。舞の守護者だ。我は今、積年の恨みを持つ敵と向かい合っていた。


 舞と我を足蹴にしてきた憎き敵だ。思い出すだけではらわたが煮えくり返る思いがする。


「さあて、んじゃ、やるか。舞とクソ猫、動くなよ!」

「ッ!」


 不遜な態度は相変わらずか。


 我と舞が力を手に入れたことなど一顧だにしない。自分が強者であることを疑っていない。


 こんな間抜けから、我は舞を守り通すことができなかった。


 過去の自分が恨めしい。


 だが、これは見方を変えればチャンスでもあった。過去の失態が消えてなくなるわけではないが、舞を守り切れなかった過去の自分との決別できる。


 後ろからは、舞の荒い呼吸が聞こえた。


 舞の心に刻み込まれたあの男への恐怖は相当なものらしい。


「舞よ、心を強く持て! 我らはやられっぱなしだった過去の我々ではない。反攻する力を持った。今こそ、陰惨たる過去に清算をつける時だ!」


 我はいけ好かない白猫に貰った力を呼び覚ます。自分の影を操り、鞭のように男を打ち据えようとした。


 だが――――ッ!


「なにッ!?」


 我の放った一撃は、男に届く前にその姿が掻き消えた。


 なぜだ!? 何が起きた!?


「喰らうにゃ!」

「アニススピア!」


 我の攻撃を起点として、アメリーの矢が疾走し、シヤの魔術が迸った。


 しかし――――。


「にゃにゃ!?」

「これは!?」


 矢は不自然なほど軌道を変えて男を避け、氷の槍はまるで空気に溶けるように掻き消された。


 魔法や魔術、矢を無効化する能力だと!?


「さっきのがてめえらの攻撃か? 俺に歯向かったのか? クソムカつくなあ。どっちが上だかその体に叩き込んでやるぜ!」


 男がまるで見せつけるように歩き出す。


「喰らえ!」


 我は影を操り、いくつもの鞭状にして男に乱打を叩き込む。


「ライトニングスピア!」

「当たれにゃ!」

「アイススピア!」


 シヤとアメリーも矢継ぎ早に魔術と矢を放った。


 しかし、それでも――――。


「なぜだ……!?」


 矢は吹き飛ばされ、影の鞭もシヤの魔術も掻き消えた。


 どういう原理なのかさっぱり分からない。だが、矢も魔法も魔術も有効打になりそうにない。


「ひゃはははははは! 無駄無駄!」


 男の嘲笑が耳に刺さる。だが、諦めるわけにはいかない。我の後ろには舞が居るのだ!


 我はまた影の鞭をいくつも生み出し、そして今度はそれを一本に束ねる。


「これでも喰らえ!」


 まるで大木のように太い影の一撃は、しかし、無駄に終わる。


「じゃまくせぇ!」


 男は背負っていた大剣を抜くと、壁のような鞭の一撃を切り裂いたのだ。


「はぁ!?」


 魔法が剣で切れるなど聞いたことが無い。しかし、現実に剣で魔法を切られ、魔法が空中分解していく。


 絶体絶命に思えた。こちらの攻撃がなにも有効打にならない。


 だが、同時に光明も見えた。


 今まで攻撃されても剣も抜かなかった男が、今は剣を使った。おそらく魔法を無力化する能力にも限界があるはず。


「攻撃を束ねろ! 無効化には限界があるはずだ!」

「うん! 猫ぱんちっ……!」


 今まで静観を保っていた舞が、ついに動き出した。


 舞にとって、あの男は鬼門だ。今もなけなしの勇気を振り絞って魔法を使ったのだろう。


 できれば舞の手を煩わせることなく勝利したかったが、そうも言っていられない。


「ぐおっ!?」


 男の体がぐらりと揺れて、片膝を付いた。舞の魔法が通った!


「ぐぁあああああああああああああああ! くそっ! 何だこの眠気は!? お前、何をした!?」

「ヒィッ!?」


 しかし、舞の魔法も効果が半減しているのか、男を完全に沈黙させるには届かない。


「舞、てめぇだな? てめぇが俺に歯向かうか? どうなるか分かってるんだろうなあ!?」


 まずいことに中途半端な攻撃は、男を激昂させてしまった。


 男の怒りを正面から受けてしまった舞の呼吸が乱れる。短く、浅く、細く。過呼吸か!?



 ◇



「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、……」


 呼吸が苦しい。息を吸っているのに、ちっとも楽にならない。むしろどんどん苦しくなっている。


 あまりの苦しさと恐怖に、私の目には涙が浮かんでいた。見える景色もぼやけている。その中でもクッキリと見えるのが黒い鎧の男。叔父さんだ。私は叔父さんを怒らせてしまった。


 怖い。怖い。怖い……。


 でも――――ッ!


「アイスジャベリン!」

「乱れ撃ちにゃ!」

「吹き飛べ!」


 みんなが叔父さんに立ち向かっている。私だって負けていられない。絶対に勝たなきゃ。でないとみんなが……!


 叔父さんが大剣をでたらめに振るう。その度に大剣から衝撃波が飛んできた。


「くそっ!」


 今はなんとかクロが弾いているけど、いつクロの守りが突破されるか分からない。


 それに、時間が経てば経つほど街が衝撃波によってどんどん破壊されていく。


 これまで叔父さんにされたことを強く思い出す。私の中で、叔父さんへの憎悪がぬくぬくと育っていく。


 右手に黒い魔力が集まっていく。


 魔法は想いの力だと聞いた。私はもっと叔父さんを憎んで力を溜めないと……。


 叔父さんに反攻するのはすごく恐ろしい。


 たぶん、ぱんちが放てるのはあと一回。


 この一回で止められなければ、私たちの負けだ。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」


 恐怖と緊張で胸が苦しい。今すぐ意識を投げ出してしまいたいくらい辛い。


「舞よ、よく聞くのだ。我らはあ奴に苦しまされてきた。我は瀕死の怪我を負い、舞も重症だった。我らはあ奴の暴虐を止められるほど強くはなかったのだ」


 ――クロの声が聞こえる……。





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