第38話 切り札

「…………」

「マイ?」

「あいつ誰にゃ? マイ、どうしたにゃ?」


 ポンッと肩に衝撃を感じた。


「ヒィッ!?」


 見れば、アメリーが私の肩に手を置いただけだった。ビクッと全身が震え、私は自分でも大袈裟だと思うくらいに驚いてしまった。


 神経が張り詰めているのが自分でも分かった。私の神経すべてが叔父に向いていた。叔父が怖くて怖くて、その一挙手一投足も見逃すことができなかった。


「マイ、どうしたのです?」


 アメリーが肩を叩いてくれてよかった。私はようやく叔父から意識を外して、現実に戻ることができた。


 それだけ叔父の存在をすぐに信じることができず、嘘だと否定したかった。


「だいじょうぶ、だいじょうぶだから……」


 なんとかそれだけ口にすると、アメリーとシヤは顔をしかめて私を見た。


「ぜんぜん大丈夫じゃにゃいにゃ!」

「そうです! マイ、今、ひどい顔してるわよ?」

「そんなこと……」


 そう言いながらも、自分でも顔が引きつっていることが分かってしまう。


「と、とにかくコンドラートを止めないと」

「無視してんじゃねぇぞ、こらぁあ!」

「ヒィイ!?」


 叔父には負けない。そう心に誓うけど、罵声一つで私の強がりは剥がれ落ちてしまう。


『あの雑種どもを殺せ。俺様はドラゴンを殺す』

「わーったよ。言われなくても殺してやらあ!」


 コンドラートがふわりと浮かび上がり、紅翼と黒翼の戦闘が上空で始まった。



 ◇



『グウェナエェエエル!!!』


 オレ目掛けてコンドラートが急上昇してくる。同じドラゴン同士にしか分からないだろうが、その顔は憤怒に塗りたくられていた。


 同世代のオスの中では最強のコンドラートだ。奴はプライドが高い。前回、普段見下している人間の姐御に負けたことを腹に据えかねているのだろう。


 ようするに、オレとの戦いは、コンドラートにとってただの憂さ晴らしなのだ。


 オレは舐められている。


 コンドラートの口の端から炎が溢れ出す。ドラゴンブレスだ。


『コンドラートォオオオ!!!』


 オレはコンドラート目掛けて反転し、墜落する。重力を味方につけ、限界以上の速度で急接近した。


 ガァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!


 コンドラートの炎のドラゴンブレスをギリギリで避け、更にコンドラートに接近。そして、コンドラートの目と鼻の先で縦に体を旋回する。


『グッ!?』


 体がバラバラになりそうなほどの加速度に耐え、オレは尻尾をコンドラートの頭に振り下ろした。


 ガギャッ!!!


 ドラゴンテイル。師匠考案の近接格闘術だ。


『ぐぼッ!?』


 並みのモンスターなら縦に切り裂けるほどの一撃を受けて、さすがのコンドラートも制御を失い失墜する。


「グアッ!!!」


 オレは更にコンドラートに追撃する。喉に集めるのは、氷の魔力。氷晶龍のドラゴンブレスだ。


 ガァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!


 青白い魔力がコンドラートに直撃する瞬間――――。


 コンドラートが息を吹き返した。


 墜落していたコンドラートが翼を広げ、急上昇する。


『貴様! この俺様に舐めたマネを……ぐああッ!?』


 威勢のいいコンドラートに氷晶のドラゴンブレスが命中し、一瞬でコンドラートを氷漬けにした。


 だがしかし、火炎龍であるコンドラートの熱によって、氷晶は即座に昇華されてしまった。


 一見無傷に見えるコンドラートだが、その身には着実にダメージが刻まれている。氷晶のドラゴンブレスが命中したコンドラートの左足の色が冷めた鉄のように黒くなっているのがその証拠だ。


『なぜだ? 俺様は確実に避けたはず……。貴様! 何をした!?』

『答える馬鹿が居ると思うか?』

『減らず口を……!』


 コンドラートの口に炎が溢れる。ドラゴンブレスの予兆だ。


 ドラゴン同士の戦闘というのは、空を飛びながらドラゴンブレスの打ち合いに終始する場合がほとんどだ。コンドラートもその粋を出ない。強襲して接近戦をするよう奴はオレくらいだろう。


 ドラゴンは接近戦に慣れていないのだ。そこに勝機がある。


 そして、オレの武器は接近戦だけじゃない。師匠の魔法を見て気が付いた新しいドラゴンブレス。


 オレはコンドラートのドラゴンブレスに応えるように喉に魔力を集める。吐き出すは氷晶のドラゴンブレス。火炎龍であるコンドラートの弱点を突くブレスだ。


 本物の氷晶龍のドラゴンブレスなら、一撃で勝てていただろう。しかし、オレが操るのはその劣化品に過ぎない。


『こいよ、コンドラート!!!』

『野郎、蒸発させてやる!!!』


 氷晶のドラゴンブレスと火炎のドラゴンブレスが交差する。オレは翼への魔力供給を止めて自由落下することでコンドラートのドラゴンブレスを緊急回避した。


 視線の先では、コンドラートも自由落下することでオレのドラゴンブレスを回避しようとしている。


 氷晶のドラゴンブレスがコンドラートの頭上を通り過ぎようとした時、鋭角にその進行方向を変える。目指すはコンドラートの頭だ。


 ピギャァアアアアアアアアアアンッ!!!


 コンドラートの頭に命中した氷晶のドラゴンブレスは、その威力を遺憾なく発揮。コンドラートを氷漬けにした。


 これこそが真の切り札。発射後のドラゴンブレスを操る能力。師匠の助言が無ければ、完成しなかったオレの最強手札だ。


 氷漬けのまま草原に落ちていくコンドラートを見ながら、オレは初めての勝利に浮かれていた。


 数瞬、感慨にふけり、オレは師匠や姐御の戦場を見る。師匠や姐御の力ならば、楽勝だろう。


 しかし、オレの予想とは裏腹に、姐御も師匠も圧されているようだった。


 コンドラートが連れてきた男。あの男は何者だ……?





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