第16話 従魔って何だろう?

「お前が神の使徒だと?」

「マジかよ!?」

「まだ子どもじゃないか!」


 隊長と呼ばれた人が軽く手をあげると、騒いでいた人たちが静かになる。


 あの人がこの中で一番偉い人らしい。


 隊長の兜の下から、鋭い視線が私の全身を駆け巡るのが分かった。


「そのドラゴンは、お前の支配下にあると?」

「もちろんよ!」

「ではその証拠を見せてもらおう」

「証拠……?」


 グウェナエルが私の言うことを聞いてくれることの証拠……。


「グエル、いつもみたいにお腹見せて」

『自分が情けなくなるのであまり見せたくはありませんが……。致し方ありませぬな……』

「見ろ! ドラゴンが!」

「まさか!」

「そんなバカな!?」


 グウェナエルがごろんと横になってお腹を見せると、ざわめきが大きくなった。


「これでどうですか?」

「予想外だ……。まさか、プライドの高いドラゴンがこんな姿を見せるとは……!? 本当にこの少女がドラゴンを従えているのか……!?」

「だからそう言ってるにゃ?」

「ど、どうします、隊長?」

「ぐぬぬ……」


 隊長と呼ばれた男が黙り込んでしまう。


 そうして五分くらい沈黙を貫くと、諦めたように溜息を一つ付いた。


「一つ約束しろ。絶対にドラゴンが街を襲わないと」

「グエルはそんなことしません!」

「ああ……」

「隊長?」

「軍の奴らにも教えてやれ。ドラゴンは従魔だったとな」


 従魔というのはわからないけど、私たちを取り囲んでいた人たちが武器を下し、場の空気が柔らかくなったのがわかった。


 なんとかなったっぽい?


「まさかドラゴンを従魔にする者が現れるとはな……。神の使徒の話も眉唾ではないのか……? なんにせよ、貴様がドラゴンを従えているというのは理解した。容易に信じられない話ではあるが、飲み込もう」

「ありがとうございます?」

「嘘は言ってにゃいのに」


 私は後ろを振り返ると、まるで小山のような黒鉄の巨体を揺らすグウェナエルを見た。


 グウェナエルの体には、いくつも網が巻き付いていた。きっとグウェナエルを拘束しようとしたのだろう。


「グエル、大丈夫? 今、網を取ってあげるからね」

『いやいや、これしきの網など問題になりませんとも!』


 グウェナエルが体を起こして伸びをすると、太いワイヤーでできた金属の網が、まるで蜘蛛の巣のようにプチプチと千切れていく。


「ワイヤーが千切られただと!?」

「あの極太のワイヤーをいとも容易く!?」


 その姿を見て、私たちを囲むように展開していた人たちから驚きの声があがった。ピンチのように見えたグウェナエルだったけど、もしかして余裕あった?


「なんで網付けっぱなしだったの? 取っちゃえばよかったのに」

『こ奴らが、オレは街を襲うつもりはないと言っているのに、聞く耳持たずに攻撃してきましてな。攻撃自体は痒いくらいのものでしたが、これ以上刺激しないために敢えて大人しくしておりました』

「あの魔術の嵐が、痒い……?」

「け、桁が違う……!?」


 どうやら、この人たちにとっては必殺技の攻撃だったけど、グウェナエルにとってかすり傷も付かないような攻撃だったようだ。


 コンドラートには負けたグウェナエルだけど、ドラゴンってズルいくらい強いんだなぁ……。


 これは人間に過剰なくらい警戒されても仕方がないかもしれないね。


「我らは、駄々をこねる幼子のようにあしらわれていたのか……」


 あーあ。さすがに隊長さんもズーンと落ち込んじゃった。


 でも、隊長さんは目頭を揉みながら顔を上げると、鋭い目で私を見た。


「ところでそこの使徒の嬢ちゃん。ちゃんと従魔登録はしてるんだろうな? ドラゴンを従えた獣使いなど聞いたことが無いぞ?」


 従魔って何だろう? この世界特有の単語なのかな?


 私は足元に居たクロを抱き上げると、クロの体が重力に引かれてびよーんと伸びる。


 ちょっとお餅みたいで面白い。


「ねえ、クロ。従魔って何だろう?」

「分からぬ。お前には関係ないと突っぱねてもよいが……。ふむ。ここは素直に訊いてみよう。この世界に来たばかりの我らだ。情報が集められるチャンスを逃す手はない」

「うん」


 私は頷くと、隊長さんを見つめる。


「あの、従魔って何ですか?」

「何……?」


 隊長さんと周りの人たちは、予想外の反応に困っているようだった。


「じゃあ、嬢ちゃんは従魔契約していないわけか。クソッ! そういうことかよ!」

「あの……?」

「いいか、嬢ちゃん? 魔獣を従えたら、必ず冒険者ギルドに報告する義務があるんだ」

「魔獣……?」


 また分からない単語が出てきた。私はこの世界について知らないことばっかりだ。


「魔獣ってのは、人に害をもたらすモンスターの中でも、魔法を使う獣の総称だ」

「じゃあ、クロも魔獣になるのかも?」

「クロって何だ?」

「この猫のことです」


 私が隊長さんにクロを掲げてみせると、隊長さんはすごく苦々しい顔をした。


「その猫も魔獣かよ……。たくっ。とにかく、嬢ちゃんは従魔登録をしてないんだよな?」

「はい」

「じゃあ、冒険者ギルドまで来てもらうぞ。そこで従魔として登録してもらう」

「はい!」


 その後、私たちは街へと戻るのだけど、まさかあんなことになるなんてね……。




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