第49話 ママ……

「グエルがんばれー!」

「そこだ! いけ!」

「やっちまえー!」

「グエルー! そろそろ勝利を見せてくれ!」


 超満員のクロとグウェナエルの特訓。最近は近くの村や町からも見物客がくるほど大人気の公演となっていた。


 みんなが応援しているのは、グウェナエルがまだ一度もクロに勝てていないからだ。何度負けてもそれでも挑戦を続けるグウェナエルの姿に、みんなが心を打たれて応援しているのだ。


「ああー……」

「また負けたかー……」

「惜しいところまではいくんだがなぁ……」

「でも最初に比べれば、かなり粘り強くなってるぜ?」

「今回も何度のされても立ち上がったしな」

「次だ! 次こそがんばれよー!」


 パチパチパチパチとグウェナエルに向けて温かい拍手が響き渡る。この街の人はみんなあったかいね。


「舞よ、今日の訓練は終わりだ。我は腹が減ったぞ」


 そしてクロは容赦がない……。一回くらいグウェナエルに花を持たせてあげてもいいんじゃないかと思うんだけど、今日もグウェナエルをボコボコにして勝ってしまった。


『ぐぅー……。オレはまだまだだ。師匠! ご指導ありがとうございました!』

「うむ。これからも励めよ」


 クロは相変わらず上からだなぁ。


「しっかし、あの猫がドラゴンよりも強いなんて今でも信じられないぜ」

「ああ。気持ちはわかる」

「猫しゃんかっこいー!」


 実は観客の全員がグウェナエルを応援しているかというと、そうでもなかったりする。クロを応援してくれる人も子どもや女の人を中心に多いのだ。


「ねこちゃんさわってもいーい?」

「あ! ずるーい! わたしもー!」

「こら! 腹を触るな! 尻尾を引っ張るな!」

「クロは人気だねぇ」

「舞! 暢気に見てないで我を助けよ!」


 子どもたちにもみくちゃにされるクロ。口ではあんなこと言ってるけど、クロが爪を立てて子どもたちをケガさせないようにしているのを私は知っている。


 なんだかんだでクロは子どもには甘いのだ。


「じゃーねーねこたん!」

「またあそぼうね!」

「はぁ……。やっと行ったか……」

「ふふ。ご苦労様」


 お母さんに手を引かれて帰っていく子どもたちを見送りながら、私はクロの乱れてしまった毛を手櫛で整えていく。


「そろそろクロもお風呂に入らないとね」

「必要ない!」

「そんな力強く否定しなくてもいいじゃない? お風呂に入ってキレイキレイになった方が嬉しいでしょ?」

「まったく嬉しくないな。我は清潔だ」

「もう……」


 相変わらずクロはお風呂が嫌いだね。なんとか進んでお風呂に入るようになってほしいけど、ちょっとご褒美を用意しないときびしいかな?


「まぁいいわ。帰りましょっか」

「うむ」


 人の流れに乗って、北門から街に入り、お屋敷に向かって歩いていく。ドッセーナの街は今日も活気があるね。ひっきりなしにお客さんを呼び込む声が聞こえて、中には値切り交渉の声も聞こえてくる。


 元気な人たちを見ていると、私まで元気になってくるような気がした。


「ママ……」

「ん?」


 その時だった。その声は今にも倒れてしまいそうな弱弱しい声だからこそ逆に異彩を放っていた。


「舞? どうしたのだ?」


 急に立ち止まった私を見上げて、不思議そうにクロが言った。


「なんだか今にも死んじゃいそうな声が聞こえて……」


 私はその場所で目を瞑って耳を澄ます。


「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 安いよ安いよ!」

「二本で銅貨六枚はぼったくりじゃ、四枚に負けてけろ」

「婆さんそれはいくらなんでもひでえぜ!」

「まさかドラゴンの戦いがこんなに近くで見られるとは!」

「すっげー迫力だったよな!」

「ママ、猫ちゃんすごかったね!」

「さすがはお目が高い! こちら渡来の品でしてな」

「ママ……」


 聞こえた! 幼い子どもの声だ。たぶん左だと思う。


「おい、舞? どこに行くんだ?」


 私は注意して周りを見ながら左へと進んでいく。屋台の横を通り、その奥にある細い裏路地へ――――。


「舞! 意味もなく路地裏に入るな! 下種に襲われたのを忘れたのか? あ、おいッ!」


 クロの言葉を無視して路地裏の中へ駆けこんだ。なぜだかすごく胸騒ぎがするのだ。


 華やかな表通りとは違うゴミだらけの生臭い路地裏。薄暗く視界が悪い中、動くものはなにもない。


 誰もいない……?


 でも、私にはなにかがいるという確信があった。


「ねえ、どこにいるの? お願い、返事をして!」

「ママ……?」


 視界の端でもぞもぞと動く気配があった。小さな薄汚れたボロ雑巾が動いたのだ。


「子猫か? 親からはぐれたのか……」


 私は急いで駆け寄ると、服が汚れるのもかまわず子猫を抱き上げる。小さいということを加味しても、子猫は怖くなるほど軽かった。よく見れば、その体には毛皮の上からだというのにアバラが浮いている。どうしようもなく飢えているのだ。


「舞? そやつを抱き上げてどうするのだ?」

「助ける!」

「しかし、そやつは自力でものを食べることもできないほどに衰弱している。もう助からん」

「そんなッ……」


 私には子猫が息を引き取るのを見ていることしかできないの……?





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