第50話 シロ

「舞、お前は優しい子だな。だが、そやつにはもはや食う体力は残されておらんだろう。食えぬ奴に未来はない。生きるとは、すなわち食うことである。それが叶わぬ奴は残念だが……」


 今にも消えてしまいそうな腕の中の小さな命。見捨てるわけにはいかない。


 私は必死に頭を巡らす。


 それでもいい考えが――――あっ!


「クロ、ぢゅーるならどう? この子にも食べられるんじゃない!?」

「ふむ……」


 クロは一瞬考えるように瞳を閉じた。


「いけるかもしれん」

「やった!」


 この子を救えるかもしれない!


「だが、あまり期待はするなよ? そして、助けられなかったとしても、自分を責めぬことだ」

「ううん! 絶対助ける!」


 私は路地裏を抜け出して、お屋敷に向けて駆け出す。子猫は身じろぎもしないほど弱っている。早くしないと助からないかもしれない。



 ◇



「おかえりにゃー」

「うん! ただいま!」


 私は挨拶もそこそこに厨房へと急いだ。


 子猫はタオルで包んで床にそっと置いた。


「クロ、温めてあげて」

「わかった」


 いつもクロを撫でてるからわかる。子猫の体温は低かった。きっと寒いだろう。


 クロのぢゅーる用にとっておいた蒸した鳥肉をマジックバッグから取り出し、乳鉢に入れて擦り潰していく。


 クロは子猫が食べる力がないほど衰弱していると言っていた。念入りに鶏肉を潰し、しかし素早くぢゅーるを作っていく。


「できた……!」


 完成したのは、白いドロドロの液体だ。クロ用なら粉チーズを入れるところだけど、子猫の好みがわからないため粉チーズは入れなかった。


 私はスプーンでぢゅーるを掬うと、子猫の口元に持っていく。


「お願い、食べて……!」


 願いながらそっとスプーンを子猫の口に運ぶと、薄ぼんやりと目を開けた子猫は、鼻をヒクヒクと動かした。そして――――。


「食べた!」


 口を開けるのもたいへんなのか、子猫は少しだけ口を開き、その小さな舌でぢゅーる舐めとった。


 その後もチロチロと舌を動かして、ちょっとずつちょっとずつぢゅーるを舐めとっていく。


「クロ!」


 私は嬉しくなってクロの顔を見ると、クロの顔も優しそうに緩んでいる気がした。


「ふむ。これなら乗り越えられるかもしれん」

「うん!」


 一杯目を食べきった子猫に二杯目のスプーンをあげていると、アメリーが厨房にやってきたのが見えた。


「なんだか急いでいたみたいだけど、どうかしたのかにゃ?」

「うん……。実は子猫を見つけたんだけど……」

「うわっ! ガリガリにゃ!?」

「そうなの……」

「ご飯は食べれているみたいだけど……。これはちょっと心配にゃ……」

「うん……」


 子猫はスプーン二杯のぢゅーるを食べると、すぐに眠ってしまった。


「寝ちゃった……」

「疲労がたまっていたのだろう」


 本当はもっと食べてほしかったけど仕方がない。


「これからどうするにゃ?」

「クロと交代で子猫の体を温めないと。体が冷えてるの」

「にゃーも協力するにゃ」

「ひとまず終わったのなら交代してくれるか? 我も腹が減った」

「うん。ちょっと待ってね」

「にゃーもお昼ご飯作らないとだったにゃ!」


 私はクロのご飯を用意して、クロと交代して子猫を抱いた。


 クロのおかげか、それともご飯を食べたからか、子猫は少しだけ体温を取り戻していた。それでもまだまだ体温が低いのは変わらない。


 クロも心配なのか、ご飯を食べ終わったら子猫を挟むように私の膝の上に陣取った。


「元気になればいいけど……」

「食べる力があるならなんとかなるだろう。そう思いつめないことだ」

「この子の母親はどこ行ったのかな?」

「分からん。だが、親とはぐれて迷子になる子猫というのは一定数いるものだ。子猫は好奇心旺盛だからな」

「この子の他にもいるのかな?」

「おそらくいるだろう」


 この子はまだ助かるかどうかわからない。でも危ないところを助けられたのは確かだ。でも、クロが言うには他にも親からはぐれてしまった子猫はいるようだ。できることなら助けたいけど……。どうすればいいんだろう?


 私は子猫を温めながら考えをめぐらすのだった。



 ◇



「クロー!」


 白い子猫がクロに向かってよちよちと突進する。転がってくつろいでいたクロのお腹に頭突きすると、ポヨンッと弾かれて尻もちをついていた。


「まったく、なにしてるんだか」


 尻もちをついた白い子猫は、今度はクロの体をよじ登っていく。そこが特等席なのか、子猫はクロの上でゴロンと大の字に寝転んだ。


「キャッキャ!」

「シロは本当にクロのことが大好きね」


 私が裏路地で拾った子猫はなんとか一命をとりとめた。今では元気いっぱいに走り回るまでに回復していた。元気過ぎて困っちゃうくらいだ。もう大丈夫だろうとクロのお墨付きも貰っていた。


 私は子猫にシロという名前を付けた。白猫だからシロ。私自身も安直だとは思うけど、黒猫のクロと白猫のシロで揃っていていいのではないかと思っている。


「まったく、なにが楽しいのか我の周りをうろつくのだ」


 迷惑そうに言っているクロだけど、シロの頭をぺろぺろと毛づくろいしていた。なんだかんだ気に入っているのだろう。


 シロは元気になった。そのことはたまらなく嬉しいけど、シロのように親からはぐれてしまう子猫は他にもいる。


 なんとかしたくて路地裏を見回りしたりするけど、猫を見つけるのは稀だ。


 私は猫としゃべることができる。それを活かして親からはぐれてしまった子猫たちを保護したいけど、なかなか上手くいかないのが現状だ。


 猫たちが集まる集会とかで聞き込みとかできたらいいのに……。


 うーん……。なにかいい手はないかな?



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