第28話 一番いいのを頼む

 ざわざわざわざわざわ!


「人目を集めてますわね。エルフが珍しいというのもあるでしょうけど、おそらくそれ以上に……」

「にゃーも見られてるにゃ。でも、一番見られているのは……」

「私、よね……」


 やっと街の中に入った私たちは、注目の的になっていた。その中心は、どう見ても私のようだった。それだけドラゴンを従えているというのは大きな衝撃なのだろう。


 グウェナエルは森へと飛び立った後だけど、その影響は色濃く残っているようだった。


 ヒソヒソと噂されるのは嫌だけど、変に突っかかってこられるよりもいいかもしれない。そう思っておこう。


「人目を集めるというのは慣れぬな……」

「クロもそう思うの?」

「うむ。我ら猫は人目を欺くことを得意としている。こんなに注目を集めているのは落ち着かん」


 人目を欺くって、まるでコソ泥のような言い分だね。


「お願いだから、悪いことはしないでよ。従魔が悪いことしたら、私の責任になっちゃうんだから」

「分かっている」


 本当に分かってくれているならいいけど……。ちょっとだけ心配だ。


「それでは、気を取り直してどこに向かいますか? まずは宿屋でしょうか?」

「冒険者ギルドに行くのもいいにゃ。グエルが狩ったモンスターの素材を換金できるにゃ」

「換金は急いでないし、ますは宿屋を確保しよっか。ちょうどあそこにあるよ!」


 私の指さした先には、路地裏に簡素なベッドの絵とナイフとフォークが交差する絵の看板が出ていた。看板の下には、宿屋の名前が書いてある。


「ウサギの尻尾亭……?」


 日本語でも英語でもない異世界の文字だけど、私には読むことができた。これも神様から貰った力のおかげなのだろう。


「ここは格の低い宿屋のようですわね。値段は安いようですけど、少し治安が心配ですわ」

「お金はあるにゃ。ケチケチせずにいい宿に泊まった方がいいにゃ。その方がご飯も期待できるにゃー」

「そうだね。そうしよっか。でも、いい宿ってどこにあるんだろう?」

「それはやはり海の近くではなくて? この街が誇るものは海でしょうし」


 私たちは、シヤの言葉を信じて海を目指して南下していく。気のせいかもしれないけど、懐かしい潮の香りを風に感じるようになってきた。


「海にゃ!」

「大きい……。グエルの背中から見下ろした時も思いましたが、見渡す限りに水が……。途方もないですね。これが海……!」


 アメリーもシヤもまるで初めて海を近くで見たような反応だった。二人は大森林育ちだし、もしかしたら本当に初めてなのかも。


 私は久々に見る海に心を奪われていた。キラキラと輝く水面は、かつてお父さんとお母さんと一緒に見た海よりも少しだけ色褪せて見えたけど、それでも美しい。


「綺麗……」

「本当に……」

「宝石みたいだにゃ!」

「お前ら、行くぞ。我は腹が減った」

「もう、クロったら……」


 クロはこの雄大な海に感動する心を持ち合わせていないみたいだ。クロにとってはご飯の方が大事みたい。花より団子みたいなものかな?


「もうこの街は終わりだ!」

「逃げるぞ! はよ準備しろ!」

「おかあちゃーん!」


 街を南下していくと、だんだんと私たちへの注目は薄まって、騒ぎが大きくなっていくようだった。ドラゴンがやって来たってこれほどのことなんだね。


「うーん……」


 なんとかしたいところだけど、私が声をあげたところでどうなるわけでもないのも分かっている。かわいそうだけど、ここは放置で……。


「あそこの宿などどうでしょう? 外観も素晴らしいですし、きっと治安もいいですわ」


 シヤの指さす先にあったのは、小高い山のだった。たぶんこの街の中で一等地と言ってもいい場所だ。そこには、宿屋が競うようにひしめき合っていた。みんな高級そうな宿屋だ。さっきの路地裏の宿とは見た目からして大違いだね。


「でも、あんな高そうなところ大丈夫かな?」

「何言ってるにゃ? マイは大金持ちだにゃ! 宿屋は自分の格に合ったものを選ぶべきってよく聞く話にゃー」

「そうですね。マイは生涯で使い切れるかどうかも分からないほどお金を持っています。こういう時に使わなくては。それに、安全というのはお金で買うものですわ」

「そういうものかな?」


 安全はお金で買う。シヤのその言葉に、ここは日本ではなく異世界なんだと強く実感させられた。言葉も通じるし、文字だって読める。でも、ここは紛れもなく異世界なのだ。


「なに、不届き者どもが居れば、成敗すればいいだけだろう?」

「クロ……」


 物騒なことを言うクロだけど、もしかしたら私よりも異世界に適応した結果なのかもしれないね。


 襲われたりトラブルになっても面倒だし、ここは必要な出費として高い宿に泊まろう。


「やっぱり一番高い所に建ってる宿が一番いいところなのかな?」

「景色がよさそうですわ」

「ご飯もおいしいといいにゃー!」


 周りの騒ぎなどには目もくれず、私たちは宿に通じる急な坂道を歩いて上っていく。


 一番高い所にあった宿の名前は“ドラゴンの翼”だった。なんだか私たちにピッタリな宿屋だね。






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