第18話 好きな人ですか……

「はぁー……」


 つ、疲れた。まさかグウェナエルのことで走り回ることになるとは……。


 そのおかげで、クロとグウェナエルが無事に私の従魔として認められたからよかったけど。これで、これからは大手を振って街に入れるね。


 従魔のしたことは契約者の責任になるらしいけど、そこは気を付けないとだね。


 私もこの世界のルールはよくわかっていないから勉強しないと。


「おつかれさまにゃ、マイ」

「うん~……」


 そんなこんなで、いろいろな手続きなどを終えて、私とクロとアメリーは、宿屋の自室でぐてーっと横になっていた。布団がもこもこで気持ちいい。


 宿のお布団の上で寝ていると、なんだか修学旅行を思い出した。


「じゃあ、恋バナでも始めましょうか!」


 私は寝転がったまま声高らかに宣言した。


 だって、みんなでお泊りとなったらこれでしょ!


「こいばなとは何でしょう?」

「恋のお話よ! 誰が好きとか、どんな人が好きとか、みんなで語るの!」

「そんなことをして何が楽しいのだ?」

「クロは男の子だから興味ないのかな? でも私、猫の恋愛って興味あるのよね。よかったら教えてよ」

「他人の恋愛事情など聞いて何が面白いのだ……」

「じゃあ、言い出しっぺの私からいこうかなー」


 私はうんざりしたように目を瞑ってしまったクロを横目に恋バナ大会を開始するのだった。猫や、猫族、エルフ、そしてドラゴンの恋愛話が聞けるなんて、かなり珍しいのではないだろうか?


 私は期待に胸を膨らませてわくわくしていた。


「と言っても、私は好きな人がいたわけじゃないけどねー」

「当然だ。舞に恋愛などまだ早い」

「あんまり子ども扱いしないでよ、クロ。でも、なにも言い返せないわ」


 そんな私にも、ちょっといいかなと思う男子はいた。でも、友だちと好きな人が被りそうだったので、諦めたという経緯があったりする。


 友だちとの仲を微妙にしてまで、恋愛しようとは思わなかった。たぶん私の好きはその程度だったのだろう。


「じゃあ、次はアメリーかな。アメリーは好きな人いる?」

「そうだにゃー……」


 異世界の恋愛事情ってどうなっているのかしら?


 とっても気になるわ。


「にゃーは強い人が好きだにゃ」

「強い人?」

「そうにゃ。だから、グエルを倒したマイのことは気になってるにゃ」

「えっ!? でも、私たち女の子同士だし……。その、えっと……」


 アメリーって女の子が好きな人だったの!?


「べつに告白というわけじゃないにゃ。まだ気になってる段階だにゃ」

「そ、そう……?」


 でも、アメリーが私のことを気になっているのかと思うと、なんだかドキドキしてしまう。


 アメリーってかなりの美少女だからなおさらだ。


 私は、ニコニコ笑うアメリーの顔を見ることができなかった。


 きっと私の顔は今、真っ赤になっていることだろう。恥ずっ!


「じゃ、じゃあ、次はシヤよ!」

「わたくしですか? そうですね……」


 軽く俯いたシヤは息を呑むほど美しかった。


 アメリーが動の美少女ならば、シヤは静の美少女だ。その仕草は、ゆったりしていて優雅だ。


 そんなシヤの恋バナ。百年以上生きているシヤならば、素敵な恋のお話も聞けそうだ。私の中で期待が高まっていく。


「とは言いましても、わたしくしはまだ恋という感情がよく分かりませんわ。当然、お話しできるお話もありません」

「えー?」


 もうちょっと深堀してみたいけど、私自身が恋バナを話せていないので、私ばっかり訊くのもなぁ。


「じゃあ、次はクロいきましょう」


 ちょっと残念だけど、わたしはクロに話を振った。猫の恋愛観を聞くのは初めてのことなので、これもかなり気になる部分だ。


「ふむ……。結論から言えば、我に恋愛の経験はない」

「そうなんだ」


 クロはずっと家猫だったし、他の猫と会ったのも最近だろう。恋愛したことがないというのも頷ける話だね。


「じゃあ、最後にグエルだね。グエルは好きな人いないの?」

『好きな人ですか……』


 この場所には居ないグウェナエルの声が頭に響く。


 グウェナエルとは、念話でいつでも会話ができるようにしていた。また襲われたりしても厄介だからね。


 グウェナエルの話では、たとえどんなに離れていようと念話でなら会話ができるらしい。


 グウェナエルは、少し悩むような様子をみせた後、ポツポツと話し出す。


『実は、ですが……。オレには少し気になるドラゴンが、います』

「おぉー!」


 やっと恋バナらしい話が出てきて、私のテンションは急激に上がる!


『それで? どんなドラゴンなの?』

『その、オレなんかが惚れていい相手じゃないんですが……。その、龍王の姫であるジャンナ姫のことが……』

「お姫様!?」

「おー?」

「道ならぬ恋なのでしょうか?」

『はいー……』


 グウェナエルの声はなんだか緊張しているような照れ臭さが滲んでいた。


『幼い頃に何度か一緒に遊んでいるうちに自然に好きなってしまっていて……。ジャンナ姫は覚えていないかもしれませんが、大きくなったら結婚しようと約束したことも……』

「むふー! それでそれで?!」


 甘酸っぱいグウェナエルのお話に、私は布団から起き上がって喰い付いていた。


『でも、無理ですね。実はオレ、ドラゴンの中では落ちこぼれでして……』

「そうなの?」

『はい。えっと、ドラゴンたちはその属性ごとに一族を形成しているのです。そして、属性の違うドラゴン同士は滅多につがいになりません。その中でオレの先祖たちは、最強のドラゴンを生み出すために属性の違うドラゴン同士を意図的に掛け合わせてきました』


 最強のドラゴン。それを生み出すための計画。そこに愛はあったのか、グウェナエルは幸せだったのか、それが気にかかってしまった。


『そうして生まれたのは、オレですね。すべての属性を魔法を操ることができますが、その威力は他のドラゴンに一つも二つも劣ります。最強のドラゴンどころか、器用貧乏なドラゴンが生まれただけでした……』

「そう……」

『そんなオレですが、ジャンナ姫への想いを忘れることができなくて……。それで無理な金策を……。他の男たちより早く財宝を集めて、優秀なところを見せて、一番にジャンナ姫に告白しようと思って……』


 劣等感のあるグウェナエルにとって、一番に財宝を集めたという事実があって初めてジャンナ姫に告白できる勇気が持てるのかもしれないね。


『コンドラートに挑戦したのもそれが理由です。コンドラートは同期のオスの中では一番の強者です。コンドラートに勝てたら、オレはジャンナ姫の前に立てる気がして……』


 それでコンドラートに負けた後、グウェナエルは元気がなかったんだ……。


『でも、それももう諦めました』

「えっ!?」


 どうして!? なんで諦めちゃうの!?


『マイの姐御とクロの師匠にやられて、目が覚めました。悪いことをして集めた財宝でジャンナ姫に告白しようなんて、これじゃあ逆に嫌われてしまいますよね……』


 そう悲しそうに言うグウェナエル。


 その声を聞いて、私はなぜだか胸がキュッと苦しくなった。


 私たちのせいなの?


 私たちがグウェナエルを止めたから、だからグウェナエルは恋を諦めてしまったの?


『父にも修行して出直せなんて言われてますし、今までの罰が当たったのでしょう。これでは到底一番に財宝を集めることなんてできません……。すべてはオレの高望みが原因なのです……。これは天がジャンナ姫を諦めろと言っているのだと思います……』

「そんなことないっ!」

『姐御……?』

「マイ? どうしたにゃ?」

「マイ殿……?」


 気が付けば、私は立ち上がっていた。


「どうして諦めちゃうのよ! ジャンナ姫だって約束を覚えているかもしれないじゃない!」

『ですが、オレは……器用貧乏のドラゴンで……。ジャンナ姫にふさわしくは……』

「それを決めるのはあなたじゃなくてジャンナ姫よ! とにかく告白してみないと分からないじゃない!」

『しかし……。オレはマイの姐御とクロの師匠を超えるまで婚活はダメだと言われてますし……。お二人を超えるにはさすがに時間が……』

「そんなの、愛の力でどうにかするのよ!」

『そんなめちゃくちゃな……』

「できるわよ! グエルが本当にジャンナ姫のことが好きならね!」

『それは……。ですが、お二人を超えるために修行していては、財宝が集まりませんが……?』

「それは……でも、修行しながら財宝を集めるしかないわね!」

『そんな夢のような方法があるわけ……』

「なくはないにゃ?」


 グウェナエルと言い合っていた私は、弾かれたようにアメリーを見た。


 アメリーは私を見て不敵に笑う。


「でもにゃー、にゃーはグエルに怒っているにゃ」

『薄々感じてはいましたが、やはりですか……』

「アメリー意地悪しないでグエルに教えてあげて。お願いよ」

『マイが言うにゃら仕方がにゃいにゃ。でも、グエルにはにゃーの誕生日プレゼントを用意してほしいにゃ』

「誕生日プレゼント?」


 どういうことなの?


「にゃーの誕生日プレゼントは、グエルが貢物を要求したせいでしょぼくなっちゃったにゃ。だから、グエルにはにゃーの欲しい物をプレゼントしてほしいにゃ」

『いいでしょう。何が欲しいのですか?』

「にゃーには、戦闘用の装備を一式プレゼントしてほしいにゃ!」

「装備……?」


 アメリーが欲しいって言うならいいんだけど、なんだか女の子の誕生日プレゼントにはあまり聞かない物だね。


『わかりました。では、教えてください。修行しながら財宝を集める方法とは?』

「言質取ったにゃ。嘘吐いたらマイにぶっ飛ばしてもらうにゃ?」

『嘘は吐きません。父と母にも誓いましょう』

「それで、どういう方法なの? 悪いことはダメだからね?」

「心配しなくてもいいにゃ。むしろ、みんなから感謝されるにゃ!」

『その方法とはいったい?』


 グウェナエルの縋るような声にアメリーは得意げに頷くと、満を持して口を開く。


「みんなで冒険者になればいいにゃ!」


 冒険者ってグウェナエルを倒そうとしていた人たち……?




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