第3話 狂気の意志表明
転生してから五年の年月が経過した。
最近分かったことだが、俺は前世と同じ世界に転生したらしい。しかも、エルドリア王国という列強国のレイノスティア侯爵家の次男だ。
幸運の中の幸運。レイノスティア侯爵家は前世でただの冒険者だった俺でも知っているほどの名家である。
特に俺が気に入っているのは次男という点だ。仮に長男だったら、次期当主として自由が無くなってしまう。
俺の目的は剣を極めることだ。つまり、侯爵家という身分がありながらも、次男という自由がある立場は最高だった。
で、今は両親と対面している。
父の名前はディミトリオン。銀髪で蒼目、優し気な顔立ちで細身だが、実際はかなりの筋肉質だ。
父の隣に座っている母の名前はリュセリア。金髪で碧目、切れ長の目で凛とした顔立ちをしている。可愛いではなく、美人と言った方が正確だ。
「……クレイズ」
「はい」
父が俺の名前を呼ぶ。凄く思い詰めている表情だ。一体全体なにを言い出すのだろうか。隣の母も普段は気丈で凛としているのだが、今はどこか悲しげな顔だ。
「クレイズに今まで隠していたことがあるんだ」
「隠していたこと……?」
「ああ……」
隠していることか……。色々と考えを巡らせても何も思いつかない。可能性としてありそうなのは、俺が二人の実の子ではないということ。
しかし、俺は違うと思っている。なぜなら、前世で死んでこの世界で目を覚ました時、初めて見たのは母の顔だったからだ。
母と瓜二つの姉妹がいれば別だが、母には弟しかいない。だから、俺が二人の子供じゃないのは考え辛かった。
「実は……クレイズは魔術が使えない体なんだ」
重々しく父は言い放つ。ふむ……俺は魔術が使えないのか。何も問題ない……どころかかなり嬉しい事実だ。
思わず笑みを浮かべてしまいそうになるが我慢しよう。ここで笑ったら父と母に変な子供だと思われてしまう。
「もしかして、俺は魔力回路欠乏症なんですか?」
「……知ってるのかい?」
「はい。たまたま本で知りました」
というのは嘘だ。確かに本にも書いてあったが、初めて魔力回路欠乏症を知ったのは違う。俺が初めて知ったのは、前世の自分も魔力回路欠乏症だったからだ。
「大丈夫よクレイズ。魔術が使えなくても私たちはあなたの味方だわ」
「そうだよ。魔術じゃない道は沢山あるからね」
母は立ち上がって俺を抱きしめ、父も母と俺を一纏めにして抱きしめる。
凄くいい両親だ。事あるごとに殴って蹴って来た前世の両親とはまるで違う。そんな父と母だからこそ、魔術が使えない俺を心配して慰めてくれているのだろう。
普通の子供だったら、魔術が使えないという事実は重くのしかかる。特に貴族であったら尚更だ。
ただ……俺は違う。魔術が使えないという事実は足枷ではない。俺にとっては理想に近づく為の一要素であり、俺の狂気の一部分でもある。
心配してくれる父と母には申し訳ないが、俺はただただ興奮していた。
「父様、母様。大丈夫です」
「クレイズ……」
「実はですね……俺は魔術より剣を使いたいんです」
「剣?」
父と母はパチクリと俺を見る。
「はい。俺は剣が好きなんです」
「剣って……剣士にでもなるのか?」
「だめよ。クレイズには自由に生きて欲しいと思っているけど……剣士なんてものは危ないわ。別の事をしなさい」
まあ普通の反応である。剣士というのは鎧と盾を身に着けて、魔術師の前で敵を引き付けたり肉壁になったりする役職だ。
故に死亡率が高く、魔術師から見下されることもある。底辺と言っても過言ではない。その事実を知っているから母は反対しているのだ。
だが……違う。俺の理想は違う。剣士というのは、あの日魅せられたように一振りの剣だけで立ち向かうものだった。
ただ、今の俺が言っても子供の夢見事と思われる。信じてもらうためには、確かな根拠が必要なのだ。
「母様。俺が理想とする剣士は違います。鎧も経ても使わず、一振りの剣だけを持って戦うのが理想の剣士です」
「尚更だめよ。いくら剣術が優れていても、魔術には勝てないわ。クレイズにはまだ分からないかもしれないけど……攻撃距離が違い過ぎるのよ」
「理解しています。母様の言うことは正しいです。なので、俺に時間をください」
「時間?」
母が地面にしゃがみながんで、椅子に座った俺と目を合わせる。意志の強い碧目が、父親譲りの俺の蒼目を見つめた。
「五年後に『
「そうね……ちょうど五年後だわ」
「その時に魔闘技があると思います」
「もしかして……」
「はい。その魔闘技で優勝したあかつきには……俺の道を認めてください」
魔闘技というのは
当然、十歳から十四歳という年齢範囲なので、出場時の年齢が十歳である俺は不利だ。魔術を競う大会に剣で挑むというのも前代未聞である。
年齢という不利、剣という不利。勝てるはずもなく、そもそも出場すること自体があり得ない。
「それは……」
母は良い淀んだ。急な展開で色々な情報が頭の中に流れているのだろう。
だが、問題ない。俺が認めてもらう相手は母ではなく、父だからだ。当主である父さえ認めてくれれば、他の意見はどうでもよかった。
「クレイズ、優勝できなかったらどうするつもりのかな?」
「もちろん大人しく他の道へ進みますよ」
言い方は悪いが、この程度の試練を達成できなかったら俺の価値はない。
剣に魅せられるのも結構、剣に狂うのも結構。しかし、剣に己を捧げようとするのならば、たかが魔闘技ぐらい優勝して当たり前だ。
俺が歩む道は茨の道でも険しい道でもない。何もない場所に新たな道を作るようなものなのだ。
「……ははっ、いいね。いいよクレイズ。もし君が魔闘技で優勝したら……君の好きなようにやりなさい」
「ありがとうございます」
……流石だな。父は間違いなく、俺を一人の人間として接してきた。たかが子供の夢見事と判断しなかったのだ。
普通の親だったら、俺が言ったようなことに対して軽くあしらうだろう。恰好だけの対応をするだろう。
背に震えが走る。
今まではただの優し気な父だと思っていたが……とんだ間違いだ。完全に俺などの家族の前では隠していた。
父はただの優し気な男ではない。貴族社会という魑魅魍魎の場でレイノスティア侯爵家当主として、生き続けている男なのだ。
まごうことなき傑物である。
「あなたがそういうなら反対はしないわ。ただ……危ないことをしては駄目よ」
「もちろんです」
母と目を合わせて頷く。母は一見、論理的で冷徹に見えるが実はその逆。感情的であり、貴族とは思えないほど情に厚い。
ただ、母も自分の性格を知り尽くしているので、行き過ぎた優しさを出さないように気を付けている。明確な判断基準は、やはり父だろう。
今のように迷っている場合、基本的に母は父の決定に従う。その方が良いと長い経験を経て知っているのだ。
「じゃあグレイズ。必要なものがあったら何でも言いなさい。僕にできる事ならいくらでも協力するからね」
素晴らしい。こんなに素晴らしい環境はそう幾つもないだろう。当たり前だと思わず、感謝しないとな。まあ、もちろん遠慮なく使わせてもらうが。
「はい。ありがとうございます」
これで準備は整った。
後は俺が強くなるだけだ。
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