第3話 それは自業自得という

 俺はアルセリアに服を引っ張られながら教室を出て廊下を歩く。


 廊下の窓からは広大な敷地が広がっていて、噴水や庭園が彩っていた。


 前世の俺が見たら王城だと勘違いしそうだ。


 流石は王国最大の学び舎といったところか。


「で、そういえば全く聞いてなかったんだが……寮で生活するんじゃないのか?」


 気になったのは先ほどアルセリアが言った「帰るわよ」という言葉。


 この街に来た時は宿を使ったとはいえ、今後は学園に隣接してある寮を使うものだと思っていた。


 いや、確かに宿に荷物があるので、寮に運び出すのか。


「寮でなんか生活しないわよ」


「は?」


「寮は門限があるわ。今後の動きを考えると門限は邪魔。だから街中にある宿を使うわよ。宿は今のでもいいし、別のでもいいけど」


 どうやら俺の勘違いではなかったらしい。


「今まで興味なかったから聞いてなかったが……一年間なにをするんだ? というかお前はなんで学園なんかに来たんだ?」


 授業を取っていないので、学びたい学問があるわけではないのだろう。


 かといって友人を作りに来たわけでもない。


 実戦試験で卒業するとはいえ、それまで約一年の期間が開いている。


 俺は適当に冒険者登録をして魔物をブチ殺せればいいが……アルセリアは何をするのか気になった。


「私が学園に入学した目的は二つ」


「ほう」


「一つは魔術を学ぶため」


「ん? お前みたいな奴が今更魔術を学ぶ必要があるのか?」


 アルセリアは天才だ。


 おそらく、王国に仕えている魔術師を遥かに凌ぐ実力がある。


 しかもそれは二年前のこと。


 現在の十四歳になったアルセリアならば、当時より実力をつけていることだろう。


「まあ、あなたの言っていることは分かるわ。私は天才だもの」


「おう」


 自分のことを天才だと言う奴は碌な人間じゃないが……アルセリアは別だ。


 こいつほどの人間ならば、自分の事を天才だと言っても素直に頷ける。


「別に自力で誰よりも強くなることは可能よ。けどそれは非効率だわ」


「じゃあ授業を取ればよかったんじゃないか?」


「授業は程度が低すぎる。所詮は私が五歳の頃に習得した内容だわ」


「五歳か……すげぇな」


 素直に俺は感心した。


 アルセリアはこう言っているが、学園の授業内容は一般的に見れば高度なはずだ。


 その内容を五歳で習得した。


 事情を知らない奴が聞いたら眉唾物だと笑い飛ばすだろう。


 改めて俺は、アルセリア・オリオンドールという少女の天才っぷりを理解した。


「用があるのは図書館よ」


「図書館?」


 意外な言葉に俺はアルセリアを見下ろす。


「本や書物というのは偉大だわ。先人が積み上げた努力の結晶を僅かな時間で自分のものにできる。しかも学園の図書館。私が知らない高度な情報があるはずよ」


「あー……なるほどな。今までそんなの考えたことすらなかったぞ。書物は先人が積み上げた努力の結晶……良い言葉だ」


「……頭まで筋肉で出来ているあなたには関係ない話でしょうけど」


 アルセリアは顔を背けて俺に毒を吐く。


「いやいや馬鹿にすんなよ。俺だって本は読むんだぜ?」


「内容は?」


「…………冒険小説……」


「ふっ、いいじゃない。あなたが好きそうだわ」


「おいちょっと待て。いま見下しただろ」


「あら、心外ね。ありもしないことを言わないで欲しいわ。冒険小説だって立派な本よ。見下してるって思ったあなたこそ……見下してるんじゃないかしら?」


「こいつ……」


 よく思ってないことを飄々と言えるな。


 まあそれが俺は面白いと思ってるのだが。


「お前、そんな性格だと友達が出来ないぞー」


「いらないわよそんなの。邪魔なだけだわ」


「はっ、そうかよ」


 天才は孤独とよく言われるが、それを体現しているのがアルセリアだ。


 いや、今は俺がいるから孤独ではないか。


 それにまだこいつは十四歳。


 将来どうなるか、まだ友達はいらないと言っているのか楽しみだ。


「なに笑ってるのかしら……気持ち悪いわね」


「そりゃ言い過ぎだぜ天才令嬢サマ……いてっ」


 脇腹を抓られた。


 どうやら天才令嬢という言葉がお気に召さなかったらしい。


 いい呼称だと思うんだけどな。


 



「さて、お話合いといこうじゃねぇか」


「……何を?」


「今後の予定だよ。俺が聞かなかったのも悪いが、お前は説明しなさ過ぎだ」


 荷物を置いていた宿にて、俺は備え付けの椅子に座って、アルセリアは寝具に寝転がっていた。


「それに……お前が学園に入学した二つ目の目的も聞いてないしな」


 本の話になってすっかり忘れていたが、俺はまだ学園に入学した二つ目の目的を聞いていない。


 俺を振り回すのは結構。


 しかし情報は共有して欲しかった。


「……はぁ」


 アルセリアは仰向けになりながら溜息をつく。


 ……こいつがこんな格好をしているのは初めて見るな。


 疲れているのだろうか。


「まず、学園に入学した目的の二つ目は……オリオンドール家から出るためよ」


「ほう」


「私があの家を乗っ取ることも考えたけど……止めたわ」


「え、お前、乗っ取るつもりだったのか?」


「ええそうよ。別にさほど難しい訳ではないし」


 これは驚いたな。


 何食わぬ顔で言っているが、侯爵家を乗っ取るなんて不可能に近い。


 俺も乗っ取る手段は思いつかないぞ。


 ただアルセリアは冗談でこんなことを言う奴ではないので、机上の空論ではなくて実現可能だと判断したということだ。


「じゃあ何でやめたんだ?」


 俺が尋ねると、仰向けから横向きになって俺の顔を見てきた。


「……あなたのせいよ」


「え、俺?」


 なぜ俺のせいなのか。


 少し驚きながら考えていると、アルセリアは再び口を開いた。


「あなたは将来、冒険者になるのでしょう? だから私が家を乗っ取る意味はなくなったわ」


「……ん? どういう前後関係だ? なんで俺が冒険者になるのと、お前が家を乗っ取ることが繋がる?」


 別に俺が冒険者になったところで、アルセリアが家を乗っ取ることが出来なくなることはない。


 そこに相互関係は無いはずだ。


「え……あなたが冒険者になるなら私も冒険者になるからでしょう? あなたこそ何を言ってるのかしら」


「え?」


「え?」


 二人して頭に疑問符を浮かべて顔を見合わせた。


 アルセリアが珍しく間抜けな顔をしている。


 まあ俺も間抜けな顔をしているだろけど。


 とりあえず色々と言いたいことはあるが……。


「……何で俺が冒険者になるとお前も冒険者になるんだ?」


「……逆に何でならないのかしら」


 しばらく沈黙の空気が流れる。


 この何とも言えない雰囲気。


 あまりにもアルセリアが当然のように言うので、俺は自分の認識が間違っているのかと思った。


 だが、改めて考えても間違っていない。


 別に俺がどうしようと、アルセリアに影響することはないはずだ。


「俺は俺、お前はお前だぞ? 別の人間なんだから同じことをする必要はない」


「――あぁ、なるほど。そういうことね」


「分かってくれたか」


「ええ、あなたの認識が違うことが分かったわ」


「ん?」


 何だか雲行きが怪しいなと思ったら……アルセリアが寝具から立ち上がって俺に近づいてきた。


 椅子に座ってる俺の正面に立つ。


 口角が僅かに上がっていて、どこか不気味だ。


 アルセリアは俺の顎元を鷲掴みして少し持ち上げ、形の良い唇を開いた。




「わたし、あなたから離れないから」




「な、なんで……」


「あなたが私を元に戻してくれたのよ? 責任は取ってもらうわ」


 魅惑的にアルセリアは微笑む。


 艶やかな金髪、彫刻のような顔、仄かに香る脳が痺れるような甘い匂い。


 俺は悟った。


 どうやら俺はいつの間にか……ヤバい奴に魅入られてしまったらしい。

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