第2話 胃痛者発生
騒々しい教室でしばらく呆けていると、前の扉が開いて一人の女性が入って来た。
外見から判断すると、年齢は二十代半ばであり、理知的な雰囲気が漂っている。
何となく厳しそうな印象を受けた。
大方この教室を担当する教師だろう。
彼女は抱えていたいくつかの資料を教卓に置き、教室中をぐるりと見渡した。
「着席。これから授業の説明をする」
凛とした声は騒々しい教室の中でも響き、生徒たちは自然と静かになる。
全員の意識が教卓に立っている教師に向いた。
「まずは入学おめでとう。これで君達も学園の一員だ。これから三年間、様々なことを学び、成長してくだろう……あぁ、紹介が遅れたな。私はレイラ・アイハースト、君達の担任だ。これから一年間よろしく頼む」
レイラ・アイハースト……アイハースト家はどこの貴族だろうか。
あいにく俺は貴族家に詳しくない。
もちろん興味ないからだ。
ただ、少なくとも侯爵家ではないのは確かだ。
となると伯爵家や子爵家あたりの可能性がある。
「君達にはこれから授業の仕組みなど事細かに説明していくので、決して聞き逃さないように」
授業の仕組みは大切だ。
俺とアルセリアは座学を受けずに、実戦試験だけで卒業する予定なので、仕組みを深く理解する必要がある。
抜け道……のようなものを使うには、その対象の隅々まで知らなければいけない。
「まず、君達は三年間この学園に在籍するわけだが……当然ながら三年後には卒業する。そして卒業するには規定以上の単位を取得する必要がある。卒業するのに必要な単位は一二〇。一つの授業の単位が二なので、三年間で六〇の授業を取る計算だ」
三年間で六十の授業、つまり一年間で二十の授業を取ると言うことだ。
「ただあくまでこれは概算に過ぎない。実際に授業で取る単位は……一〇〇もあれば十分だ。なぜだか分かるか?」
レイナ・アイハーストは少し溜めを作って再び口を開いた。
「三年間で一度、迷宮で実戦試験があるからだ。到達階層や討伐数によって変動はするが、大体の生徒はそこで二十単位ぐらい取っている。勉学より魔術の方が得意という生徒なら、三〇単位も可能だ」
なるほど……アルセリアが以前に言っていたのはこれのことか。
実戦試験で振り分けられている単位の詳細はまだ分からないが、一二〇単位全てを実戦試験で取得するのは理論上可能になる。
「学園では前期と後期に分かれていて……それぞれ受けれる授業が異なる。だから理想は、一年と二年の前期と後期に二〇単位ずつ取得すること。これで三年が楽になって、実戦試験の為に時間を使うことが出来る」
どの頻度で単位を取るかは人に寄るな。
序盤に沢山取って後々を楽する人もいれば、コツコツと一定の量の単位を取る人もいるだろう。
後はあれか……怠惰な奴だったら、一年二年で怠けて三年で単位の取得に追われるやつもいるな。
自由に授業を取っていいからこそ、きちんと計画して行動することが求められる。
これが平民なら無理そうだが、この学園に居るのは令息令嬢なので、自己管理はお手の物ということだ。
「さて、実戦試験の話が出たので説明しておこう。知っている人もいると思うが、実戦試験は迷宮で行うものだ。試験で使用するのはルナロスト迷宮……いわゆる始まりの迷宮になる。まあ例年通りだ。この迷宮は踏破済みで安全性が確保できるからな」
ルナロスト迷宮か……懐かしいな……。
別名の『始まりの迷宮』の通り、この迷宮が最も古い迷宮らしい。
今でこそ幾つもの迷宮が乱立しているが、数百年前にはルナロスト迷宮だけ。
全部で二十階層ほどあり、五階層ずつに主と呼ばれる魔物がいる。
難易度は……低くて高い。
どういうことかというと、ルナロスト迷宮は十階層までは簡単なのだが、十一階層からは結構難しくなる。
難しくなるというのは、単純に魔物の強さが跳ね上がるのだ。
危険度で表すと、十階層までは高くても八級。
しかし十一階層からは六級や五級の魔物も出る。
最大は……四級のはず。
因みにその四級の魔物は、最下層である二十階層に鎮座している主だ。
で、なぜ俺が詳しいかというと、前世で一回だけ踏破したことがあるからだ。
確か十六歳の時だったな……。
もちろん主戦力ではなく、荷物持ちだった。
自分ひとりだったら、無理をしても十一階層が限界だろう。
前世の俺は実力的に五級の魔物と相打ちするぐらい。
六級の魔物でも一体が限界だ。
迷宮の様に次から次へと襲ってきて、連戦しなければいけないのは無理だった。
「次に単位取得の詳細だが……一つ階層を超えるごとに一単位取得できる。そして魔物に関しては……十級は〇.二単位、九級は〇.五単位、八級は一単位だ。因みに七級は二単位だ」
俺は魔物の危険度と単位数を頭の中で計算していく。
俺とアルセリアが実戦試験で取得しなければいけない単位数は一二〇。
仮に最下層まで行くとして……階層で二〇単位は確実。
となると、魔物討伐で一〇〇単位を稼ぐ必要がある。
多分可能だが……六級以上の単位を聞いてないな。
レイナ・アイハーストは、生徒が十一層以上に行かないと思っているのだろうか。
「最後に試験日時についてだ。実戦試験は年度の最後にある。そして基本的に規則上は学年関係なく試験を受けていいことになっている。ただ、三年の時に受ける生徒が殆どだけどな」
十代の一歳の差は大きい。
一年の時に実戦試験を受けるのではなく、三年の時に受けた方が良いのは誰もが分かることだろう。
「さて、説明は以上だ。今から君たちに羊皮紙を配る。同時に全ての授業が記載された羊皮紙も配るので、前期の授業を決めるように」
レイナ・アイハーストはそう言って羊皮紙を配り始めた。
俺も隣のアルセリアも前の奴から受け取る。
受け取った時に怯えていたが……まあ気にしないことにしよう。
「別に誰かと相談しながら決めていいからな。私はしばらくここに居るので、決め終えたら持って来なさい。終わったら今日はもう帰って構わないぞ」
俺は授業一覧の羊皮紙を眺める。
歴史系……数学系……魔術系……地理系……本当に色々とあるな。
「アルセリア――――」
「何をもたもたしてるの。さっさと白紙のまま出しに行くわよ」
「――はえーなおい」
アルセリアには躊躇という文字は存在しないのだろうか。
かといって俺も別に授業を取る気はない。
先ほどの単位の説明を聞いて、実戦試験だけで大丈夫だと確信した。
「じゃあ行くか」
俺は白紙の羊皮紙を持って席を立つ。
ズカズカと教室の前の方に歩いて行った。
「……もう決めたのか?」
レイナ・アイハーストは驚きと怪訝を半分ずつ入れた目で俺を見る。
「はい。決めました」
俺は何食わぬ顔をして白紙の羊皮紙を出す。
「どれどれ――なっ!? 白紙じゃないか!」
「そうっすね」
「どういうことだ……?」
「あー……実戦試験だけで卒業する予定なので」
「……は?」
理知的な顔は何処に。
レイナ・アイハーストは口を半開きにさせて呆然とする。
「いやいやいや白紙は流石に……というかお前、クレイズ・レイノスティアか。何で学園なんかに来てるんだ。噂では学園長を脅したとかあるが」
「それは深い事情が――」
俺が説明しようとした時。
後ろに引っ張られてアルセリアが俺の前に出てきた。
「私が入れたのよ。何か文句あるかしら。分かったらさっさと受け取って頂戴。時間の無駄だわ」
「な……お前……」
「これが私、これがこいつ。はい確かに渡したわ」
言葉を失っているレイナ・アイハーストを無視して、アルセリアは二枚の羊皮紙を教卓に置く。
「早く帰るわよ」
「へいへい……ん?」
アルセリアに引っ張られながら俺は疑問に思った。
宿泊場所は寮じゃないのか……?
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