第二巻 学園編

第一章 その二人、問題児につき

第1話 天才令嬢と剣狂い

 王都から馬車で五日ほど離れた街。


 名はエルドルム。


 王国領にある街の中でも規模が大きく、王都の次に重要な街である。


 なぜ重要かというと、エルドルムには王国最大の学び舎であるエルドリア王立学園があるからだ。


 学園には基本的に貴族や王族しか入学できない。


 だから防衛設備や警備体制が充実していた。


 まさに学園のために作られた街である。



「まじか。入学できちまったよ」


「当たり前でしょう? 何を言ってるのかしら」


 学園の講堂にて、俺の呟きに隣のアルセリアが反応した。


 今年で十四歳だというのに性格や態度はあの時から変わらない。


 変わったのは……身長と体つきぐらいだ。


「だってよぉ、俺は魔術が使えないんだぜ?」


「私に感謝しなさい」


「いや、俺はお前に無理やり——」


「返事は?」


「……はい」


 俺の頷きを見たアルセリアはにっこりと笑う。


 もちろん純粋な笑顔ではない。


 どこか含みを持たせたような……裏があるような……そんな黒い笑顔だ。


 これによって俺は逆らえなくなっている。


 何か魔術でも仕掛けられてるのだろうか。


 と、あり得ないことを邪推することしばしば。


 俺は一つ大きな欠伸をした。


「……入学式長くね?」


「確かに長いわね。しかも無駄な話ばかり。ここの教師は無能なのかしら」


「おうおうすげぇ物言い」


 とはいえアルセリアの言い分もわかる。


 現在進行形で入学式を行なっているのだが、如何せん長すぎる。


 しかも話の内容は堅苦しい常套句。


 王国に対する忠誠が強い奴ならありがたいと思うかもしれないが、あいにく俺とアルセリアはどうも思っていない。


 ただの無駄話という認識だった。


『では、入学生を代表してエルドリア王国第三王子、シーランド殿下に挨拶をしていただきます』


 進行役の声で俺は壇上に目を向ける。


 すると壇上に一人の少年が上るのが見えた。


「あれが噂の王子か」


 柔らかそうな長めの金髪に細身の体。


 顔の造形は黄金比で、女が一目見たら惚れそうなほどだ。


「ふぅん……」


「惚れたか?」


「……あなた、ついに頭の中まで筋肉になったのかしら」


 アルセリアが俺に馬鹿を見るような目を向けながら言う。


 酷い言いようだ。


 しかし俺はもう慣れたのでいちいち反応しない。


「いや? 俺は正気だぞ。あの王子、顔はいいからな。惚れたっておかしくないと思うぜ?」


 嫌味を受け流して俺が軽く言うと、アルセリアは深くため息を吐いた。


 そしてどこか不機嫌そうな雰囲気を漂わせる。


 ……俺は何かやっちまったのだろうか。


『私はこの場を代表して――――』


 第三王子が何か言っているが、まったく興味ないのでアルセリアが不機嫌になった理由を考える。


 普通の少女なら惚れるとまでいかなくても、好印象を抱きそうだ。


 十三歳から十四歳なんて顔で惚れる奴は沢山いる。


 いや……そういえばアルセリアは普通の少女じゃなかったな。


 天才で意地悪く、腹黒で毒舌。


 仮にどこかの大人と喧嘩をしたら、圧倒的な勝利を収めて相手を泣かせるだろう。


 もちろん武力と舌戦の両方だ。


 そう考えると、理解するだけ無駄なのかもしれない。


 視線を感じて右斜め下を向くと、アルセリアが俺にジト目を向けていた。


「ん? なんだ?」


「……何でもないわ」


 特に何か言うわけでもなく、アルセリアは前を向いてしまった。


 まだアルセリアとの関りが浅いので、この態度が何を意味するのか分からない。


「面倒だな――いてっ」


「ふんっ」


 アルセリアに爪先を思いっきり踏まれた。


 別に大した痛みではないが……反射的に痛いと言ってしまったのは不覚だ。


 まあアルセリアの機嫌が少し戻ったので良しとしよう。





「よーーーーやく終わったぁ……」


 学園の廊下を歩きながら俺は腕を上に伸ばす。


 ずっと同じ姿勢で立っていたので、体が凝り固まってしまった。


「入学式なんて無駄よ。何の意味もない茶番ね。無能ばかりしかいないのかしらこの学園は。入学式があれだと授業もお察しだわ」


 隣で歩いているアルセリアは一人でブツブツと文句を言っている。


 外見こそ究極の美少女だが、言っている内容は少しばかり過激だ。


 因みに俺とアルセリアは、周囲の生徒から注目されている。



「あれが天才令嬢……」

「おいっ……戦闘狂もいるぜ……」

「いや、戦闘狂は古い。今は剣狂いだぞ……」

「あの二人……怖いな……」

「というか何で剣狂いが学園に居るんだ……?」

「魔術が使えないのに……」

「噂だけど、天才令嬢が無理やり剣狂いを入学させたらしいぜ……」

「俺も知ってる……教師を脅迫したんだってよ……」

「凄くかわいいけど……こわっ」

「関わりたくない……」



 と、まあこんな感じだ。


 好意的なものはなく、だいたい怖がられている。


 俺は悪くない。


 全てアルセリアのせいだ。


「おいアルセリア」


「……なに?」


「俺ら避けられてるぞ。お前が怖いんだってよ」


 ニヤニヤ笑いながら俺はアルセリアに言う。


 アルセリアは少し周囲を見渡し、鼻で笑い飛ばして口を開いた。


「人の本質を見ないで外側だけを見る……愚かね。最高峰の学園の生徒でも所詮はこれ。呆れて言葉が出ないわ。まっ、私たちの人生に有象無象はいらないけど」


「流石に言い過ぎ――ん? 私たち?」


 アルセリアの言葉に引っ掛かって俺は聞き返す。


 気のせいでなければ、いまアルセリアは私たちの人生って言った気がした。


「何かおかしいかしら?」


「いや……私たちの人生って……なんか俺も一緒にされてない?」


 急に肩を組まれた気分だ。


 別に俺は周囲の奴らを愚かとは思っていない。


 だってアルセリアが怖いのは事実だし。


「嫌なのかしら?」


「……………………い、嫌じゃない、ぞ?」


「そうよね」


 アルセリアは微かに笑って顔を正面に戻す。


 その隣で俺は内心で安堵の溜息を吐いた。


 危ない危ない。


 あそこで頷いていたら身に危険が及んでいた。


 逆らわず、従順に。


 お姫様扱いしなければならない。


 いつかお姫様抱っこでもしてみるか……と下らないことを考えていたら、教室に辿り着いた。


 座学や魔術の授業を取らずに、実戦試験だけで単位を取得するという暴挙を予定している俺とアルセリアであっても、決められた教室がある。


 扉を開けて中に入った。


「ほー……こんなもんか」


 前に大きな黒板と教卓。


 椅子と机は、三人ぐらいが一緒に座れるように長くなっている。


 席は自由らしいので、誰も座っていない椅子に腰を下ろした。


「……」


「……」


 先ほどから教室が静かだ。


 理由はもちろん、俺とアルセリアが入って来たからだった。


 教室にいる生徒等は、チラチラとこっちを見ながらヒソヒソと話している。


 言っている内容は廊下の時と同じ。


 アルセリアが教師を脅迫して俺を入学させた、三年前の魔闘技、剣狂い、アルセリアが可愛い……。


 俺は密かにアルセリアの顔を見るが変わっていない。


 いつも通りの仏頂面だ。


 なら大丈夫だとしばらく呆けていると、教室の奴らが騒めきだした。


 何だろうと思って皆が見ている扉へ目を向ける。


「ああ、なるほど」


 柔らかな金髪に整った顔。


 入学式の時に何か喋っていた奴。


 名前は忘れたが、第三王子が教室に入って来た。


「アルセリア。王子が入って来たぞ」


「……あっそう」


 教室の女子生徒は色めきだっているのに、アルセリアはこの態度。


 天才令嬢と言われたアルセリアらしい。


 まあ俺も特に興味が無いので、観察したりはしない。


 いくら侯爵家とはいえ俺は次男だ。


 しかも座学の授業には出ない。


 関わることは無いだろう。


 そう思って俺は教師が来るのを無心で待った。

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