第37話 終わりと約束

 表彰式はあまり大したものではなかった。


 俺含めて本戦へ進んだ八人が戦闘場所に集まり、司会が盛り上げながら表彰していくというものだったのだ。


 どちらかというと閉会式だろうか。


 特に賞金があるわけでもなく、無事に魔闘技は終わりを迎えた。


「クレイズぅぅぅ!」


「ぐっ……」


 家族の元に戻るや否や、俺は隣を歩いていた兄に強く抱きしめられた。


 疲労で体が重かったので避けることも叶わず、ただされるがまま。


 今まではそんな素振りが無かったので、兄は我慢していたのだろう。


「父様母様! クレイズが優勝ですよ!」


 俺の頭を抱えた状態で兄は両親に言った。


 兄は準決勝で負けたのに……自分のことのように俺の優勝を喜んでいる。


 あまりにも性格が良すぎるな。


 これで変態じゃなかったら、俺は兄をもっと尊敬していただろう。


「いやいや……凄いね本当に……。クレイズはもちろん、ローウェンも凄いからね? 僕が魔闘技に出た時は一回戦負けだったよ」


「よく頑張ったわね!」


 母が俺と兄を纏めて抱きしめる。


 少し暑苦しいが、場の雰囲気を壊さないために俺は抵抗しなかった。


 俺は空気が読める人間なのだ。


「あ」


 その中で俺は思い出す。


「優勝したから俺の好きなように生きていいですよね?」


 五年前に両親と交わした約束。


 魔闘技で優勝したら好きなようにしていい、という約束だ。


「もちろん。約束を違えることはしないよ。クレイズの好きなようにしなさい」


 父は当然と言わんばかりに頷く。


「……本当はまだ心配よ。でもクレイズの進みたい道を妨げることはしたくないわ。だから……」


 母は俺の首元に顔をうずめながら呟く。


 そして顔を離して俺と目を合わせた。


「好きにしなさい」


 瞳に映っているのは少しの不安と多くの愛情。


 つくづく俺は思う。


 家族に恵まれたな、と。


「ありがとうございます」


 前世の記憶があるとはいえ、今世では貴族家の子供に過ぎない。


 自分だけで生きることが出来るはずもなく、両親の庇護下に居る状態だ。


 故に最低限の義務を果たす必要がある。


 だから優勝したらという条件を課した。


 これは両親に恵まれなかったらできなかったことだろう。


「あの、兄様? そろそろ離してくれません? 暑苦しいんですけど」


「もう少し」


「えぇ……」


 ただ、やはり兄は良く分からなかった。





***




 

 アルカナ・エクリプス神秘と奇跡の三日目。


 今日が最終日ということもあって、どこか寂しさを感じられる空気だった。


 もう日が暮れ始めていることも、寂しさを感じる要因の一つだろう。


 俺は王都の屋根の上を飛び回り、背の高い建物の屋根に上る。


 そこには先客がいた。


 魔闘技の決勝で戦って、俺が勝利してた天才令嬢ことアルセリアだ。


 絹のような金髪を靡かせて、顔を夕日に照らされている姿は素直に美しい。


 百人がこの姿を見たら、百人とも絶世の美少女だと証するだろう。


 まあ俺はこいつの本性を知っているので、惚れたりはしないが。


「で、俺に何の用だ?」


 俺がここに来たのはアルセリアに呼び出されたからだ。


 無視するのも考えたが、無視した後が怖かったので素直に応じることにした。


「あら、来たのね。てっきり無視するかと思ったわ」


「無視したらお前が何するか分からんからな」


「私に随分と偏見を持ってるみたいね。そんなに恐ろしい女じゃないわよ」


「どの口が言ってんだ」


 挨拶代わりの軽口を叩き合い、俺はアルセリアの隣に腰を下ろした。


 この場所からだと王都の広い範囲が良く見える。


 広がる街並……隔てる城壁……夕日によって分かれる陰陽……行き交う人々。


 初めてアルカナ・エクリプス神秘と奇跡に参加したが、思ったより良いなと思った。


「一体全体……俺に何の用があるんだ?」


 俺は目をアルセリアに向けながら聞く。


「その前に一つだけ聞いていいかしら」


「別にいいぞ?」


「あなた……今後はどうするの?」


 顔を正面に向けたままアルセリアは尋ねる。


 景色も相まってどこか神妙な雰囲気だ。


「今後って……人生的な?」


「ええ。あなたは次男だから侯爵家を継ぐ必要ないわ。だからどうするのかっていうことよ」


「なるほどな」


 確かに俺は侯爵家の令息とはいえ、次男だ。


 だからいずれは自立する必要がある。


 一般的な流れは、学園に通って卒業し、国の魔術師機関に所属するというものだ。


 ただ俺は魔術が使えないので、学園も国の魔術師機関に所属することもできない。


 よく言えば自由、悪く言えば見通しがない。


 とはいえ俺はある程度決めていた。


「俺は皆が学園に入学する歳……つまり十四歳になったら俺は家を出る。で、冒険者になる」


 やはり因果があるのか、結局は前世と同じ冒険者を自然と考えていた。


 冒険者は貴族から見れば下賤な職業だ。


 いや、もはや職業と言っていいか微妙でもある。


 しかし俺は冒険者しかないと思っていた。


 剣を振るには、それしかない。


「やっぱり冒険者なのね」


「……分かってたのか?」


「ええ。というかそれ以外ないじゃない」


 確かに俺が進む道は冒険者しかなさそうだ。


 特に俺の性格を知ったならば尚更だろう。


「そんなあなたに私はお願いするわ」


「あん?」


「学園に通いなさい」


「は?」


 何を言ってんだこの女は。


 基本的に学園は貴族の令息令嬢に勉学や兵法、そして魔術を教える場所だ。


 その中でも魔術の比重は重い。


 つまり貴族家を継がず、魔術を使えない俺が学園に通っても何も意味が無いのだ。


「通う訳ないだろ? てか入学すらできないんじゃないか?」


「大丈夫よ。私が捻じ込むわ」


「どうやって?」


「私は天才よ。学園も私に入学して欲しいと思ってるわ。学園の名誉の為にね。だからあなたを入学させないなら、私も入学しないってお願いするわ」


「脅しじゃねーか」


「お願いよ」


 澄ました顔でアルセリアはとんでもないことを言った。


 でもよく考えると……それは可能だ。


 おそらく俺が思っている以上にアルセリアの価値は高い。


「だとしても通わねーよ。絶対嫌だね」


「あら、忘れたのかしら?」


「あ?」


 アルセリアは俺に顔を向け、あの毒々しい笑みを浮かべる。


「私……あなたに命令する権利があるのだけど?」


「げっ……」


 忘れていた。


 苦し紛れに言い放った言葉がこんな形で帰ってくるなんて……。


 あの時、碌なことに使われないと思ったのは間違いじゃなかった。


「それでも無理って言ったら?」


「生涯をかけてあなたの邪魔をするわ」


「怖すぎだろ……」


 アルセリアのことだ。


 これは冗談ではなく、真面目に邪魔してくるに違いない。


 まだ付き合いは浅いが、こいつは冗談で言う奴ではないのは知っている。


「学園は三年間だから……十七歳までいるのかよ……」


 あまりにも時間の無駄だ。


 なにより絶対に暇になる。


「安心しなさい。私も学園は面倒だわ。だから一年。一年で卒業するわよ」


「……できんのか?」


「私を誰だと思っているのかしら」


「いや、お前じゃなくて……俺の話だが」


「あなたも可能よ」


 その言葉に俺は思わずアルセリアの顔を凝視する。


 確かに俺は学園に関することは全く知らないが……そんなこと出来るのだろうか。


「卒業するのに必要なのは単位だわ。勉学の試験や魔術の実技試験、それから……戦闘試験で取れる。勉学の試験と魔術の実技試験は一度に取れる上限が決まっているけど……戦闘試験は別よ」


 アルセリアは一度言葉を区切って再び口を開く。


「戦闘試験の場所は基本的に迷宮。辿り着いた階層と、倒した魔物の等級と数によって単位が決まるわ」


「ってことは……取り放題ってことか?」


「そういうことよ。だから一年生の戦闘試験で全単位とれば卒業は可能だわ」


 なんとも杜撰な仕組み……いや、結局は武力が大切だからこうなっているのか。


「ちなみに過去において、戦闘試験だけで卒業した人は?」


「いないわ」


「だよな」


 予想通りだ。


 だから今までこの仕組みが変わらなかったのだろう。


 理論上は可能だが、実際にやるのは不可能ということ。


「お前は出来るって思ってるんだよな?」


 俺は確信を持ってアルセリアに聞く。


「当たり前じゃない。出来る……というか余裕よ」


「大層な自信だこと」


 アルセリアは傲慢で自信家なのは確かだ。


 ただその一方で過大評価はしない。


 つまり現実的に考えて、俺とアルセリアが一年で卒業するのは可能だと言うことになる。


「仕方ねーな……一年ぐらい付き合ってやるよ。というか何で俺を学園に通わせたいんだ」


 俺が学園に通ったからといって、アルセリアに利点があるわけではない。


 せいぜい、変な目で見られる俺を面白く思うぐらいだろうか。


「……それは秘密よ」


「えぇ……気になるんだが」


「乙女の隠し事を知りたいなんて……良い趣味をしているわね」


「乙女……?」


「何か文句あるかしら?」


「いやっ、無いです……」


「そうよね」


 危ない危ない。


 また首を絞められるところだった。


 もう余計なことを言わない方が良いだろう。



「お、花火だ」


 すっかり暗くなった空に花火が打ちあがる。


 もう少しでアルカナ・エクリプスが終わるのだ。


「じゃあ次会うのは学園か」


「そうね」


 空を彩る綺麗な花火、隣に座る美少女。


 面倒臭いのは確かだが……癪にも波長が合うと感じていた。


 ……これは長い付き合いになりそうだ。

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