第14話 頭ポン
俺はアルセリアの顔を見て漠然と思った。
まるで捨てられた子犬みたいだなと。
目尻から涙がこぼれ、目が赤く腫れている。
また、顔に血の気がなく、顔面蒼白という言葉がピッタリだ。
隈も凄い。
唇も乾燥している。
まさにボロボロ、限界の状態だったのだろう。
たった二十一日でこれほどまでになるのか……いや、それだけアルセリアの中では大きなことだったのか。
アルセリアはずっと俺の顔を見て呆けている。
信じられないものを見たような顔だ。
こんな間抜けな顔を見るのは初めてだった。
「……混乱させて悪いな。ただ王……いや、流石にお互い腹割って話す必要があると思ってな」
座る場所が無いので俺は寝具に腰を掛ける。
窓かけによって暗くて静かな部屋に、ギシギシと寝具が軋む音が響いた。
「……なあアルセリア。お前にとって家族ってなんだ?」
上半身だけ体を起こして俯いているアルセリアに目を向けて尋ねる。
事の発端はアルセリアが俺の兄を貶したことだ。
つまり俺とアルセリアでは家族に対しての認識が違う可能性がある。
……誕生祭で知ったことだが、アルセリアの家族はクソだった。
少なくとも父親はクソ野郎だ。
こういうのは比較するものではないが……なまじ権力があるので前世の俺の父親より色々と質が悪いかもしれない。
「…………わたしの……敵」
かすれた声でアルセリアは答える。
いつもの芯のある声とは大違いだ。
「敵、か……。なるほどなー……」
てっきり、血がつながった他人みたいなことを言うかと思った。
しかしアルセリアは敵と言った。
……基本的にアルセリアは強い。
頭脳しかり、魔術の才能しかり、人を敵と認識することは殆どない。
つまりアルセリアが敵と認識するほど家族に攻撃されたのだ。
「そういうことだったのか。理解した。俺も馬鹿だな……」
簡単に言うと認識の違いである。
俺の家族は良い人でアルセリアの家族は悪い人。
大雑把に表せばこのような感じだろう。
……前世では俺も似たようなものだったんだけどな。
死ぬまで必死に生きていて考える暇がなかったし……アルセリアのように人生の大部分を占めることは無かった。
ああそんなこともあったなぐらいの認識だ。
おまけにアルセリアはまだ十四歳。
俺も十四歳とはいえ、精神的な年齢は三十歳を優に超えてる。
大人げないにもほどがあった。
そういえば……前世で俺はかなりやらかしている。
剣に重きを置いて、強くなることを考えすぎて……周囲の人のことを何も考えず、自分勝手に振る舞った。
結局手遅れになってから後悔した数は数えきれないほど。
だから色々と考えるようになったのだ。
「分かってるはずだったんだけどな……」
溜息と共に言葉を吐き出した。
ただ、まだ引き返せる。
あの時のように手遅れではない。
転生した理由は全く分からないが、一回目の人生から学ばないなんて愚かでしかないだろう。
さて……頑丈な壁を壊して……絡みに絡まった紐を解くか。
「アルセリア。底に触れて悪いが……お前の母親は家族じゃないのか?」
ずっと気になっていたのは誕生祭の時、便所から帰る途中でのアルセリアの行動だった。
四人の令息がアルセリアの母親を馬鹿にして……アルセリアが魔術で令息たちを吹き飛ばしたのだ。
残念なことにその時のアルセリアの表情は見えなかったが、明らかに怒っている様子だった。
一般的に母親は家族である。
しかしアルセリアは家族は敵だと表した。
それならばアルセリアにとって母親とは何なのか。
まずはそこからだった。
「……家族? おかあさんは……おかあさんよ……」
「そうか……」
どうやらアルセリアにとって母親と家族は別物らしい。
理解することは出来ないが、その事実さえわかれば問題ないな。
「お前さ。国王の誕生祭の時……令息に母親を侮辱されて怒ってただろ?」
「…………」
のそのそと起き上がって、寝具の上にちょこんと座りながらアルセリアは頷く。
「対象は違うとはいえ……お前がやったことはあの令息たちと同じだぜ」
「……っ」
俯いていた顔が俺に向く。
「もちろん色々と違う。だが、お前にとっての母親と……俺にとっての家族は同じなんだよ。ただ家族っていう言葉に対しての認識が違うだけだ」
アルセリアは目を少し伏せた。
艶が減った金髪が肩から落ちる。
いまアルセリアが何を思っているか知らないが、しっかりと考えて貰いたい。
腹落ちするのは大事なのだ。
「……つまり……あなたが私のおか……母を侮辱するのと同じことを……私はしたってこと……?」
「広く見ればそうなる」
「なによそれ……最低ね……」
力なく手を握りしめながらアルセリアは自嘲する。
自分が何をしたのか本当の意味で理解したのだろう。
その姿にいつもの凛とした力強さはない。
触れたら壊れそうなほどに脆く見えた。
「ま、理解できたならいいんじゃねぇか。しかも……お前が言うように家族は敵だったんだろ? 逆によく自分を取り戻せたな」
「……それはあなたがいろいろしてくれたから……」
「根底に確固たる何かがないと無理だぞ。だからお前自身の力だ」
両手を寝具に突けて体重を預ける。
とりあえず一難は去ったな。
あとは……アルセリアの思いとか諸々を聞いた方が良いだろう。
「この際だからお前が溜め込んでるものを全部言ってくれよ」
「溜め込んでるもの……?」
「ああ。何でもいいぜ。不平不満でもいいし。やりたいことでもいいし」
改めて思ったことだが……結局、人間関係というのは些細な擦れ違いで崩れる。
今回だってそうだ。
もっとお互いのことを知っていたり、価値観などを共有していたら、こんなことにはならなかった。
俺もアルセリアも自分勝手な人間なので、互いに互いの事を良く知らない。
「……不満、やりたいこと」
ポツリとアルセリアが言葉を零す。
「家とかどうでもいい。考えたくもない。勝手に自滅して欲しい。あなたと一緒に居たい。でもあなたは剣しか興味ない。冒険したい。色々な場所に行きたい。でもあなたがいないと嫌だ。魔術をもっと磨きたい。まだ足りない。もっと力をつけたい。あなたの道を邪魔したくない。でも置いて行かれたくない。私を見て欲しい。私だけを見て欲しい。我が儘言って嫌われたくない。怒られたくない。あなた以外どうでもいい。興味ない。あなたの隣に居たい。一分も離れたくない。責任は取ってもらう」
アルセリアの体は比較的小さい。
今も少し俯いている。
だが。
「え、こわ……」
息継ぎもなく僅かな時間で言葉を垂れ流していた。
言っている内容も中々に不穏。
「ねぇ」
「お、おう……」
ゆらりと頭が動いてアルセリアは俺を見つめる。
「あなたはどうなのよ……」
薄暗い部屋で聞こえるのはアルセリアの呼吸の音。
いつの間にかアルセリアが俺の手首を握っていた。
「もう私は押し付けないわ……あなたが考えてることも教えて……」
瞳に映るのは不安気な感情。
アルセリアは学習しているのだろう。
自分の思いを押し付けないで、相手の思いも聞く。
俺はなんか面白くて笑いそうになってしまった。
「まあ……まず、俺の中では剣が一番だ。だから俺は冒険者になる。これはどう足掻いても変えられない。が……」
これは変えられない。
ただ、他は別である。
「それ以外は別に拘りはないからな。邪魔にならなければいい……って感じだ」
「つまり?」
「つまり……お前がいても問題ないってことだな」
「ふぅん」
アルセリアは何とも言えない表情をする。
まあ実際問題、アルセリアは魔術の実力が高いので行動を共にするのは結構いい選択だ。
「ただなぁ……お前が居たら楽そうなんだよな……。いまでも苦戦するのは四級からだろうし。もっと成長したら、三級ぐらいからしか手応えがなさそうっていう懸念がある」
「……それなら三級以上の魔物と戦えばいいじゃない」
「中々いないんだよ。山奥とか迷宮の深層とか……そんくらいの場所にしかいない」
「そっか……」
沈黙が部屋に満ちる。
何とも言えない雰囲気に俺は口を開いた。
「まあまだ先の事だからな。後々考えればいいだろ」
「そうね……」
アルセリアは頷き……寝具に倒れこんだ。
同時に溜息を吐く。
「ねぇクレイズ」
「なんだ?」
アルセリアは顔を毛布で隠しながら俺の名を呼ぶ。
「……ごめんなさい」
そして謝罪の言葉を口にした。
小さく、かすれた謝罪だが、確かにアルセリアは謝ったのだ。
「……別にいいぞ。俺も少し考えなしだったからな。色々と考慮するべきだった」
切っ掛けや原因がアルセリアなのは間違いない。
しかしその後の対応とかも含めると、俺にも非がある。
そもそも俺からアルセリアに近づいたのだ。
責任を持つのが筋というものだろう。
危うく忘れるところだったが……前世の後悔を思い出して良かった。
あの王子に感謝しなければいけないな。
「……後であなたの兄にも謝るわ」
「おう」
十中八九、兄は何も気にしていないが、それでも謝ることは大切だ。
よし、そろそろ出ていくか。
「じゃ、俺はこの辺で……」
立ち上がろうとした瞬間、アルセリアの腕が俺の腰に絡みついた。
引き戻されて俺は再び寝具に腰を掛ける。
左ひざを少し寝具に乗せながら、俺は振り返った。
「どうした」
アルセリアは無言で俺の胴体に腕を回して、腹に頭を押し付けてくる。
「まあいいか……」
何を思ってこんなことをしているか分からないが……好きにさせておこう。
俺は手持無沙汰になったので、アルセリアの頭に左手をポンと置いた。
――――――――――――――――
ふいー……ここまで書き切った……。
あ、更新頻度は少し落ちるかもですが、この先も書き続けるのでご心配なく。
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