第15話 終わりとかつての場所

 朝、窓から差し込む光で目覚める。


「ふぅ……」


 妙にすっきりとした目覚めだ。


 いつもなら、しばらく頭に靄がかかっているような状態になって、目もしょぼしょぼしているはずである。


 だが今の状態は快適この上ない。


 寝具から起き上がって体を伸ばす。


 乱れた髪を掻き上げて、この目覚めの良さに疑問を持った。


 寝る時間はいつもと変わらない。


 起床時間も大きな変動はなし。


 思い当たることがあるとすれば……昨日のアルセリアとの一件だろうか。


 王子による厄介で俺とアルセリアの関係は元に戻った。


 原因は些細な価値観の違い。


 アルセリアに原因があるとはいえ、俺が色々と主導的に動くべきだった。


 あと少しで前世での過ちを繰り返すところだったのだ。


 相変わらず俺は馬鹿である。


 と、反省はこのあたりにして、目覚めの良さの原因についてだ。


 おそらく自分でも気付かぬうちに、アルセリアとの騒動が負担になっていたのだろう。


 そして解決したからその負担が消えた。


 故に今朝の目覚めは良かった。


 ただ、それだけではなく、アルセリアと俺がお互いに腹を割って話したことも一つの要因な気がする。


 アルセリアはもちろん、俺も人間関係は極めて狭い。


 広く浅くではなく、狭く深くだ。


 だから互いに色々と話すことによって、本当の意味で友人になれた、というのが俺の感想だった。


「よし……」


 いくら剣を一番に考えているとはいえ、俺も所詮は人間であり人と関わらないことは不可能。


 それを理解してなかったから前世では手遅れになり、思い出した今世ではギリギリ間に合った。


 精神年齢が三十を超えているので少し恥ずかしいが……これが成長というものなのだろうか。





 身支度と荷物を整えて俺は宿を出る。


 手には全ての荷物を持ったまま。


 もうアルセリアとは和解をしたので、別々の宿に泊まる必要はない。


 だから再びアルセリアが泊まっている宿にお邪魔する予定だった。


 元の宿に足を踏み入れて受付でアルセリアの隣の部屋をとる。


 既に埋まってたら別の部屋でも良かったが、幸運にも空いていた。


 階段を上がって廊下を歩き、二十二日前に出た部屋に入る。


 荷物を置いて寝具に腰を下ろし、一息。


「ふぅ……」


 これで絡まっていた紐は解れた。


 あとは少し気を遣いながらも、いつもどおり鍛錬をするだけ。


 完全に一件落着だと思いながら俺は部屋を出て、アルセリアの部屋の扉を軽く叩こうとして——ガチャリと扉が開いた。


 アルセリアだ。


「よおアルセリア」


 俺を見上げているアルセリアに声をかける。


 昨日、この部屋でアルセリアに抱きつかれたりと色々あったので少し気不味いが、気にしないことにした。


 別になんのこともない。


 普通に接すれば良いだけだ。


「……戻って来たの?」


「おう。もう必要ねぇからな。出戻りだ」


「そう……」


 しばしの間、沈黙が流れる。


 俺はアルセリアが動き出すのを待った。


「……あなたの兄……お兄さんはどこにいるのかしら」


「普通は教室にいると思うが……何か用でもあんのか?」


「けじめとして謝るだけよ」


 そっぽを向いてアルセリアは答える。


 俺にならともかく、他人に謝るなんて以前のアルセリアだったらあり得ないことだ。


 そっぽを向いて少し気まずそうにしていることから、思ったより変化しているのだなと俺は感じた。


「なるほどな。俺も王子の奴に用があるから学園に行くか」


「……何の用があるの?」


「あいつが俺に発破をかけたからな。じゃなかったら昨日、お前と話すこともなかった。だからその礼だ」


 ついでにアルセリアに対する婚約話もしたほうがいいか。


 俺が言う……のではなくてアルセリアが直接何か言うべきだろう。


「婚約の話」


「――っ」


「嫌なら嫌って言っとけよ。あくまでお前はお前だ。俺がどうこうする問題じゃねぇからな」


「……分かったわ」


 アルセリアは確かに頷いた。


 これならば大丈夫だろうと俺は思って、開いていた扉を閉める。


 無言のまま宿の階段を下りて外に出た。


 久しぶりのアルセリアが隣にいる感覚に落ち着きながら、もう慣れた道を歩いて学園に向かう。


 でかい門を潜り、バカ広い敷地を通り、煌びやかな校舎に足を踏み入れる。


 今の時間を考えると普通に教室辺りに居そうだが……微妙なところだな。


 これは予想以上に時間がかかりそうだ、と思っていたら上から何か降って来た。


「やっぱり来たな。お二人さん」


 こげ茶の髪に偉そうな顔つき。


 それでいてどこか気品のある目の前の男は音もなく地面に着地した。


「ローウェンと王子ー! 来たぞ!」


 男は声を張り上げる。


 すると、再び上から何か降って来て、目の前に着地した。


「やあクレイズ。そしてアルセリアさん。その様子だと仲直りはしたのかな?」


「ふん……昨日ぶりだな」


 上から降って来たのは、兄と第二王子のシーランドだった。


 突然の事にアルセリアは固まり、俺は少し驚いて呆れる。


「えーっと? 色々と聞きたいことはありますが……どちら様で?」


 腕を組んで偉そうに胸を張っている男に目を向けて尋ねた。


 どこか見た事あるような気がするが……生憎なにも思い出せない。


「俺の名前はイシリオン。お前の兄、ローウェンの友人だ」


「へぇ……あ」


 イシリオン。


 その名前を聞いて俺は思い出した。


 記憶が確かであれば、イシリオンという人物は魔闘技に出ていたはずだ。


「兄様にボロ負けした人ですか」


 懐かしい。


 確か逃走王とかいうあだ名をつけられていたな。


「ボロ負けではない。僅差で負けたのだ」


「まあまあイシリオン。君の醜態は置いといて。クレイズたちは僕らに用があるみたいだよ?」


「……まあそうだな」


 どこからどう見てもボロ負けだったが、話の流れが変わったのでここで指摘をすることはない。


 兄の言う通り俺とアルセリアは用事があるのだ。


 ただ、イシリオンに関しては別に関係ないので、正直なところどこかに行っててほしかった。


 とはいえ、それは置いておこう。


 周りに人はいないし、ここでいいか。


 俺は軽くアルセリアに目を向けると、彼女は一歩前に出た。


「ローウェン様。無礼な発言をしてしまい、申し訳ありませんでした」


 アルセリアは頭を下げながら謝罪の言葉を口にする。


 それは決して開き直ったものではない。


 心の底からの謝罪だと俺は感じた。


「うん。その謝罪は受け入れます」


 兄は何でもないかのように受け入れ、アルセリアは頭を上げる。


「良かった良かった。別に僕は怒ってないから謝罪とかどうでもいいけど……この様子だとちゃんと話し合えたのかな?」


「……はい。色々と話せました」


「ならばよし」


 穏やかな笑みを浮かべながら兄は頷く。


 その姿に俺は違和感を覚えた。


 確かに兄は寛容で優しいが、それは俺などの家族や親しい人間に対してだ。


 おそらく関係が浅い人間に対しては割と素っ気ないはず。


 つまり兄はアルセリアを身内認定しているのだろうか。


 しかし二人の接点は魔闘技とアルセリアが兄を侮辱した時ぐらいである。


 兄にとって両方とも良い接点ではないことは確かだ。


 なのにどこかアルセリアを気に入っている節がある。


 まあ後で聞いてみよう。


「で、シーランド殿下。婚約の件についてですが――」


「あれは嘘だ」


「は?」


 思わず俺は首を傾げる。


「嘘?」


「ああ。嘘だ」


「なぜ?」


 俺が問うと王子は呆れたように溜息をつく。


 心なしか兄やイシリオンまでも俺に呆れているような目を向けていた。


「放っておいたらお前たちは離れたままだったろう。だからお前の兄……ローウェンに頼まれて一芝居打ったんだ。私も目的があったから丁度良かったしな」


 なるほどと俺は頷く。


 あの時、兄が俺を呼び止めたのも王子が俺に話しかけてきたのも、アルセリアが盗み聞きすることを計算した上でのことだったのか。


 確かに王子が発破をかけてくれなかったら、俺はアルセリアを追いかけることは無かっただろう。


「そういうことでしたか。ありがとうございます」


「構わん。私としてもあの状態は好ましくなかったからな」


 好ましくない……そういえば目的があると言っていたな。


「殿下は目的があると言っていましたが……お聞きしても?」


 王子の目的の為に俺とアルセリアが必要。


 正直なところ予想が全くつかない。


「……ノルドシャーレを知っているか?」


 ピクリと俺は眉を動かした。


 なぜなら知っているからだ。


 良く知っているからだ。


「強大な魔物が蔓延っている死地。莫大な資源が眠っている金の地。噂では古代の遺跡があるとか」


「ほう。良く知っているじゃないか」


 感心したように王子は頷いて、続ける。


「私は第三王子だ。王の座には就けない……いや、興味が無いと言った方が正しい」


 基本的に次期国王……つまり王太子は年齢順だ。


 悪く言えば第二王子より下は第一王子の予備。


 順当にいけばこの王子、シーランド王子は王太子になれない。


「私には夢がある。ノルドシャーレを開拓するという夢があるのだ」


 何となく言いたいことが分かってしまった。


 思わず俺は何とも言えない顔をする。


「その際、腕が立って信用できる人間が必要になる」


 別に嫌なわけではない。


 どちらかというと興味がある。


「クレイズ・レイノスティアとアルセリア・オリオンドール。お前たち二人の力が欲しい」


 王子の言葉が俺の頭の中に響く。


 隣のアルセリアはどのような顔をしているのだろうか。


「…………なるほど」


 俺が言ったようにノルドシャーレには強い魔物が蔓延っている。


 おまけに未踏の地だ。


 好奇心がくすぐられるのも確か。


 更にはだ。


 ノルドシャーレって……俺が前世の幕を閉じた場所なんだよな。







―――――――――――――


忙しくて更新できませんでした……。

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