第7話 立つ鳥跡を盛大に壊す
「ちょっと顔を貸しなさい」
冒険者登録をした数日後、宿の自室で鍛錬の準備していた俺の元にアルセリアがやってきた。
扉を叩いたりもせずにいきなり。
おまけに俺は着替えていたので上裸。
「……普通は逆なんだが、合図も無しに入ってくんなよ」
こういうのは、女性が着替えているところに男が合図無しに入って、平手打ちを受けるというのがお決まりだろう。
まあ俺は必ず扉を叩くので、万が一にもあり得ないが。
というか、仮にアルセリアの着替え中に入ったら平手打ちでは済まない。
確実に半殺しにされるだろう。
あまりにも危険で恐ろし過ぎた。
「ま、あんたの裸なんてどうでもいいじゃない。それより顔を貸しなさいよ」
アルセリアは顔色ひとつ変えずに続ける。
俺の裸がどうでもいい……確かにその通りではあるが、直接言われるのは何か癪だった。
とはいえ別に文句は言わないが。
「顔を貸せって……お前は不良の冒険者かよ。で、これから俺はお前にボコボコにされるのか?」
「なに言っているのかしら。鍛錬のやり過ぎで頭まで筋肉になったの?」
アルセリアは呆れながら馬鹿を見るような目で俺を一瞥した。
まったく……心外である。
冒険者の中だったら俺は結構賢い方なのだ。
「手合わせに決まってるじゃない」
溜め息混じりにアルセリアは言う。
「なんだよ手合わせか。別に良いぞ。すぐ準備するから少し待ってろ」
「早くしなさい」
俺もここ数日はずっと一人で剣を振っていただけだからな。
今日は縛りを設けてやってみようか。
そう思いながら下の服を脱ごうとして……
「いや、外で待ってろよ」
先と変わらぬ腕を組んで仁王立ちしているアルセリアに俺は言った。
「私は気にしないわ」
「俺が気にするんだよ。お前はもう少し常識を学べ。ほら」
俺はアルセリアを部屋の外に押しのけて扉を閉める。
まったく……天才は常識がないとよく言うが、アルセリアが最たる例だ。
年頃の少女だという意識を持ってもらいたい。
俺は別にどうでもいいが世間体というものがある。
「剣を持ってっと……よし、待たせたな」
準備が終わったので俺は扉を開けた。
廊下の壁には、アルセリアが腕を組んでもたれ掛かっている。
「遅いわ」
「いやまだ数分しか経ってねぇよ」
相変わらずの減らず口だ。
これからの手合わせで遠慮なく全力を出させてもらおう。
「お、今日も誰もいない」
「別に誰かがいても退かせばいいだけよ」
「おいおい暴力性が高すぎるな」
いつもの掛け合いをしつつ、俺とアルセリアは訓練場に足を踏み入れた。
今日は幸運にも誰もいない。
俺は毎日ここを使っているが、初日以外は必ず誰かが使っていたので、いつも奇異の目で見られていた。
まあそれと同時に、気づいたら誰もいなくなっていたのだが。
「手合わせは何でもありでやるのか?」
体をほぐしながら俺はアルセリアに尋ねる。
個人的には鍛錬の一環なので縛りを入れたい。
しかし誘ったのはアルセリアなので、取り敢えず聞いてみようと思ったのだ。
「少し試したいことがあるの。それの相手をしてくれるかしら」
「つまりは実験体になれと」
「そうとも言うわ」
試したいことというのは、おそらく図書館で学んだ新しいことだろう。
手合わせというか実験である。
「まあ別にいいけどよ。俺は何すればいいんだ?」
天才のアルセリアが試す新しいことにはかなり興味がある。
どんな面白いものが出てくるのか。
「一つ聞きたいのだけど……あなたはどれくらい頑丈なの?」
「頑丈か。全力で守れば……そうだな、あの塔から地面に落下しても無傷でいられるくらいだな」
負傷する場合、外傷と内傷がある。
簡単に言えば、外傷は切り傷で内傷は骨折や内臓損傷だ。
仮に闘気で体表を防御しても、衝撃によって内臓が潰れる。
だから体内と体表の両方を闘気で強化する必要があった。
で、それの限界は未だに分からない。
ただ、学園の時計台である塔から落下しても大丈夫なのは確かだった。
「なるほど……それならば大丈夫だわ」
アルセリアは少し考えてから独りでに頷く。
何だか嫌な予感がヒシヒシと伝わって来た。
「お前……何するつもりだ?」
「……まあ別に何でもいいじゃない。あなたは全力で身を守ればいいだけよ」
「いやいやいや。嫌な予感がするんだが?」
「……早くしなさい。死んでも知らないわよ」
確実にアルセリアは何か隠している。
いや、隠しているというか……誤魔化している。
さっきまでは楽しみだったが、一気に不安になって来た。
「……無茶はするなよ。本当に」
「安心しなさい。私はいつも失敗はしないわ」
「俺の嫌な予感は勘違いってことか?」
「当たり前じゃない」
「ならいいか……」
ここで押し問答しても仕方がないので、俺は渋々納得してアルセリアから少し離れた場所に移動した。
そして闘気を全身に巡らせ、体内と体表を防御する。
嫌な予感がするので手を抜かず、限界まで全身を強化した。
「よし。いいぞ」
何が来てもいいように俺は腰を軽く落とす。
どんな代物が出てくるのか。
というか果たして俺は無事でいられるのか。
拭えない嫌な予感を覚えながら、俺はアルセリアを待った。
「いくわよ」
「おう」
アルセリアが足を肩幅に開けて掌を俺に向ける。
続いて目を瞑り、紡いだ。
瞬間――――
俺は凄まじい衝撃を受けながら吹き飛んだ。
「…………っ!?」
轟音が耳を貫き、衝撃が身を揺らし、視界がぐるぐると回る。
地面を何回か跳ねて滑って――――背中に衝撃を受けて俺はようやく止まった。
回っていた視界が戻り、俺は目の前の光景を見る。
粉々になって陥没している地面。
辺りに散乱した地面の破片。
漂ってくる焦げた臭い。
立ち上る白煙。
ついでに俺が衝突した壁は人の形に凹んでいる。
目線を動かしてアルセリアを見ると……今までに見たことがない満足そうな顔をしていた。
「――――おい非常識女ちょっと来い!」
大声で呼ぶとアルセリアが不機嫌そうにやって来た。
「なによ。いま良い気分だったの。邪魔しないでもらえる?」
いつもの仏頂面、傲慢な態度。
俺は立ち上がってアルセリアの両肩に手を置いた。
「お前は馬鹿なのか。天才なのに馬鹿なのか。こんな惨状にして満足そうにしてんじゃねぇよ馬鹿」
「はぁ? なによ。素晴らしい結果じゃない。炎と風の複合魔術よ。しかも制御が特別難しいのよ。私に掛ける言葉は罵倒じゃなくて称賛のはず――――」
「これを見ろよ」
「ん?」
「俺の剣。ぶっ壊れたんだけど。俺がわざわざ離れた場所に置いてたのに……吹き飛んで俺のとこまで来たんだけど。ぶっ壊れた状態で」
「はぁ?」
「お前いま『こんなしょぼい剣なんてどうでもいい』って思っただろ」
「いやだってしょぼ――――むぐ」
「黙れ」
俺はアルセリアの両頬を掴んで強制的に口を閉じさせた。
「どっかの言葉でな。剣は命より大切っていうのがあるんだよ。で、俺は命よりは大切じゃなくてもかなり大切に扱ってきたんだよ」
「むぐ」
俺は原形をとどめていない剣の残骸を、アルセリアの顔の前に持ってくる。
「で、これ。鞘は完全破壊。刃の部分は粉々。辛うじて残ってる柄は黒焦げ。それでお前は――――ん?」
ふと俺は顔を上げて遠くに目を向ける。
すると誰かが凄い速度で空を飛んでくるのが見えた。
「ふむ」
先ほどの轟音によって教師が駆けつけてきたのだろう。
「ということで俺は逃げる。お前は大人しく捕まっとけ。この爆発魔が」
俺は即座に手を離して、向かってくる教師とは反対の方向へ駆け出した。
そもそも俺は何も悪くないのだ。
全てはアルセリアが悪い。
幸いにも俺は魔力を持っていないので、教師の魔術によって捕まる心配はない。
「よしよし。これで――――」
「置いていくんじゃないわよ」
「うおっ!」
隣にぬっとアルセリアが現れた。
「何でついてきてんだよ。大人しく捕まっとけ」
「嫌よ。面倒ごとになるじゃない」
「知るか! 俺が巻き込まれるのだけは勘弁だ」
剣も壊され、更に面倒ごとに巻き込まれるのは心底嫌だ。
どうにかして逃げなければいけない。
「大丈夫よ。私がいる限り捕まらないわ。教師程度の魔術じゃ私の隠密魔術は見破れない」
「……なんだよ」
「これで相殺ね」
アルセリアは笑みを浮かべる。
まだ昼にもなっていないが、俺はもう既に疲れ果ててしまった。
「あ、訓練場はどうするんだ?」
「さあ? 教師が魔術で修復してくれるんじゃないかしら?」
「まあそうか……じゃあ別にいいな」
「ええ。これからどうする?」
「……精神的に疲れたから飯だ。あとは鍛冶屋に行く。お前が壊した剣の代わりを買わなきゃならん」
捕まる心配はもうないので、俺とアルセリアは歩いて街に戻る。
後にした訓練場は……次の日には元に戻っていることだろう。
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