第二章 歪む少女は何を思う

第8話 袂を分かつ

 ここ最近、少し疲れている。


 それに気づいたのは、アルセリアの物言いに苛立ちを覚えたからだった。


 いつもなら特に気にすることはないのだが、どこか苛立ってしまう。


 傲慢で自分勝手。


 毒舌で加減知らず。


 自己と他者の境界が曖昧な言動。


 常人ならば苛立ったり怒ったりするだろう。


 いや、そもそも関わったりしないか。


 しかし俺は結構いい加減で自分勝手なので、アルセリアに対して怒ることはない。


 人に要求するなら自分のことを先に改善するべき……と思っているからだ。


 ただ、先ほど言った通り、俺は最近アルセリアの言動に苛立つことがある。


 といっても常時ではなく、ふとした時だけだ。


 それを自覚していたので、俺はそろそろ休息を取った方が良いなと思っていた。


「今日もまた図書館か?」


「ええ、まだまだ読んでいない本があるから」


 今日も今日とて、俺とアルセリアは一緒に学園の校舎内を歩いている。


 アルセリアは今日も図書館に赴くようだ。


 毎日、長時間ずっと本を読むなんて俺なら一瞬で飽きてしまうが……趣味趣向が違うのだろう。


「あなたは?」


「俺は……今日は適当に過ごすかな。最近少し疲れてるし」


 鍛錬を継続することは大切である一方、休息を取ることも同じくらい大切だ。


 前世では何度か過度な鍛錬で体を壊したことがあったので、急速の重要性はよく理解している。


「ふーん。じゃあ私に付き合いなさい」


「疲れるから無理だ。明日以降にしてくれ」


「別に疲れないわよ。そのくらいいいじゃない」


「お前と俺では基準が違うんだよ」


 ……この会話も疲れるな。


 いつもなら気にならないが、今の俺は心身ともに疲れてるから面倒に感じてしまう。


 まあだからと言って、このくらいで起こることはしない。


 いくら天才といえどもアルセリアは子供。


 対して俺は前世があるので大人だ。


 適当にあしらっておくのが吉だろう。


「あ、いたいた」


 聞き馴染みのある声が後ろから聞こえて俺は振り返る。


「兄様」


 声の主は俺の兄だった。


 最後に会ったのが入学式の次の日なので、かなり久しぶりの再会だ。


「久しぶりだねクレイズ。今日も鍛錬かい?」


「いや、今日は休息日ですよ。最近は少し疲れているので」


 俺が答えると兄は意外そうな顔をして、少し考えてから口を開いた。


「じゃあ僕にちょっと付き合ってくれない?」


「何をするんです?」


「いや、久しぶりにクレイズと色々と話したいからさ。街で軽く紅茶でもって思ったんだけど……どうかな?」


 兄と茶をしばきに行くのか……まあ対して疲れなさそうだからいいか。


「いいですよ」


「お、本当? やったね。あ、でも彼女がずっと睨んでるけど大丈夫かい?」


 兄の目線を追うと、アルセリアが俺を静かに睨んでいた。


 いつもより不機嫌そうな雰囲気が漂っている。


「何だよアルセリア」


「私のことは無理って言うくせに、あの男には了承するのはどういうことよ」


「はぁ……」


 面倒だな。


 まあ確かに不公平だと感じるか。


「あー、ただ単にお前に付き合うと振り回されて疲れるからだ。でも兄様は振り回したりしない。それが理由だ」


 あまり口に出したくないが、兄は俺を自分勝手に振り回したりしない。


 しかしアルセリアは俺を常に振り回す。


 いつもなら振り回されても構わないが、今日は休息日だ。


 できるだけ負担がかからない方を選ぶのは、当然の帰結だった。


「なによそれ……意味が分からないわ。そんな男と話すより私に付いてきた方が良いに決まってる」


「なぜ?」


 俺が問うとアルセリアの目の色が変わる。


「何故も何もその男は私より下だからよ。あなたも知ってるでしょう? その男は魔闘技で私に手も足も出なかったのよ。ああ、何か気持ち悪いことを言ってたのも思い出したわ」


 息をつく間もなくアルセリアは兄を見下す言葉を放つ。


 確かに兄は魔闘技でアルセリアに負けた。


 僅差での敗北ではなく、圧倒的な実力差による敗北だった。


 しかしそれから兄は凄まじい努力を重ねたのだ。


 今までも努力……鍛錬はしていたが、更に鍛錬を積み重ねていた。


 まさに人が変わったかのようにという表現が正しいだろう。


 そして俺はその姿を知っている。


「あのな。兄様だって鍛錬して実力は伸びてるぞ。過去のことだけを言っても意味ないんじゃないか」


 いい加減面倒になって来た。


 なんでアルセリアがこんなに突っかかってくるのかが分からない。


 別に不機嫌になってもいいから、しつこく粘着して欲しくなかった。


「――――鍛錬? ふっ、どうでもいいわよそんなもの」


「は?」


 アルセリアは鼻で笑うと続けて口を開く。


「所詮は有象無象の雑魚でしょう? いくら鍛錬しても無駄よ。どう足掻いても私やあなたには届かない。しかも兄なんて碌なものじゃないわ。どうせその男、あなたの兄は自分より強いあなたを妬んでいるだけに決まってるわよ。だからそんな男より私に付き合って――――」


「黙れ」


 思わず俺はアルセリアの言葉を遮った。


「俺だけならまだしも……家族のことまでも言うのか」


「なによ。家族なんて――――」


「もう喋るな。不愉快だ」


 口を開けば次々と出てくる侮辱の言葉。


 俺に対しての言葉ならまだ構わないが……家族に対してのものは許せなかった。


 思い出すのは前世。


 前世で俺の家族は存在しないも同然だった。


 母は俺を産んですぐに死に、兄妹もおらず家族は飲んだくれの父だけ。


 その父もろくでなしであり、俺は毎日のように殴られていた。


 まあ結局、我慢できなくて家を飛び出したんだが……それはそれだ。


 つまり今世の家族が、俺にとって初めての家族と言ってもいい。


 ゆえに俺は家族のことを大切に思っていた。


 小恥ずかしいので一生、表に出すことは無いが。


「色々と言いたいことはあるが疲れるから一言だけ」


 俺は不愉快と疲労の溜息を吐きながら言葉を口にする。


「もう関わらないでくれ」


 俺の見立てが悪かった。


 いくらアルセリアが毒舌で性格が悪いとはいえ、流石に最低限の常識はあるだろうと思っていたのだ。


 だが、違った。


 想像を超えて性根がねじ曲がっていた。


 流石にもう付き合いきれない。


 天才であろうと、魔術が凄かろうと人間として付き合いきれない。


 しかもこういう奴は怒っても無駄だ。


 それに俺も面倒だ。


 アルセリアも面倒だろう。


 だからお互いの為に関わらない方が良い。


「兄様。行きましょう」


 俺はアルセリアに背を向けて歩く。


 背後で何か言っているが……俺は無視して歩き続けた。








―――――――――――――――


一応追記:プロット通りです

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