第6話 冒険者登録をしよう

 剣の柄を握り、手元を乱すことなく振る。


 ただそれだけの繰り返し。


 一見簡単そうに思えるが、真剣にやるとかなり難しいものだった。


 訓練場には剣が空気を切る音と、地面を足が擦る音だけが響く。


「ふぅ……」


 俺は長い集中が解けて、足と腕を止めた。


 いつの間にか額や首から汗が吹き出していて、地面に滴り落ちている。


 少し長くなった前髪を掻き上げて剣を鞘に収めた。


 ふと俺は訓練場に備え付けられている時計を見る。


「お、危な」


 時計の針は天辺を指している。


 もう少しでアルセリアと冒険者組合に行く時間に遅れるところだった。


 ただえさえ不機嫌に去って行ったのだ。


 仮に俺がずっと鍛錬をしていたら更に不機嫌になるだろう。


 いや、不機嫌になるどころか、出会い頭に魔術をぶっ放してくるかもしれない。


 それは勘弁してほしかったので、俺は足早に訓練場を立ち去った。




「さてとアルセリアは……」


 待ち合わせ場所に着いたので辺りを見渡す。


 しかし……どこにも見当たらない。


 ちょうど少し前に集合時間になったのだが、遅れてくる気配もない。


 しばらく待つか。


 迎えに行くか。


 しばしの間迷ったが、相手が普通の奴じゃなくてアルセリアなのを思い出して、俺は図書館へと向かった。


 


 馬鹿でかい学園の校舎の廊下を歩き、ようやく図書館が見えてきた。


 廊下には俺の足音だけが響いており、心なしか空気が澄んでいる。


 俺は足音を立てない歩き方に変えた。


 というのも、どうやら図書館は本を読む場所なので静かにしないといけないらしい。


 ついでに足音を立てないように歩くのは隠密の鍛錬にもなる。


 普段の生活の中にも鍛錬できることを見出す。


 意識してやれば今みたいに見つかるものだ。


「よっと」


 口の中で呟いて俺は扉を開ける。


 すると、屋敷の書庫と同じ……いや、それ以上の独特なにおいが勢いよく鼻に入ってきた。


 別に不快なにおいではない。


 とはいえ良いにおいでもない。


 なんと言うか……どこか落ち着くにおいだ。


 そんなことを思ってどんどん中に入っていくと、思わず俺は足を止めた。


 天井高く吹き抜けの空間……魔道具による暖かな灯り……並べられている数多な本棚……。


 まるで異世界に入ったような感覚だ。


 流石は学園の図書館といったところだろうか。


 これならば確かにアルセリアが入学の目的とするのもわかる。


 で、そのアルセリアはどこにいるんだ。


 見た感じ、図書館は吹き抜けで三階まである。


 一階部分は……居なさそうなので、俺は二階に上がることにした。


 三階まで続いている階段を横切り、俺は二階に足を踏み入れる。


 二階も本棚がずらりと並んでるのは変わらない。


 一階と違うのは更に薄暗いことだろうか。


 この中を探すのは大変だなと思いつつ、しらみ潰しで俺は探す。


 ……居ない。


 ならば三階かと思って俺は階段を上がった。


 三階は二階と違って少し広々としている。


 これならば探しやすそうだと思っていると……金髪が目に映った。


 髪の長さ、背格好、服装、どれも合致。


 間違いなくアルセリアだ。


 遠目からなので不確実だが……あいつは本を食い入るようにして読んでいる。


 凄まじい集中力だ。


 だから時間に気が付かなかったのだろう。


 ならば仕方がないと思って、俺はアルセリアに近寄る。


 そして俺は驚いた。


 なぜならアルセリアの目の前に数冊の本が積んであるからだ。


 また、アルセリアの本を捲る速度も速い。


 本当に読んでいるのか疑ってしまうほどだった。


「アルセリア」


 他に人がいないので、俺は名前を呼びながら肩を軽く叩く。


 途端にアルセリアの本を捲る手が止まり、金髪を靡かせながら振り向いた。


 アルセリアは少し眉を動かしてから、指をくるりと回す。


「……何の用かしら」


「図書館だから喋るのは————」


「魔術を使ったから平気よ」


 先ほど指をくるりと回した時に魔術を発動したのか。


 俺には全く分からなかった。


「ならいいが……俺はお前が来なかったから迎えにきただけだ」


「来なかったってまだ……」


 困惑の表情を浮かべながらアルセリアは時計に目を向ける。


「……あの時計、壊れていたりしないわよね」


「安心しろ。至って正常だ」


 俺が答えると、アルセリアは立ち上がって積んでいた本を手に持ち一言。


「……悪いわね」


「ほう?」


 本を片付けにいったアルセリアの背を見て俺は意外に思う。


 ぶっきらぼうとはいえ、あのアルセリアが謝ったのだ。


 今日は嵐が来るかもしれない。





「さあ行くわよ」


「なんで遅れたお前が仕切ってんだ」


「……うるさいわね」


 図書館を出て、更に学園の敷地からでた俺とアルセリアは、冒険者組合に向かっていた。


 よほど集合時間に遅れたことを気にしているのか、いつものような刺々しさは僅かに治まっている。


 やはり天才と自分で言うだけあって、しくじった自分が許せないのだろうか。


「アルセリアよ。気にすんな」


「は? なに? 変なモノでも食べたの?」


「お、いつも通りだ」


 これだよこれ。


 素直でしおらしいアルセリアはアルセリアではない。


 これで一安心だと思っていると、冒険者組合の建物が見えてきた。


「アルセリアは冒険者組合の建物に入ったことはあるか?」


「ないわ」


「じゃあ俺に着いてこいよー」


「仕方がないわね」


 俺は前世で冒険者だったので、建物の基本的な構造や手続きのやり方は熟知している。


 それにこの時間帯ならば他の冒険者は少ないはずなので、たいして時間はかからない。


 俺は冒険者組合の扉を開けて中に入る。


 前世でここの冒険者組合には来たことがなかったので、俺の知っている内装ではないが……まあ問題ない。


「冒険者登録をしたいのですが」


 俺は受付の職員に話しかける。


「かしこまりました。ではこちらに必要事項を記載してください。後ろの方は……」


「あ、連れです」


「では二枚お渡しします。記載し終えたら私に戻してください」


 俺は職員から二枚の紙を受け取り、傍の羽ペンを手に取とる。


 近場に椅子と机があるので、そこで記載するのが普通だ。


「ほら、お前も」


 俺はアルセリアに紙と羽ペンを渡す。


「……あなたは貴族なのに何で敬語を使ったのかしら?」


 紙に必要事項を記載しながらアルセリアは呟いた。


 なるほど。


 確かに俺は貴族であの職員は平民だ。


「それはな……余計ないざこざを起こさないためだ」


「それだけ?」


「あとは単純に、職員からの印象が良い方が何かがあった時に有利だ」


「それが本音ね」


「正解」


 基本的に職員はどんな冒険者でも、規則を守っていたら平等に接する。


 しかし職員も人間だ。


 仮に横柄な冒険者と丁寧な冒険者が争いになった場合、丁寧な冒険者の証言を信じる。


「まあつまりだ。世渡りうまくやろうぜってことだ」


「……そう」


 無駄な面倒ごとを作る理由はない。


 俺の目的はバケモノ相手に剣一本で挑むこと。


 それ以外で時間が潰れたらクソだ。


「でもクソな職員もいるから見極めが大事だ」


「そいつに魔術は————」


「使っちゃダメだ」


「ふんっ……」


 危ない危ない。


 未来のクソな職員が死ぬとこだった。

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