第5話 不和を無視して歩むは真な剣の道

 入学式の次の日、俺とアルセリアは学園に訪れていた。


 もちろん授業を受けるわけではなく、各々のやりたいことをするためだ。


 アルセリアは図書館、俺は訓練場。


 定期的に手合わせをするといっても、まずは各自で力を伸ばす必要がある。


 だからしばらくは別行動だった。


 ちなみに冒険者登録は昼を少し過ぎたくらいにするつもりだ。


 今は朝なので冒険者組合には、依頼を受ける冒険者で溢れているはず。


 その中で冒険者登録するのは時間がかかるので、冒険者が出払った昼過ぎに行くつもりだった。


「一応、学園の構造は覚えたが……それでも迷いそうだな」


 王国最大の学び舎という謳い文句に相応しいほどの広い敷地。


 ここに屋敷がいくつ入るのだろうか。


「その時は天井を吹き飛ばして外に出るわ」


「物騒すぎるだろ……」


「冗談よ」


 アルセリアは真顔で冗談を言ってくるので分かり難い。


 しかもアルセリアならやりそうなのが、更に本音だと思ってしまう原因だ。


 長く関わっていけば冗談かどうか判断できると思うが、まだ付き合いは浅い。


 疲れ切るのが先か、慣れるのが先か。


 まあどうでもいいかと考えていたら、後ろから足音が近づいてきた。


 この歩幅……この足音……。


 俺は半ば確信を持って振り向いた。


「——クレイズ!」


「……兄様」


 昔の幼さはすっかりなくなり、美少年から美青年へと変化した男。


 しかし俺のことが好きなのは変わらず、今にも抱きつこうとしている。


 ローウェン・レイノスティア。


 紛うことなき俺の兄であった。


「お久しぶりです。二年ぶりでしたっけ?」


「二年と二十三日だよ! うわぁ、ようやく会えたぁぁ……」


 兄は正面から俺の両肩に手を置いて、言葉と共に顔を俯かせる。


 肩に重さを感じつつも、俺は兄を上から下まで目に移した。


 身長差は殆どなくなり体格は少し俺の方が良い。


 二年前までは兄の方が大きかったが……俺もずいぶんと成長したようだ。


「大きくなったねぇ、本当に。あ、そうだ。聞いたよ。実戦試験だけで卒業するつもりなんだって?」


「確かにそうですけど……どこから聞いたんですか?」


「先生たちが大騒ぎしてたからね。嫌でも耳に入るさ」


 兄の言葉を聞いて俺は少し驚いた。


 なぜなら、たかが実戦試験だけで卒業するくらい、大したことではないと思っていたからだ。


 しかしどうやら違ったらしい。


「それに……クレイズの教室の先生に頼まれちゃってね。考えを変えさせてくれって」


「ってことは俺を説得するつもりで?」


 俺が怪訝な目を向けると、兄は軽く笑って口を開いた。


「ははっ、まさか。元から説得なんてするつもりはないよ」


 兄は俺の肩から手を退けて続ける。


「だって別にクレイズが悪いことしてるわけじゃないからね。あと……クレイズにはその方が良いと思うし」


「へぇ……」


「というか! 僕がクレイズの意思を妨げることをするなんて、あ、り、え、な、い!」


「は、はぁ……」


 急に鼻息荒くした兄に、俺は若干の困惑と多大の呆れを抱いた。


 抱きついて頭の匂いを嗅ぐことはしなくなったが、どこか変態的な性質は変わっていない。


 あの時はまだ子供だったらから微笑ましいで済んだが……すっかり成長した姿だと絵面がキツかった。


「でさ————」


「————ねぇ」


 兄が何かを話そうとした瞬間、横から声が割り込んできた。


「まだかしら。いつまでこのよく分からない男と話してるの」


 声の主であるアルセリアは、腕を組みながら俺を睨みつける。


 待たされて大層ご不満のようだ。


「あー、どうせ別行動だから俺を待たないで図書館に行ってて良いぞ?」


 一緒に行動するならば待つのも分かるが、昼過ぎまでは別行動だ。


 俺を待つ必要は一切ない。


 なんなら待たせるのも悪いので、早く行ってほしかった。


 しかし何かが不満なのか、アルセリアは更に目付きを鋭くさせる。


 どんな口撃が放たれるかと構えていたが……。


「……ふんっ」


 鼻を鳴らして不満を零すだけに留まり、アルセリアは立ち去って行った。


 徐々に小さくなる不機嫌そうな背中を見て俺は考える。


 アルセリアを蚊帳の外のまま兄と話していたのが不満だったのだろうか。


 あいにく俺は相手の思考を読める人間ではないため、良く分からなかった。


「あの子が天才令嬢かー……相変わらず怖いねぇ」


 兄は豆粒になったアルセリアを見て呟く。


「そういえば三年前の魔闘技で戦ってましたね。あいつは兄様のことを忘れているようですが」


「みたいだねぇ……」


 兄は上の空で返事をする。


 何か他のことを考えているようだった。


「何を考えているんですか?」


「うーん……いや、なんでもないよ」


「そうですか」


 確実に何か考えていて誤魔化したな。


 まあ特に興味もないので聞くことはしない。


「あ、そろそろ授業が始まるから行かなきゃ」


 廊下に備え付けられている時計は、授業が始まるまであと少しだということを示していた。


「じゃあ僕はこれで……の前に」


「……?」


 背を向けて小走りの体勢になった兄は顔だけ俺に向ける。


「時には衝突するのも大切だよ――――じゃ、また暇があったら話そう!」


 それだけ言い残して、兄は風のように走り去っていった。


「……どういうことだ?」


 兄が最後に言った、時には衝突するのも大切という言葉。


 俺には良く分からなかった。






「お、運がいい」


 誰もいない訓練場を前にして俺は呟く。


 アルセリアが不機嫌になったり、兄が謎の言葉を言い残したりと色々あったが、今は片隅に置いておこう。


 これから俺は鍛錬をするので、余計な思考は邪魔なだけだ。


「さてと……」


 まずは地面に胡坐をかいて目を瞑った。


 考えるのは自分の強さの向上。


 現状において、俺の成長は緩やかになってしまっている。


 おそらく限界はもうすぐそこだ。


 しかし俺はもっと強さが欲しい。


 いや……強さというか……あの剣士のようになりたい。


 ではどうするのか。


 今までの俺は正直に言って、剣を突き詰めていなかった。


 剣術、徒手格闘……全てが闘気を基にして成り立っていたに過ぎなかった。


 確かに闘気は強力だ。


 魔術が使えない俺にとって、魔術師や魔物に対抗できる唯一の武器でもある。


 だが、今までの俺の強さは闘気によるものだった。


 決して剣が主体ではなかった。


「ふぅー……」


 新鮮な空気で肺を満たして思考を鮮明にさせる。


 俺の中で、強くなるは剣の技術を磨くと同義。


 だから闘気を一旦、忘れなければならない。


 初心に戻ろう。


「…………」


 思い出せよ俺。


 前世で死ぬ時、あれほど後悔しただろう。


 折れた骨が、焼けた皮膚が、穴が開いた胴体が。


 全て後悔となって俺に刻みついているだろう。


 緩んでいた気を引き締めろ。


 アルセリアや兄は今は忘れろ。


 ただ剣を極めることに集中しろ。


「よし……」


 俺は立ち上がり、鞘から剣を抜く。


 両手で鞘を握り、上段に構える。


 まずは基本から。


 この日、俺は真な剣の道を歩き始めた。

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