第15話 空っぽの目

 会場を練り歩き、何度も同じ挨拶を繰り返していった。その度に、侮蔑と嘲笑を孕んだ目を向けられる。父が言っていた通り、俺が魔術を使えないということが広まっているからだろう。


 まあこれは別にどうでもいい。貴族なのに分かりやすいなと思うだけだ。逆にイラついている兄が爆発して、魔術を使うのではないかと心配だった。


 後はただ退屈だということだけ。腹の内に抱えているもの問わず、人との繋がりが重要だと言うことは理解している。


 しかし俺にはつまらないものだった。これならばまだ勉強をしていた方がましである。もちろん一番は剣を振りたいが。


「よし、一通りは終わったよ」


 グラスを傾けて喉を潤しながら父は言う。数えていないが少なくとも十以上の他貴族に挨拶をした。


「父様……あいつらクレイズのこと見下してましたよっ……!」


 俺の隣で兄が怒りの声を零す。ここまで怒った兄を見るのは初めてだ。しかも自分のことではなく、弟である俺のことで怒っている。


「兄様、俺は何も気にしていないので大丈夫ですよ。というか父様が王都に来るときに話していたじゃないですか」


 あの時、兄も聞いていて気にしていないどころかニヤニヤと笑っていた。だから何で怒っているのか俺には分からなかった。


「まあそれはそうなんだけどね……やっぱり実際にクレイズが馬鹿にされているのを見ると込み上げてくるんだよ……」


「ええ、分かるわ」


「母様もですか……」


 母も兄と同じ意見らしい。なんとも感情的で優しい人なのだろうか。裕福だと心の余裕が生まれて優しくなると聞くが……貴族にも性格が悪い奴がいるのでそうではない気がする。このように考えるとただ単に二人の性格が良いだけなのかもしれない。


「二人の気持ちはわかるよ。僕も不愉快だったしね。だけどさ……二年後、クレイズは魔闘技に出場するんだよ。想像してごらん。見下していた奴らはさぞかしいい顔をするだろうね」


 父が笑みを浮かべる。続いて兄も母も笑みを浮かべた。まったく……優しいだけではなくて棘もある家族だな。


「さあ次は侯爵家に挨拶に行こう。そろそろ王家の方々が登場する頃だからね」


 ある程度の関係性のある子爵や伯爵への挨拶は終わったので、次は王国に四家しかない侯爵へ挨拶に向かう。すると、一人の男が近づいてきた。


 おそらく侯爵だろう。侯爵家はうちのレイノスティア、天才令嬢のオリオンドール、残りのギャルヘイム、ノルステッドの四つ。


 向かってきている侯爵は少なくともオリオンドールではない。なぜなら天才令嬢がいないからだ。


「ディミトリオン殿、久しいな」


「お久しぶりです、ヴァレン殿」


 ヴァレン……確かギャルヘイム侯爵家の当主だったな。ギャルヘイム侯爵家は隣国との国境を守っているので、常駐している魔術師の数が多かった記憶がある。


 父にヴァレンと呼んだギャルヘイム侯爵自身も優秀な魔術師なはず。それに体格が良いので物理攻撃も強そうだ。


 また、父も同じだが……侯爵家の当主となると纏っている雰囲気が違う。俺が前世で見たことのない種類の雰囲気を纏っていた。


「領地の方はご子息に任せてきたのですか?」


「ああ、もうあいつも十八だからな。魔術に熱を注ぐばかりではなくて、領地のことにも目を向けてもらわないといかん」


「隣国との国境ですからね」


 なんだか親し気だな。ソルステイン伯爵の時のように、ギャルヘイム侯爵も信用できる貴族なのだろうか。年齢はかなり離れているはずだが……侯爵家は四つしかないので仲が良いのかもしれない。


「息子たちに挨拶をさせてもよろしいですか?」


「かまわんよ」


 今日で何回目だろうか。同じ挨拶をしすぎて脳が故障しそうだが、気持ちを切り替えて兄と共に挨拶を口にする。


「お初目にかかります。レイノスティア侯爵家が長男、ローウェン・レイノスティアです」


「お初目にかかります。レイノスティア侯爵家が次男、クレイズ・レイノスティアです」


「ほう……」


 頭上から声が聞こえたと思ったら、ギャルヘイム侯爵がしゃがんで俺と目を合わせてきた。少し驚きながらも、俺は逸らさずにギャルヘイム侯爵の目を見続ける。


「ふっ、良い目だ」 


 一言だけ言って立ち上がった。


「二人とも年齢に見合わない良い挨拶だな。ディミトリオン殿も誇らしいのではないか?」


「ええ、私にはもったいない息子たちですよ」


 その後も二人の会話は続いた。今までは一言二言で立ち去っていたが、信用できる相手だからか会話が弾んでいる。


「では私たちはこれで――」


「失礼」


 誰かが割り込んできた。俺は失礼にならないように声の主を少しだけ視界に映す。


 ……また侯爵家だな。しかも後方に天才令嬢がいるのでオリオンドールだ。遠目から見た時と同じようにつまらなそうな……いや、人当たりが良くなった。明らかに仮面を被ったな。


「ああ、割り込んですまない。ただ同時に挨拶をした方が良いだろうと思って伺った次第で、ね」


「……ええ、構いませんよ」


 このオリオンドール侯爵……オークに見えるな。体形や顔もそうなのだが、なにより全身から滲みだしている雰囲気がどす黒い。悪意などの負の感情が煮詰まっているようだ。


 まあ貴族らしいと言えば貴族らしい。しかし、父やギャルヘイム侯爵と比べるといささか腐臭がする。こいつは……裏の世界の奴ら以下の生き物だ。


「しかし……ディミトリオン殿は息子を連れてきていたのか。私にも紹介してくれないかね?」


 父が兄と俺に目配せをする。挨拶をしろということなのだろう。俺は目の前の豚より天才令嬢が気になるのだが……仕方がない。


 兄と俺は礼儀作法にのっとった挨拶をした。


「おお! 流石はディミトリオン殿び息子ですなぁ……将来は素晴らしい魔術師になる……ん? あぁそういえば、次男の君は魔術が使えないのだったか」


 豚はわざとらしく言う。まったく……侯爵家の当主だというのに程度が低いな。前世で殺した野盗みたいだぞ。


「すまないすまない。では私の娘も紹介させてもらえるかな、アルセリア」


 お、来た来た。素早く張りつけた仮面を被っているが……お前はどのような人間なんだ?


「お初目にかかります。オリオンドール侯爵家が三女、アルセリア・オリオンドールです」


 言い終わって頭を上げる。そして偶然にも俺と目が合った。


 ……なるほどな。


「ご存じだと思いますがアルセリアは魔術の――――」


 仮面を被っているので一見、人当たりの良い令嬢だ。とはいえ、あくまでも仮面を被っているのは表情だけ。目は口程に物を言うという古来からの言葉の通り、目はその人物の深層を映す。


 驚いた。俺は驚いた。こんなにも空っぽな目をしている人間がいるのかと。


 圧倒的な魔術の才能を持っているのだ。なぜ空っぽな目をしていられる。俺からしてみれば信じられない事だった。


 もっと天才令嬢のことを知りたい。そう思ったが、会場が喧騒に包まれたので俺は意識を現実に戻して、貴族たちの目線の先に目を向けた。


「王族か」


 小さく俺は呟く。


 この生誕祭の主役、国王が姿を現した。

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