第14話 態度の違い

 煌びやかな会場にて、遂に国王の生誕祭が開催された。まだ王族は登場しておらず、ここにいるのは貴族だけだ。


 招待されているのは、エルドリア王国にある四つ全ての侯爵家と八つの伯爵家、あとは貢献度の高い他の貴族家である。


 エルドリア王国には数多もの貴族家があり、俺が知っているのは侯爵家といくつかの伯爵家だけだ。特に興味もないので覚えているわけがなかった。


「父様、僕たちは何をするんですか?」


「基本的には挨拶して回るだけかな」


 事前に父が言っていたが、どうやら位が下の貴族が上の貴族に話しかけるのは駄目なことらしい。これは明文化されていない暗黙の了解というやつだ。


 だから、この場で最も位が高い侯爵家の一つであるうちが積極的に挨拶して回らないと、円滑に場が進まないのである。


 周りを見渡すと既に他の侯爵家が動いていた。侯爵家同士が挨拶するのは最後で、まずは伯爵家ということなのだろう。


「お久しぶりですね、ソルステイン伯爵殿」


「――お久しぶりでございます、レイノスティア侯爵様」


 ソルステイン伯爵が仰々しく挨拶をする。久しぶりと会話していることから、父とソルステイン伯爵は面識があるということが分かった。毎年開催される生誕祭で顔を合わせるのだろうか。


 ソルステイン伯爵は父と同じくらいの年齢に見える。また、後ろには一人の女性と少年と少女が控えていた。おそらくは彼の家族だ。


「変わりはないですか?」


「はい。去年と変わらずに平穏そのものです」


「それは良かったです。伯爵殿の領地の近くで三級の魔物が現れたと聞きましたから」


「ああ……あの時は本当に焦りました。ですが幸運なことに森に引き返したみたいでして。今は警戒を続けています」


 三級の魔物が現れたのか。俺はよく無事だったなと驚いた。なぜなら基本的に魔物は制御不可能な生物だからだ。


 しかも三級の魔物なんて街が破壊されるほどの脅威がある。出没したら三級以上の冒険者や、宮廷魔術師が対処しないといけない相手だ。


 そんな魔物が現れても無事だったのだ。森に引き返した理由は分からないが、幸運だったのは確かだろう。


「なるほど……しばらくは警戒しないといけませんね。ところで……今回はご子息とご息女を連れてきたのですね」


「息子は十一歳、娘は九歳になったのでそろそろ頃合いだろうと……挨拶させてもよろしいですか?」


「ええ、どうぞ」


 ソルステイン伯爵の背後に控えていた彼の息子と娘が前に出てきた。二人とも大分体が固まっている。緊張しているのだ。まあ初めて公の場に出るならば仕方ないことだと俺は思った。


「――お初目にかかります。ソルステイン伯爵家が長男、アステル・ソルステインです」


「……お、お初目にかかります。ソルステイン伯爵家が長女、セリア・ソルステインです……!」


 流石は令息令嬢というところか。僅かに声が震えていたりはするが、年齢を鑑みれば十分以上の挨拶である。確かに公の場に出ても大丈夫だ。


 少年――アステルは父親譲りの茶髪に優し気な顔立ち……雰囲気が何となく父親に似ている。対して少女のセリアは、白金の髪で全体的に母親に似ている。なんとも分かりやすい一家だな。


「ありがとう――伯爵殿、よく出来ていますね」


「そうおっしゃっていただけて嬉しく思います。初めてが侯爵様で良かったですよ」


 父も相手の伯爵もだが……結構仲がいいのか? 俺の想像していた貴族は常に互いの腹を探り合っている印象だ。しかし目の前の光景は違う。和気あいあい……とまではいかないが良好な関係に見えた。


 ふと俺は目線をソルステイン伯爵の背後に向ける。するとセリアと偶然にも目が合った。が、すぐに逸らされてしまった。引っ込み思案なのだろうか。


「――――私の息子たちにも挨拶させてください」


 漠然と考えていたら父の声が耳に入った。どうやら兄と俺も挨拶をしなければいけないらしい。まあ当たり前か。俺は……兄の次で良いな。


 父が目線を兄と俺に向ける。兄が父の前に出て俺も続いた。


「お初目にかかります。レイノスティア侯爵家が長男、ローウェン・レイノスティアです」


 習った礼儀作法で俺も挨拶をする。


「お初目にかかります。レイノスティア侯爵家が次男、クレイズ・レイノスティアです」


 相手の時も兄も俺も同じ形の挨拶である。これでいいのかと思うが、別に問題ないらしい。昔はもっと色々あったのだが、今では簡潔なこの形が主流とのことだ。


 大人であればこの挨拶から会話を広げていく。だが、俺や兄はまだ子供なので、余計なことをしないで静かにしていればいいと父が言っていた。まあこれも当たり前のことだった。


「ありがとうございます。年齢に見合わない挨拶……流石は侯爵様のご子息ですね」


 随分と評価してくれたようだ。ただのお世辞……ではない。ソルステイン伯爵の目を一瞬確認したが、嘘を言っているようには見えなかった。とはいえ、相手は歴戦の貴族なので俺の目を欺いている可能性はある。


「ははっ、ありがとうございます」


 その後、父とソルステイン伯爵は幾らか会話をして別れた。俺たちは次の貴族へ足を向ける。少し時間があるから聞いてみるか。と思ったら父が口を開いた。


「ソルステイン伯爵は信用していいよ。僕とも個人的な関わりがあるからね。だけど次からはちょっと違うから気を付けて」


 次から違うということは仲が悪い……とまではいかないが、関係が薄い貴族が相手なのだろう。つまり雰囲気が変わってくるわけだ。改めて俺は気を引き締めた。


 とはいえ、あくまでここは生誕祭の場だ。煌びやかな会場に伴って、様々な料理が用意されている。もちろん立食式だ。


 休憩もかねて少し腹に入れる。周りの貴族たちも、料理をつまみながら談笑というなの腹の探り合いをしていた。


 ただ、ここで忘れてはいけないのは、料理に集中してはいけないということだ。このような場は会話が主題であるという暗黙の了解がある。夕食のように食べるのは礼儀作法的にあり得ないとされていた。


「お久しぶりです――――」


 再び父と他貴族の会話が始まる。母と兄と俺は背後で控えているだけだ。それは相手も同じだった。


 また、会話の組み立て方も先程と変わらない。異なるのは父と相手の間に渦巻く空気だ。ソルステイン伯爵の時のような穏やかさはなく、剣の切先を互いに突き付けている様だった。


 相手の息子が挨拶をして、兄と俺も挨拶をする。


「お初目にかかります。レイノスティア侯爵家が次男、クレイズ・レイノスティアです」


 兄に続いて俺が挨拶をする。


 これも変わらない…………いや、違う。


 当主、夫人……子供。全員だ。全員が俺に同じ目を向けていた。当主と夫人は一瞬、子供は数秒。


 侮蔑、嘲笑……あとは好奇。おおよそ好意的ではない感情を浮かべた目で、俺をはっきりと映した。


 なるほど、これのことか。父が事前に言っていたことはこれだったのか。隣で兄が拳を握る。母も心なしか不愉快そうだ。二人とも相手の目に映ったのを感じ取ったのだろう。


 まあ、俺にはどうでもいいことだが。


 怒ることでもない。悔しいことでもない。俺にとって奴らの陰気な視線などそよ風にも満たない。


 それよりも俺は退屈そうに無表情でいる天才令嬢の方が気になった。

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