第13話 生誕祭と渦巻くもの

 結局、兄と俺が屋敷を抜け出した事は気づかれなかった。が、父が何やら意味ありげに見てきたので、何だか全て知られていたような気もする。


 まあいい。何も言ってこないなら知られていないと同義だ。それに噂の天才令嬢を一目見ることが出来たので、兄に連れだされた成果もあった。直近では無理だが、二年後の魔闘技で噂の実力が見れることだろう。


 で、遂に国王の生誕祭の当日を迎えた。俺は今、堅苦しい礼服に着替えている最中である。この礼服は体の大きさに揃えて作られているので凄く動きづらい。過度に動いたら関節部分の服が裂けそうだ。


「クレイズ様ー、お似合いですよー」


「フリル……脱いじゃ駄目か?」


「えぇっ、駄目ですよー。これから生誕祭なんですからー」


「はぁ……」


 今までは比較的に動きやすい服を着ていたので、余計に窮屈に感じる。これと似たような感覚を覚えているのだが……あぁ、鎧か。


 鎧や鎖帷子の下に着る綿の入った下着と同じ感覚なのだ。あれも体との隙間ができないように、可能な限り密着させる。前世では頻繁に着ていたが、転生して八年も経ったので忘れてしまっていた。


 ついでにもう一つ問題がある。


「フリル。剣は――」


「だめに決まってるじゃないですかー」


「チッ」


 俺にとって剣というのは特別なものである。また、いつ戦闘が起きてもいいように常に持っておきたい。が、それは出来ないようだった。


 まあ別に剣が無くても戦えはする。前世でも今世でも徒手格闘は剣と並行して鍛えていた。おまけに闘気もあるので成す術が無くなるわけではない。


 まあ……流石に生誕祭で何か起こることはないだろう。多分。おそらく。


「おぉっ! いつもだけど今日は更に格好いいね! 流石は僕のクレイズ!」


 着替えを済ませた兄が寄って来た。兄も俺と同じように礼服を着て髪をしっかり整えている。顔の良さも相まって、さぞかし令嬢から注目されることだろう。中身が知られたら終わりだが。


 因みに俺は額を出すような髪型をしている。対して兄は前髪を下ろしている。これはフリルとアルマによるものだ。兄はもちろん、俺も髪型なんて良く分からない。兄も俺も二人に任せていたらこうなったのだ。


 剣を持っていけない事を残念に思いながら、支度が終わったので馬鹿でかい玄関に向かう。螺旋階段を下ると、既に両親が待っていた。


「まぁ! ローウェンもクレイズも素敵だわ!」


「へへっ、ありがとうございます!」


「ありがとうございます」


 母が口元に手を当てて兄と俺を褒める。ただのお世辞……ではなく、これは本心からの言葉だ。一見、気が強くて常に冷静な人のようだが、実のところは感情が豊かな人である。八年も共に過ごしているので俺にも分かる事だった。


「うん。いいね。じゃあ行こうか」


 先導する父に続いて俺も屋敷を出る。市街区域や商業区域とは離れているので、閑静な一帯となっていた。


 生誕祭が開催されるのはもちろん王族区域だ。その中でも、中心に鎮座している王城の一角で行われることになっている。


 現在は夕方……いや、もう少ししたら日が沈むな。あと数刻で夜になるだろう。屋敷に帰って来れるのはいつ頃になるのだろうか。


「そういえば……生誕祭ってどのくらいで終わるのですか?」


 漠然と考えていたら、兄が代わりに俺の疑問を尋ねた。全くの偶然である。兄弟ゆえに同じことを疑問に思っていたのかもしれない。


 ……何だか微妙な気分だ。


「うーん……基本的にはそんな長時間はやらないよ。二時間ぐらいかな」


「へぇ……でも少し長いですね! あ、実際に何をするんですか?」


「まずは他貴族との挨拶と交流。で、ある程度時間が経ったら陛下含めた王族の方々が出てくるっていう感じだね」


「なるほど!」


 生誕祭は毎年開催されている。しかし俺と兄は今まで参加したことがなかった。これは面倒で行かなかったという訳ではなく、まだ俺たちが幼かったという理由だ。


 基本的に生誕祭というのは招待されたら参加しなければいけない。だが、あくまでも家として参加すれば良いのだった。つまり去年までは父だけ、もしくは両親だけが参加していたのだ。


 以上のような仕組みなので、仮に今年も俺と兄が行かなくも問題はない。ではなぜ参加するのか。それは他貴族に顔を覚えてもらうためだった。


 人との繋がりや縁というのは社会で生きるには重要だ。特に貴族社会となれば、繋がりや縁によって人生が左右されることもある。


 この事を父は理解しているから俺と兄を参加させたのだ。おそらく他貴族も同じようなものだろう。まあ、全て俺の妄想ではあるが。的を得ているかは知らない。


 ……というかこの馬車めちゃめちゃ乗り心地が良いな。乗っていて尻が痛くなるような振動もほぼないし、揺れも少ない。やはり貴族の馬車だからなのだろうか。


 いや……道が平だからか? 貴族街区域なだけあって、王都へ来る時に使った街路より遥かに道が整っている気がする。


 前世で乗ったことがある馬車は総じてガタガタだったからな……。この馬車に乗ってしまうと、前世で乗った馬車は乗り物だとは思えない。


 流石は貴族、久しぶりに俺を転生させた存在に感謝しておこう。





「おぉー! 凄い!」


「すっげ……」


 俺は王城を見上げている。列強国が一つ、エルドリア王国の王城を、だ。前世で様々な魔物と死闘を繰り返し、格上の魔物と相対もしていたが……目の前の王城は別の圧を放っていた。


 なるほど。これが威厳というものか。城壁も王都そのものも王国の強さを象徴するには十分だが……最奥にあるのはこれだったか。


「さて……向かおうか」


 生誕祭を催す会場は王城の一角にある。茜色に染まっている空を横目で見ながら、先へ進む父に付いて行った。


 王城に仕えている魔術師や他貴族の姿もちらほら見える。俺は魔力を持たないので実力を推し量ることは出来ない。が、前世の経験によって何となくは分かった。


 総じて強い。


 この一言で十分だろう。


 纏う空気や態度、姿勢、体の機微。弱弱しい者など一人もおらず、皆が一定以上の実力を持っていることが理解できた。


 ただ、まあ……驚くほどではない。気後れするほどでもない。言うならば、ここら一帯にいる人間だと父が一番の強者である。


 また、俺の今の実力でも、やり方によっては対抗できると感じていた。なにせ三年間ずっと鍛錬し続けていたのだ。


 これは決して根拠のない自信ではない。自分を俯瞰して見た時の正しい自己評価であり、前世で死線を潜り抜けてきたゆえの自己認識だった。


「……」


 しばらく歩き、建物の中に入って煌びやかな廊下を進む。うちの屋敷も煌びやかだが、この廊下はそれ以上だな。


 と、思っていると父が振り返った。


「ローウェン、クレイズ。一つ言っておくけど……吞まれてはいけないよ」


 それだけを俺と兄に言って再び歩き始める。何のことだろうと俺が思っていると、大きな扉が見えてきた。左右には使用人らしき人が立っている。


 二人の使用人は父の姿を確認すると、重厚そうな扉を押し開いた。


「あ……」


「……っ」


 扉の先に足を踏み入れた瞬間、兄は小さく声を漏らして俺は喉を鳴らした。だが、すぐさま何事もなかったかのように振る舞う。


「クレイズ……大丈夫かい?」


「ええ。兄様こそ平気ですか?」


「もちろん」


 殺気でもない。悪意や害意でもない。俺が知らない……えも言えぬ空気が会場に渦巻いていた。


 近しい言葉で言い表せば、権力者特有の空気だろうか。それとも、貴族という生き物が醸し出す特有な空気だろうか。


 どちらにせよ未知なる世界で間違いない。


「面白い……」


 俺は小さく呟いて口角を上げた。

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