第12話 王都の商業区域
王都というのは国家の中心であり、侵略を受けた時における最後の防波堤のようなものだ。ゆえに、王都は四つの区域で分かれており、それぞれの区域に城壁が建っている。
外から順に商業区域、市街区域、貴族街区域、王族区域。それに伴って城壁も四つあり、外から順に白壁、灰壁、赤壁、黒壁となっている。
城壁を潜るには城門に立っている兵士に身分が分かるものを提示する必要があり、たとえ貴族であっても同様だ。
仮に、魔術師であれば城壁を超えて侵入することも可能ではある。しかし、城壁の上から王都上空全域を半球状に囲う結界が張ってあるため、侵入することは不可能に近い。また、城壁の上を王城に仕えている魔術師が巡回しているので、更に不可能に近かった。
「兄様……帰りませんか?」
「えぇっ!? まだ来たばっかりだから帰らないよ!」
兄に手を引かれながら俺は溜息をつく。俺と兄は今、王都の屋敷に荷物を置いた後、商業区域に足を運んでいた。
もちろん俺は興味なかったので行くつもりはなかった。だが、兄が俺を連れ出したのだ。半ば無理やりに。というか両親には置手紙でしかこの事を伝えていない。
「帰ったら父様と母様に怒られますよ」
「大丈夫大丈夫! 二人は用事があると言っていたでしょ? それまでに帰れば何も問題ないさ」
「はぁ……」
兄は基本的に真面目だが、時には羽目を外すこともある。別に後先考えられない馬鹿ではないはずなのに……何故だろうか。ただ、いつも碌なことにならないのは確かだった。
まあ兄は魔術が得意なのである程度は身を守ることが出来る。俺も三年間による鍛錬でかなり強くなっている。しかもここは王都だ。危険なんてほとんどない。だから俺の心配は杞憂なのだろう。
「さあクレイズ! 屋台で何か買おう!」
「え、お金は……」
「ふふんっ、もちろん持ってるよ」
兄は得意気に懐から袋を取り出す。袋は膨らんでおり、兄が小さく振るとジャラジャラと硬貨同士がぶつかる音が聞こえた。
「僕の貯金の一部さ。これなら文句はないだろう?」
兄と俺は、領地の隣の森で定期的に魔物を殺して素材を売っている。両親からの小遣いもあるにはあるのだが、大して貰っていない。兄の貯金も魔物討伐によるものが大半だった。だから俺が何か言う筋合いはない。はぁ‥…仕方がないな。
「まぁ……そうですね」
「じゃあ行こう!」
兄は再び俺の手を引いて人の流れに飛び込んだ。俺も兄も体が小さいので、人のながらの中を歩くのは大変だが、間をすり抜けて流れを脱した。
やはり王都なだけあって行き交う人々はどこか品が良い。前世の俺などの冒険者が王都に訪れたら絶対に浮くだろう。
歩いていると次第に良い香りが漂ってきた。大通りの両側には幾つもの出店があり、様々な食い物を売っている。
屋敷で食う品の良い料理とは違い、悪く言えば雑なものだ。俺が前世で冒険者として活動していた時に良く食べていたものに似ている。
「はいクレイズの分」
「ありがとうございます」
兄が買ってきたのは……グランドロンデルだ。パンで味のついた肉と野菜を挟んだ単純な食べ物で、手軽に食べられるので世界中で広まっている。俺も前世でよく食べた食い物だ。
もちろん地域によってパンに何を挟むかという違いはある。だが、どれもこれも美味いという印象だった。
味を想像しながらかぶりつく。味は想像通り……いや、想像以上に美味い。俺が前世で食べたどれよりも美味い。やはり王都の出店なだけあって、高品質な食材を使っているのだろうか。
「うん、美味しいね」
兄も満足そうにしている。前世の記憶がある俺と違って純粋な貴族である兄でも美味しいと言うのだ。俺の味覚はおかしくないと言うことが証明された。
数分後、最後の一口を飲み込んだ。
「結構お腹いっぱいになったから他はまた今度食べよう」
兄は腹をさすりながら残念そうに呟く。俺はもちろん兄もまだ十歳なので子供の胃袋だ。グランドロンデル一つで十分に腹が満たされたのだった。
人の流れを掻い潜り来た道を戻る。兄の魔術によって姿を隠して門を通り、貴族街区域まで戻って来た。
あとは門番に気づかれないようにコッソリと屋敷に入るだけだが……馬車の音が近づいてきて俺と兄は隠れる。
「あれは……オリオンドール侯爵家の馬車だ……」
「……何で分かるんですか?」
「ほら、馬車に家紋がついてるでしょ? あの家紋はオリオンドール侯爵家のものなんだ」
「なるほど……」
貴族に家紋があることは知っていたが、オリオンドール侯爵家のものだとは知らなかったな。オリオンドール侯爵家自体は俺の家と同じ侯爵家で、これまた同じく国境を守っている重要な家だ。
「生誕祭に参加するために来たんですかね」
「多分そうだと思うよ。後ろにも続いてるし」
馬車は合計で三台。真ん中の馬車が一番豪華なので、オリオンドール侯爵家の皆はそこに乗っているのだろう。
「あ、誰かが顔を出したよ」
誰か……ふむ、俺と同じくらいの女か。姿には一切見覚えはないが、オリオンドール侯爵家で俺と同じ年齢の女は噂で聞いたことがある。
「あの子が噂の令嬢だね」
「天才っていう?」
「そう」
名前は……忘れたが、魔術の天才だと専ら噂だった。俺の兄も十分に天才だと思うが、どうやら比じゃないらしい。
曰く、産まれた瞬間に体を魔力で覆っていただの、五歳で一般的な魔術師の実力を超えただの、とにかく凄まじい実力の持ち主だとのことだ。
俺は闘気で視力を強化して顔を見たが、文句なし……いや、人の顔にあまり興味がない俺でも驚くほどに顔が整っている。まるで、お伽話に出てくる傾国の美女のようだった。
「珍しいね」
「はい?」
「クレイズが人に興味を示すなんて初めてじゃない?」
兄が珍しいものを見る目で俺に言った。どうやら兄の目には、俺があの令嬢に興味を示していたように映っていたようだ。
まあ間違いではない。
「魔術の天才なんでしょう? どのくらい強いのか気になっただけです」
俺は器量や顔の造形にはあまり興味がない。気にするのは強いのか否かだけ。ゆえに俺が令嬢に興味を持ったのは、天才と王国で噂されるほどの実力についてだった。
「ふふっ、やっぱりね。クレイズならそう言うと思ったよ」
「……何で悔しそうな顔をしてるんですか?」
爽やかな物言いだが、兄は悔しさで顔を歪ませている。なんというか……気味が悪いほどだ。
「何でかって? そりゃぁ……どこぞの令嬢如きが僕のクレイズの興味を引くなんて許せないからだよぉ……」
兄は去っていった馬車を睨みつけてギリギリと歯軋りをする。悔しさ全開の顔なので、血を流すのではないかと思ってしまうほどだった。
「兄様」
「クレイズ……!」
「さっさと帰りましょう」
「ぐっ……」
慰めの言葉でも期待していたのだろう。だが、俺は優しくないし、変態にかける言葉などなかった。
「天才、か……」
未だにブツブツ呟く兄を無視して俺は考える。奴は強いのか、強いとしたらどのくらいの強さなのか。……俺の剣は通用するのか。
迫りくる未来に、俺は口角を上げた。
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