第二章 天才令嬢と闇夜の魔術師

第11話 王都へ

 転生してから八年が経過した。


 相も変わらず鍛錬の毎日で、年齢相応の生活はまるでしていない。しかし俺は充実した日々を送っていた。


 なぜなら前世では持ち得なかった様々な才能を今世では持っているからだ。努力が無駄と感じることなく、鍛錬をすればするほど成長する。


 一見、当り前のように思えるが、そう単純なものじゃない。前世の俺みたいに、世の中にはいくら努力しても報われない人間がごまんといる。ゆえに、今世の俺の体は素晴らしいものだった。


「兄様、キモすぎます」


「く……クレイズ……!」


 そんな俺は今、馬車の中で兄からの抱擁を拒んでいる。自分で言いたくないのだが、相変わらず兄は俺のことが大好きだった。ちなみに、別の馬車に乗っているフリルも変わっていない。


 正面では両親が俺と兄を見て微笑んでいる。いや、微笑むのではなく、この変態な兄を止めてほしいのだが……。面倒に思って溜息をして、これから向かう場所を思い出して更に溜息をついた。


 先ほど言った通り、現在レイノスティア侯爵家総出で馬車に乗っている。向かっている場所は、エルドリア王国の中心である王都だ。


 基本的にレイノスティア侯爵家のような上級貴族であっても、頻繁に王都へ行くことは無い。王都は名前の通り国の都であり、王家の直轄領だからだ。


 もちろん領地を持たない貴族である宮廷貴族は基本的に王都に住んでいる。しかし、領地を持つ貴族は王都に用はない。表向きは王族が一番上でその下に貴族が付くという形だが、実情は結構違った。


 王家は貴族に領地を与えて守る代わりに、税を貰って忠誠を誓わせる。対して貴族は、領地を認めて守ってくれるなら税を払って忠誠を誓う。


 王家と貴族の関係性はこのようなものだ。つまり、互いの利害関係が一致している場合は平穏が続く。だが、どちらかが反したら関係が崩れる。


 よくあるのが、王家が貴族に対して重税を課して貴族が反発。そして王家……つまり、その時の国王が廃位されるというものだ。


 乱世の頃はよくあったらしいが、流石に学習したのが最近はない。国家間の関係性もまずまずで、国内も安定している。まあ裏でどうなっているかは知らないが。


 という訳で王家と貴族の関係は冷めているのだ。付かず離れず、王家は王国の存続と発展の為に、貴族は領地の存続と発展の為に、全てはこの二つ。


 しかし、貴族というものは王家に忠誠を誓っている、というのが基本的な認識である。ゆえに、王家を……ひいては国王を敬う必要があった。


 話が紆余曲折したが、俺含めたレイノスティア侯爵家が王都へ向かう目的は、七日後に開かれる国王の生誕祭に出席するためだ。


 といっても、アルカナ・エクリプス神秘と奇跡のように王都全体で行われるものではない。限られた貴族……具体的には位の高い貴族しか出席できない、いわゆる夜会のようなものだった。


 もちろん貴族らは国王を祝うという純粋な気持ちで来ている訳がない。まあ多少なりともあるかもしれないが、一番の目的は利益になるための何かを得ることだ。


 笑顔と誠実の仮面を張りつけ、自分の利益になる何かを探し、他の貴族と駆け引きをしていく。それは商売かもしれないし、密かな陰謀かもしれないし、息子や娘の婚約者探しかもしれない。


 前世では一介の冒険者だった俺には知り得ない世界である。正直なところ、面倒極まりなかった。しかし俺もレイノスティア侯爵家の一員だ。正当な理由もなく欠席するわけにはいかなかった。


「あ、そうだ」


 父の声で俺は意識を現実に戻す。


「二人に公の場で注意することを教えるね」


 注意することか。確かに兄も俺もずっと領地にいて、公の場に出たことがない。礼儀作法は一通り習得したが、他にも些細な注意点があるのだろう。


「まずは二人……いや、ローウェンについてなんだけど、令嬢を紹介された時は安易に褒めないこと。お世辞だとしても逆手にとって婚約者にさせられるからね」


「わかりました!」


 兄は長男で侯爵家次期当主だ。おまけに顔も良くて魔術も勉強もできる。変態な部分を除けば、これ以上ない優良物件だろう。


 にしても貴族の世界というのは恐ろしいな。常に気を張っていないと、いつの間にか身動きが出来ない状態になってそうだ。


「それで……クレイズなんだけど、クレイズに他の貴族は寄ってこないと思う。形だけの挨拶はあるかもしれないけどね」


「そうなんですか?」


 何とも嬉しいことだ。気を緩めるつもりは全くないが、兄に比べれば楽が出来そうだな。しかし……何でだろうか。俺が次男だからか?


「まだ確認してないから分からないけど……多分、クレイズが魔術を使えないということが貴族の中で広まっている」


「あぁ、そういう……」


「この国では……というか世界中で魔術が重要視されているからね。だから魔術の技能というのは貴族の中では最も重要なものなんだ」


 つまりは、あれである。


「魔術が使えない俺に価値はない……ということですか?」


「うん。少なくとも他の貴族はそう思ってるはずだね。まあ僕たちは日頃のクレイズを見てるから全くそう思わないけど」


 ニヤリと父は笑う。母も微笑み、兄もニヤニヤ笑っている。三年前、両親が俺に魔術を使えないと告白した時のような悲壮感はない。父も母も兄も、俺が生き生きと剣を振るっていることを知っているからだ。


 かくいう俺も別に気にしていない。いくら他の貴族から蔑んだ目で見られようが、嘲笑されようがどうでもよかった。


 俺には確固たる道がある。邪魔するなら跳ね飛ばすつもりだ。しかし、外で何か言っているだけなら無視すればいいだけだった。


「まあ、一応気を付けはしますよ」


「うん。その方が良いね」


 油断大敵という古来からの言葉があるように、敵は油断した時に攻撃してくる。これは全てにおいて共通するものだ。


 とはいえ、戦闘において気を張るのは良いが……国王の誕生祭という興味も欠片もないことで気を張るのは面倒である。


 だが、まあ……強い奴がいるのかもしれないと思うと少しだけ楽しみだった。




***




 馬車に揺られて数日。道中、いくつかの他貴族の領地で夜を明かしながら馬車で進み、ようやく王都に辿り着いた。


「へぇ……」


「おぉ! 凄いっ!」


 迫力をビシビシと感じる堅牢な城壁……王都に入るのを待っている馬車の長蛇の列……城壁の外まで聞こえる人々の賑わい……。俺は思わず感嘆の声を漏らし、隣の兄は身を乗り出して声を上げる。


 王都の周囲は安全で魔物も野盗もいない。故に、王都に冒険者が来ることは殆どない。だから俺は前世で一度も王都を訪れたことがなかった。


 ……こんなにも迫力があるものだったのか。他の王都はもちろん知らないが、これがエルドリア王国を象徴する都だというのは納得だ。


「クレイズクレイズ! 王都は凄いなっ!」


「……そうですね」


 風が吹いて俺と兄の髪を揺らす。


 面倒極まりないと思っていたが……案外楽しめそうだ。

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