第10話 哀れなオークと帰宅

「臨機応変に」


「かしこまりましたー」


 俺は背負った剣を抜き、フリルは腰に差した剣を抜く。俺の剣は一般的なもので、フリルのは長細い。俺もそうだが、フリルも闘気を剣に纏わせて強度を上げたり切れ味を良くしたりできるので、女性のフリルには細い方が良かった。


 散々に嫌われているオークが俺たちに気づく。三体とも手に棍棒を持っており、少し厄介だ。また、オークは集落をつくっているはずなので、この三体はゴブリンの時と同じではぐれなのだろう。


 オークは三体、こっちは俺とフリルの二人。誰がどのオークを相手にするか決めていないが、特に心配はなかった。


「ハハッ」


 ああ、良くない良くない。剣を振れるのが楽しくて思わず笑ってしまう。そして、まだまだ理想まで遠いが、才能が皆無だった前世と違い、この体は才能に溢れている事実に歓喜してしまう。


 まるで成長速度が違うのだ。鍛錬すれば鍛錬するほど強く速くしなやかになる。努力の量に比例して成長する。


「試させてくれよォ……!」


 俺に向かってくるオークは……二体か。残りの一体はフリルの方だ。都合がいい。一体だけだと物足りないからな。


 気を付けるのは棍棒による攻撃のみ。それさえ気を付ければただの鈍間な豚に他ならない。まっ、その棍棒の攻撃が危ないんだけど。


 刹那に考えると、目の前のオークが棍棒を振り上げた。次の挙動は決まっている。単純な振り下ろしだ。現に……ほら来た。


 俺の頭上に太い棍棒が迫る。いくら闘気で強化しているとはいえ、頭に一発貰ったら普通に死ぬだろう。俺は焦らずに地面を蹴って左に避けた。


 次の瞬間、棍棒が地面を穿ち、大きな音と振動を撒き散らす。地面の上に居たらよろめきそうだが、俺は軽く跳躍していたので問題なかった。


 で、ここだ。


 俺は着地と同時に足を踏み込んで剣を振る。狙ったのは棍棒持っている腕の肘辺り。確かな手応えを感じ、少し遅れて鮮血が舞う。両断は出来なかったが、二割は切り裂いた。


―「ブギョォォ!」


 オークは耳障りな声で叫ぶ。相変わらずうるさい声だが、勘を忘れてなくて僅かに安心した。


 先ほど俺がやったように、攻撃するにはオークの攻撃の後が一番いい。オークは一撃が重い代わりに動きが緩慢なのだ。


 オークの姿をしっかりと観察して攻撃を避ける。そして、生まれる隙をついて自分が攻撃する。これが対オークの定石であり、安全な戦闘方法だった。


 少し離れたところではフリルが一体のオークを相手取っている。闘気も十全に使いこなしており、かなり余裕そうだ。これなら大丈夫だろう。


「おっと……危ない危ない」


 軽く後ろに飛び退いてオークの棍棒を躱す。俺が相手するのは二体。片方は俺が右腕を切り裂いたが……まだ動かせるようだった。


 二体のオークは俺を挟み込むように立ち廻ってくる。ある程度の知性がある魔物なら当たり前の行動だ。しかし、俺は簡単に挟ませない。


 三体いるなら別だが、たった二体ならば抜け出すことは簡単だ。更にはこの辺りは開けている。俺は地面を蹴って片方へ突っ込み、直前で横へ跳ぶ。


 これで抜け出した。が、まだ終わりではない。俺は小さい体を生かしてオークの背後に潜り込み、跳躍する。闘気で強化した体幹で体を制御し、オークのうなじ目掛けて剣を振った。


 もう一体のオークに詰められないように、着地して直ぐに距離を取る。俺がうなじを切り裂いたオークは……倒れた。


 案外呆気ないが、基本的な体の構造は人間と同じなので当たり前か。うなじ……つまり頸椎を断ち切れば、生き死には別として体が動かなくなる。


 残るは一体、フリルの方もあと少しで終わりそうだ。僅かに外していた目線を正面のオークに戻して、斜め後方に飛び退く。


 同じことの繰り返しである。オークの攻撃で特出するべき点は、腕力に物を言う破壊力だけ。後は何もない。手数が少ないのだ。


 故に俺は棍棒による攻撃を躱し、生じる隙をついて剣で斬りつける。まだ未熟な俺の剣では、瞬殺することは出来ない。しかし、それならば攻撃回数を増やせばいいだけだった。


「おいおいおいッ……これで終わりかよォ……!」


 しだいにオークの動きが緩慢になってくる。俺の剣による傷からの出血によって全身が血塗れだ。死ぬのも時間の問題だろう。


 もっと楽しめると思ったが……意外とつまらない。前世で俺を殺した魔物との戦闘に比べれば何とも小さい事か。そう考えると、一気に冷めた。


 ただ同じように避けて剣で斬りつけるだけ。相手に何の工夫も試行もない。これは戦いではなく、淡々とこなす作業だ。


―「ブゴォォ!」


 一矢報いると言わんばかりにオークは雄叫びを上げる。何を思っているのか分からないが、どうやらやる気があるらしい。


 が、少し遅かった。


「お前……もういいや」


 空気の流れを断ち切るようにして俺は地面を蹴る。オークは迎え撃とうと反応するが、それに付き合う気はもうない。


 現時点での最高速度で距離を詰めて跳躍。反応が遅れたオークの眼前で俺は高速で剣を振った。重力に従って地面に着地し、何歩か歩く。


 僅かに遅れて――――オークの頭部が滑り落ち、巨体が倒れた。


「もっと強い奴と戦いてェな……はぁ」


 荒々しい口調が顔を出す。転生してからは出来るだけ丁寧な口調にしていたが、久々の実戦で無意識に戻ってしまったみたいだ。


 こんな口調を五歳児がしていると思うと奇妙で笑える。普段はもう完璧だが、命を懸けた戦闘だとそうはいかない。治すのは……無理そうだった。


「クレイズ様ー。二体も殺すなんて凄いですねー」


「まあ凄いのかもしれないが……単調過ぎてつまらないな。というか……フリルは意外と時間がかかったな」


 少し離れた場所にはフリルが殺したオークが倒れている。指が何本も欠けていて、全身がズタズタで血塗れだ。ただ殺すだけなら、あそこまでの惨状にはならないのだが……。


「いやー……オーク憎しの気持ちで戦っていたら、余計に斬り過ぎて時間をかけてしまったんですよー」


「やっぱりか……もうお前はフワフワ侍女じゃないな。血塗れ侍女だ」


「えっ、酷いですよクレイズ様ー。そんな物騒な名前は止めてくださいー」


 頬を膨らませて可愛らしく抗議してくる。が、フリルの服には返り血がいくつも付いており、腰に差している細めの剣によって逆に狂気的に見えた。夜の森にこんな女性がいたら、恐怖を覚えることは必至である。


「クレイズーっ! 凄かっ――――ぶふぅっ」


 いつもの如く兄が抱き着こうと走って来たので寸前で躱す。兄は真後ろにある樹にぶつかった。何とも間抜けな事だ。


「いててて……酷いじゃないかクレイズっ!」


「すみません。つい反射的に避けてしまいました。あまりにも……兄様の顔が気持ち悪かったので」


「気持ち悪い……!?」


 俺の淡白な言葉に兄は衝撃を受けたようで仰け反った。大袈裟すぎると俺は思うのだが、兄にとっては違うのだろうか。兄やフリルといった変態の思うことは良く分からないものだ。


「……でもクレイズはまだ五歳なのにオークを二体も倒すのは凄いよ。しかも、魔術じゃなくて剣でなんてさ」


「……ありがとうございます」


 ……兄の情緒が良く分からない。気持ち悪い事をしたと思ったら、次は理想的な兄の言動をする。もちろん俺も一人の人間なので褒められて嬉しいのだが……なんか複雑な気分だった。


「あっ、照れた! クレイズが照れた!」


「ちっ」


 さっきまでの気持ちを返せ。やっぱり兄は変態で面倒だ。ひっきりなしに兄が俺の頭を撫でているのがウザい。鳩尾に拳でも入れてやろうか。


「おっと、これ以上やったらクレイズに嫌われそうだから止めよっと。よし……張り切って次に行こう!」


 どうやら兄は俺の沸点も理解しているらしい。人が変わったかのように、だらしないものから真剣なものへ表情を切り替え、一人で歩いて行った。


 なんとも掴みどころがない兄だ。




***




 あの後、ゴブリンとオークのはぐれに遭遇して、それぞれを俺とフリルと兄の三人で殺した。


 得られたものは、俺はもう八級の魔物では物足りないということと、フリルが想像以上に強かったことと、兄が本当に天才だったということだ。


 今まではフリルと手合わせをしていたが、対魔術師の訓練として兄と手合わせをするのもいいかもしれない。変態なのは置いといて、兄が魔術の天才なのは明らかなのだ。使わない手はなかった。


「――という感じでした」


「本当……凄いわねローウェンとクレイズは」


 夕食の場にて、俺が今日の出来事を話すと母は感心したように呟く。話の節々で兄が俺を自慢げに語っているのが邪魔だったが、母と父は優しげな顔をして静かに聞いていた。流石は俺が尊敬する両親である。兄の奇行を意に介していない。


 父と母が特に反応したのは俺の事についてだった。やはり、剣を使った戦闘は珍しいので、興味が引かれたのだろう。


 父に褒められた。母にも褒められた。ついでに兄にも褒められた。良い事であり嬉しい事でもある。


 ただ……俺は不満だった。体の中に燻っている何かが渦巻いていた。


 ……物足りない。


 もっと強い相手と戦いたい。生死の狭間を彷徨うような攻防を繰り広げたい。目の前の戦闘に没頭してそれ以外に意識が向かないような……血が滾る戦闘をしたい。


 自分の実力も、戦闘経験も。


 俺は全てが不満だった。


 剣に魅せられ、剣に狂い、剣に捧げる。


 まだまだ俺の道は長い。


 まだ……俺は乾いていた。

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