第25話 兄は暴風と共に
天才令嬢が圧倒的な勝利を収めた次の試合が始まり、たった今終了した。
特にこれといって強かった奴はおらず、天才令嬢の試合と比べたら味気ない。
観客からの歓声はあったが、如実に差がある。
まあ今の試合が普通で、先程の天才令嬢の試合が異常なだけだと思うが。
「いよいよ次がローウェンの試合ね……緊張してきたわ……」
母が手を固く握りしめて呟く。
俺や父は緊張も心配もしていないので反応が正反対だ。
普通に考えて兄は大丈夫だと思うが……母親というのは特殊なのだろうか。
まるで自分のことのように真剣な顔をしている。
「リュセリア、大丈夫だよ。ローウェンの実力は知ってるでしょ?」
「知ってるわ。でも心配なのよ」
父と母が話している隣で、俺は円状の戦闘場所を眺める。
俺ならどうやって戦うか……何が有利に働き、何が不利に働くか……細かく確認していく。
障害物の多い街の中ならやり易い。
しかし円状の戦闘場所には何も無いのだ。
身を隠すものも無ければ、搦め手に使えそうな石ころや砂さえ無い。
いくら闘気という確かな力があるとはいえ、相手は一定の実力を持った魔術師だ。
おまけに魔術による遠距離攻撃の厄介さはよく知っている。
だから手を間違えれば普通に詰む。
つまり俺に必要なのは情報。
戦闘場所を深く知り、有利に事を運ぶための情報だった。
『――お待たせいたしました。準備が整ったようなので、早速ですが第三試合に入りたいと思います。では――入場してください!』
司会が声を張ると、第三試合目の出場者が戦闘場所に入って来た。
数は……十一人。
令嬢が四名、令息が七名。
もちろんその中に兄もいる。
兄がこっちに顔を向けて小さく手を振っているが……面倒だから無視しよう。
『第三試合の出場者は一人増えて十一名! これが幸か不幸かは誰にも分かりませんが、最後の一人が勝者というのは同じです! 圧倒的だった第一試合、混戦だった第二試合……第三試合はどんな景色を見せてくれるのでしょうか!』
確かに司会の言う通り、この試合形式の場合はどちらが良いのだろうか。
人数が少ないか、多いか……。
まあ今回みたいに一人増えただけでは変わるはずもない。
ただ、考えてみるのは面白そうだ。
時間があるときにでも考えてみよう。
『出場者は十一人! 本戦に進めるのはたった一人! 泣いても笑っても勝負はこの一回だけ――』
兄はどのような立ち回りをするのだろうか。
狙われて集中攻撃を受けないように上手く立ち回るか……当たり屋のように、ひたすらに攻撃しまくるか……安全性は前者、見栄えは後者だ。
基本的に兄は安全を確保する性格である。
慎重と言ってもいい。
だから兄は狙われないよう慎重に立ち回るはず。
が、何だか俺の勘は違うと言っていた。
『最後に立っているのは誰なのか――――第三試合、開始!』
第三試合が始まった。
出場者には天才令嬢のように目立っている奴はいないので、必然と混戦になる。
出来るだけ目立たないように、出来るだけ狙われないように……皆が同じことを考えているだろう。
現に誰もが一瞬、待った。
誰かが魔術で攻撃するのを。
皆が「誰かが魔術を使ったらそいつが狙われる。それに乗じて俺も攻撃しよう」と思っている。
偶然にもその意識が合致して、数秒経っても戦闘が始まらない。
皆が「誰か攻撃しろよ」と考えている。
『――これはどういうことだー!? 誰も攻撃しない! 誰も動かない! 完全な膠着状態になっている!』
驚いた。
普通は誰かが我慢できなくなって、しょんべんのように魔術を漏らす。
だが十秒近く膠着している。
全員が我慢強いな。
ただまあ……この膠着状態もあと数秒で終わるだろう。
なにせ俺の兄がいるからな。
こんな臆病な奴らしかいないクソな試合は、さっさと終わらせるはずだ。
『も、もしかしてこのまま膠着状態が続くのだろうか! 規則には反していないのでどうにもできない――――』
――きた。
兄が小さく両手を払う。
すると、近くの二人が吹き飛んだ。
兄が得意な風属性の魔術だ。
そのまま呆けている出場者を置き去りにして、一人に接近して殴る。
障壁が割れてそいつは吹き飛んだ。
残るは七人。
戦闘場所に時が戻り――膠着状態から混戦へと一気に変化した。
『一瞬! 一瞬で三人が脱落! それを成したのはレイノスティア侯爵家が長男、ローウェン・レイノスティア! 流石は侯爵家長男というべきか! 甘い顔には確かな強さを秘めているー!』
司会の兄に対する評価は無視するとして……これで混戦になったな。
様々な属性の魔術が飛び交っている。
今はまだ三人しか脱落していないが、もうすぐ試合は終わる、というのが俺の予想だった。
『さあ膠着状態から混戦へと様変わりした! 残るは八名! 熾烈な攻防を繰り広げている!』
――ここだ。
俺の予想通りに兄が動いた。
いや、動いたというか暴れた。
風を身に纏い機動力を上げて、暴風を辺りにまき散らす。
所々に気流の刃を仕込んでいるのも
他の八人は身を守ろうとするが残念。
この中で兄は圧倒的だった。
兄を仕留めようとして魔術を放っても、纏っている風で受け流される。
土魔術で身を守ろうとしても、暴風の中に仕込んでいる気流の刃で破壊される。
逃げようとしても、戦闘場所全域に暴風が吹き荒れているので逃げ場がない。
まあ、何というか……。
ご愁傷様だ。
『これは……圧倒的暴力だ! 誰もが逆らえない! 吹き荒れている暴風の中で佇む術者、ローウェン・レイノスティア! 傲慢不遜! 暴風の化身! まだ十二歳の少年は侯爵家の威信を見せているー!』
兄は余裕そうに涼しい顔をしているが、これは簡単な事じゃない。
広範囲に及ぶ魔術の行使は複雑な魔術制御が必要になる。
形が不定である風ならば尚更だ。
一人……また一人と魔道具による障壁が割れて、脱落していく。
運でも搦め手でもない、完全な力の差だ。
暴風が止む。
立っているのは兄だけだった。
『試合終了ー! 勝者はレイノスティア侯爵家が長男、ローウェン・レイノスティア!』
歓声が響き渡る。
兄は俺や父と母に向かって笑顔を見せた。
『試合開始直後の膠着は嵐の前の静けさだったのか、まだ十二歳の少年は圧倒的な暴風で全てをなぎ倒した! これが侯爵家次期当主の実力なのか! 会場も歓声で沸いているー!』
揺れる会場、渦巻く熱気。
まだ自分の試合までは長いが、俺の心は昂っていた。
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