第26話 刮目せよ、これが俺だ

「じゃあ行ってきます」


「頑張ってね。観客の反応を楽しみにしておくよ」


「楽しんでくるんだよ」


「行ってらっしゃい」


 俺は家族に背を向けて控室に足を向ける。


 兄の第三試合が終わり、今は第五試合までが終了していた。


 第四試合と第五試合は、天才令嬢や兄みたいに一人で試合をぶっ壊す奴はおらず、第三試合のような混戦だった。


 いや……第五試合だけは少し格が違う奴がいたな。


 天才令嬢や兄ほどではないとはいえ、他の出場者よりも実力は抜きんでていた。


 何だっけな。


 確か名前は……忘れたな、うん。


 まあ本戦に上がれば分かることだし別にいいか。


 そう思いながら俺は一階部分まで階段で下り、控室へと歩き進める。


 左腰に剣をぶら下げているので、重心が左に寄る。


 しかし鍛錬を重ねているので慣れた。


 もう問題ない。


 ようやくこの体も成長してきたな……と実感している俺は控室の扉を開いた。


「「「……!?」」」


 控室に既に待機していた令息令嬢が何気なく俺を見て――二度見した。


 ほとんど全員が驚きの表情を浮かべている。


 俺は突き刺さる視線を気にせず、隅の椅子に腰を下ろした。


 なるほどな……どうやら皆は俺の顔を知っているらしい。


 どこで……いや、生誕祭の時に覚えられたのか。


 あとは、天才令嬢の対比として無能令息という仇名を付けられたので、よくよく存じてるのだろう。


 流石は魑魅魍魎の貴族社会。


 人の悪い噂に対する嗅覚はゴブリン並だ。


 肘置きに肘をついて足を組む。


 令息らしからぬ姿だが、元々の外聞が悪いので今更どうでもいい。


 控室にいるのは三……八……十人。


 俺を含めると十一人だ。


 ということは俺が最後だったのか。


 その中で令息が七人、令嬢が四人。


 どいつもこいつも緊張して体が硬くなっているのが良く分かる。


 まあ七万人以上が見ている中で戦うのだ。


 緊張しない方がおかしい。


 俺は前世での経験があるので、特にこれと言った緊張はしないが……ガラになく楽しみに感じている自分がいる。


 ここにいる奴らはただの有象無象なので興味ない。


 ただ――天才令嬢だ。


 奴は俺にとって特別であり、興味が湧いて仕方がない相手だった。




「お時間ですので移動をお願いします」


 係員のような人が通達してきた。


 いつの間にか第七試合が終わったようだ。


 残すは俺を含む第八試合のみ。


 先ほどよりも緊張を孕んだ空気が流れる。


 さて……行くか。


 もたもたしている他の奴らを置いて、俺はさっさと出場口へ歩いて行く。


『――さあいよいよ最後の第八試合です! 本戦へ進むことが出来る最後の一人がこの試合で決まります!』


 まだ戦闘場所には行かない。


 今まで通り、司会が入場してくださいと言うまでは、入ってはいけないのだ。


『――もう散々と言ってきたので前置きはいらないでしょう! では――入場してください!』


 司会が言い終わったので、俺は戦闘場所に足を踏み入れる。


 他の奴らも俺の後に続いて入る。


 さっさと配置に着くために歩くのは止めないが……いや、驚いたな。


 観客席で見ていた時と違って、実際にこの場所に立つと重圧が押し寄せてくる。


 殺気でもない。


 国王から感じた圧でもない。


 七万人という圧倒的な人数から見られているという圧だ。


 これは初めての感覚だな。


 とはいえ……別に問題はない。


 俺はただ剣を振ればいいだけ。


 それ以上でも以下でもないのだ。


 しかし妙に観客が騒めいている。


『第八試合の出場者は十一名! これまでの試合と変わらず、最後の一人になるまで戦います! ただ皆さんもお気づきだと思いますが……奇妙な出場者がいますね』


 ふむ、奇妙な出場者か。


『他の出場者が素手、あるいは杖を持っているのに対し――その出場者が腰に下げているのは剣!』


 会場の全員が俺に注目しているのが分かる。


 まあ物珍しいのは理解しているが……。


『魔術が発展した現代において、剣というのはもはや古き時代の遺物! 攻撃力、攻撃距離、攻撃範囲……全てが魔術に劣っている武器、それが剣です! だが彼は腰に下げている。一振りの剣を下げている!』


 司会の言う通りだ。


 剣は過去の遺物に過ぎない。


 もちろん冒険者とかは使っているが……あくまでも冒険者だ。


 一般的に剣を使う奴はいない。


『彼の名はクレイズ・レイノスティア! そう、第三試合で圧倒的勝利を収めたローウェン・レイノスティアの弟なのです!』


 ……長々と俺について語っているが……良いのだろうか。


『皆さんも聞いたことがあるでしょう! レイノスティア侯爵家の次男は魔術が使えない、と。それでついた仇名が無能令息! 才能溢れる天才令嬢との比較で不名誉な仇名がついてしまいました!』


 ついてしまいました?


 無能令息なんて俺は初めて聞いたぞ。


 まあ間違いではないが。


『おっと、長々と語ってしまったのでここらで終わりましょう。では予選最終試合である第八試合! 最後まで立っているのは誰か!』


 一気に緊張が渦巻く。


 観客も俺ではなく戦闘場所全体に注目し始めた。


『試合――開始!』


 試合が始まった。


 瞬時に俺は闘気を全身に巡らせて、躊躇いなく地面を踏み抜く。


 誰もが俺に反応できていない。


 誰もが俺を見下している。


 こいつは魔術が使えないから後回しでいい、と。


「馬鹿が」


 有象無象の一人に接近、瞬く間に抜剣、そのまま脳天に振り下ろした。


 バリンッ。


 障壁が割れる音が響く。


 俺が斬りつけた奴は、尻もちをついて呆然と俺を見上げている。


 魔術を飛ばし合っていた奴ら、七万人以上の観客……俺に視線が向いている。


『――何だ今の動きは……何だ今の動きは!? 魔術が使えないのに何故その速さで動ける!? これが無能令息と呼ばれているクレイズ・レイノスティアなのか!?』


 一定以上の実力があるので俺の脅威が分かるのだろう。


 全員が俺の一挙手一投足に注目している。


 さて、俺は面倒なことはしない。


 つまらないことはしない。


「おい」


 せっかく天才令嬢や兄があんなことをしてくれたんだ。


 お返しをしなければ失礼っていうもんだろ。


 それに……俺の美学に反する。


「全員でかかって来いよ。じゃなきゃ――終わるぜ?」


 再び地面を踏み抜いて腑抜けた奴へ一閃。


 またもや一撃で障壁を破壊した。


「な……何なんだよぉ!」

「皆でやらないと……!」

「こいつから離れろ!」

「この……無能が!」

「調子に乗るなよ……!」


 嗚呼、素晴らしい。


 全ての敵意を俺にぶつけてきている。


 仲間という概念がないこの戦いにおいて……俺の脅威で仲間が発生している。


『こ、これは……一対八! 無能令息を脅威とみなしたのか一対八の構図が出来上がっている! 見たことがない……見たことがない! 魔術が使えない無能令息に対して八人が団結している!』


 俺を囲むようにして八人が一定の距離を取った。


 そろそろいいだろう。


 これが俺の第一歩目。


「刮目しろォ……これが俺だッ!」


 欲望を開放しろ。


 衝動に身を任せろ。


 ただ剣を握り、ただ剣を振れ。


 雑音は無視しろ。


 いくら魔術が迫ろうが躱せばいい。


 当たらなければ意味なし。


 恐怖の表情の奴、怯えている奴、混乱している奴、悔しそうに顔を歪ませている奴……。


 関係ない。


 ただ俺は動き回って剣を振るだけだ。


「もっと来いよォッ!」


 足りない。


 全然足りない。


 俺の渇きを潤すにはこの程度じゃ足りない。


 一度ひとたび剣を振れば障壁が割れる。


 殴れば……蹴りつければ亀裂が走る。


 もっと、もっと。


 さすれば俺は――――




「……あ?」


 足が止まる。


 そして世界に景色が戻って来た。


 立っている奴は……誰もいない。


 俺、ただ一人。


 なるほど。


 終わっちまったのか。


『――試合終了ー!』


 司会の声が静かな会場に響き渡る。


『なんということでしょうか! 無能令息と蔑まれていた少年が剣一本で全てを薙ぎ倒した! 第一試合と第三試合に比肩する試合! 圧倒的……圧倒的です!』


 俺は剣を鞘に仕舞い、出口へ歩く。


 司会や観客、未だに呆然としている有象無象はどうでもいい。


 俺の思いは一つ。


 天才令嬢と戦いたい。


 それだけだった。

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