第27話 いよいよ始まる本戦
『小一時間ほど休憩を挟み、いよいよ本戦が始まります。予選は誰もが予想しない波乱万丈の結果となりましたが……本戦はどうなるのでしょうか!』
俺は今、控室にいる。
周りには予選で勝ち残り、本戦へと進む奴らが集まっている。
八十二人いた出場者が八人まで絞られた。
天才令嬢や兄はもちろんとして、他の五人も予選の有象無象よりは強いだろう。
といってもそこまで興味はないが。
『では早速、予選を勝ち抜き、本戦へと進む権利を得た八人をご紹介したいと思います! 出場者――入場!』
司会の合図と共に、俺を含む八人の出場者は戦闘場所に足を踏み入れた。
観客の視線が集まるのが分かる。
天才令嬢は興味無さそうに、兄は機嫌が良さそうに、後は……気が弱そうな奴と生意気な顔をしている奴……などなど。
八人の内、令嬢が一人しかいない。
もちろんそれは天才令嬢だ。
俺たちは段取り通りに、戦闘場所の中心部で横一列に並ぶ。
『さて、本戦の出場者が揃いました! 存じている方々もいると思いますが、順に紹介させていただきます!』
天才令嬢と兄のことは知っているが、他の五人のことは知らないので俺も聞いておこう。
『まずは八人の出場者の中で唯一の令嬢! 予選で見せた瞬殺劇は彼女の圧倒的な力を見せつけました! ……傲慢不遜、独立独歩、誰も彼女の歩みを止めることが出来ない! 轟かせた仇名は天才令嬢! アルセリア・オリオンドール!』
『続いては混戦の中を勝ち抜いた猛き令息! 迫りくる魔術を躱し、防ぎ、時には攻撃し、泥沼と化した第二試合を勝ち抜いた背中に宿るのは鬼! 本戦ではどのような姿を見せてくれるのか! グローム・ヴァイルファング!』
『優しげな顔は時に牙を剥く! 穏やかな風は時に暴風と化す! 静から動へ! 第三試合を破壊した優美なる令息! 彼の心内は誰にも分からない! 気を付けろ、これは嵐の前の静けさだ! 暴風の化身、ローウェン・レイノスティア!』
『第二試合と同様、泥沼と化した第四試合! 光り輝いたのは戦場を逃げ回った一人の令息! 卑怯? 姑息? 否! 規則に反していない時点で立派な戦略だ! 勝てば関係ない! もはや逃げるのは正義である! イシリオン・エミリランス!』
『漂う冷気! 作り出される氷の世界! 第五試合を制したのは冷気を身に纏う儚げな令息! 彼が歩けば地面が凍り、彼が手を振れば氷の槍で貫かれる! 本戦でその氷はどのような顔を見せるのか! ハクレイ・アルカディオン!』
『炎、水、風、土などと全てを器用に扱う令息! 慌ただしい第六試合でもその器用さを発揮して、見事本戦へ進む権利を勝ち取った! 器用貧乏と侮るなかれ! 彼の臨機応変に対応する姿はもはや器用大富豪! マルコス・アークライト!』
『第七試合を混乱させた幻影使いの令息! 姿を隠すのも、姿を増やすのもお手の物! あちらこちらと混乱させて静かに仕留める様はまるで霧の住人! 巧みな幻影を使って本戦ではどのように戦うか! ウェルモンド・フェルクスニア!』
『最初は誰もが侮っていた! 誰もが見下していた! しかし他の出場者を踏みつけて第八試合を壊した! 魔術至上主義の現代において、手に握るのは時代遅れの象徴である一振りの剣! 戦闘中に零す笑みは狂気の象徴! 無能令息という仇名はもう古い! 新たなる仇名は戦闘狂! クレイズ・レイノスティア!』
司会による出場者の紹介が終わる。
俺が注目しているのは、天才令嬢、兄、ハクレイ・アルカディオンの三人だ。
他の出場者には悪いが、残りの四人には特に興味がそそられなかった。
『出場者の紹介が終わったので、いよいよ本戦の第一試合へ移りたいと思います!』
試合の組み合わせは司会が紹介した順だ。
つまり、第一試合は天才令嬢とグローム・ヴァイルファングということになる。
そして兄は第二試合で、俺は第四試合。
順序を考えると、俺が天才令嬢と戦う前に兄が天才令嬢と戦う。
個人的には決勝で天才令嬢と戦いたいが……変態と言えども兄は兄なので勝って欲しい気持ちもある。
まあどちらにせよ俺は決勝に進む。
俺はただ待ってればいいだけだ。
***(三人称視点)
『さあ本戦の第一試合が始まります! 戦うのは天才令嬢ことアルセリア・オリオンドールと泥沼の鬼ことグローム・ヴァイルファング!』
戦闘場所でアルセリアとグロームは距離を取って相対する。
アルセリアはいつもの余裕そうな表情。
対してグロームは些か緊張している様子だ。
『予選では勝ち残り戦ということもあり、運が絡む試合でした! しかし本戦は違います! 勝利を決めるのは己の実力のみ! ただ単純にどちらが強いかというものだけです!』
予選を見ればアルセリアとグロームの力の差は圧倒的、誰もがアルセリアが勝つと信じていた。
もちろんグロームも実感している。
アルセリアが圧倒的な勝利を収めた一方、グロームはギリギリだったからだ。
勝てるわけがない。
このような思いがグロームの胸の中で渦巻く。
だが、負けるつもりは毛頭なかった。
『では本戦第一試合――始め!』
司会の合図と共にグロームは魔術を発動する。
「燃やせ――
グロームが正面に向けた掌から、炎が螺旋状に渦巻いて飛んでいく。
轟轟と燃えるイグラグマは、地面を焦がしながら突っ立っているアルセリアに衝突する――――前で、地面から突き出た岩の壁に衝突した。
熱気が戦闘場所に充満して二人の髪を揺らす。
まずは一回の攻防が終わった。
基本的に魔術師は遠距離から魔術を撃ち合うので、再び遠距離での攻防が始まる。
が、違った。
「うおぉぉぉ!」
グロームは雄叫びを上げながら、アルセリアが作った岩の壁を飛び越える。
そのまま落下の勢いと共に――アルセリアの顔面を目掛けて拳を振り上げた。
対するアルセリアは慌てることなく手を翳し、呟く。
「
瞬間、グロームは両腕を胸の前で交差させ、後方へ吹き飛んだ。
そして地面に落下と同時に上手く受け身を取り、素早く立ち上がる。
『グローム・ヴァイルファングが吹き飛んだー! この一連の攻防! 何と驚いたことにグローム・ヴァイルファングはアルセリア・オリオンドールを殴ろうと接近していた! ご存じの通り魔術師同士の戦闘は遠距離が基本! しかしグローム・ヴァイルファングは接近戦に持ち込もうとした! 面白い! 非常に面白い!』
予想だにしないグロームの動きに司会と観客は湧き上がる。
接近戦に持ち込めば、グロームにも勝機があるのではないかと気づいたのだ。
「クソッ……!」
一方、当の本人であるグロームは悔し気に顔を歪ませていた。
予定ではこのまま接近戦で流れを持っていくつもりだったのだ。
だが、失敗した。
もう奇襲は通用しない。
相手はあのアルセリア・オリオンドールだ。
グロームも天才という噂を散々聞いていたので、再び奇襲が通用するとは思っていなかった。
つまりここからは作戦の外にある。
「仕方がない……」
グロームは切り替える。
この作戦を思いついたのは、予選のクレイズが剣で戦っているのを見たからだ。
故に奇襲が失敗したからといって、魔術師は接近戦に弱いという事実が覆るわけではない。
「うおぉぉぉぉ!」
グロームは咆える。
僅かな勝機を見出して地面を駆けた。
いつ魔術が襲ってきてもいいように、全神経をアルセリアに集中させる。
幸いにも魔道具の障壁はまだ大丈夫だ。
一度躱せば、次の魔術を放つ間に近寄れるとグロームは考えていた。
(来た――!)
僅かな地響き。
地面からの攻撃だと確信して、グロームは全力で前方に跳躍した。
「よし……!」
その一瞬後、グロームの予想通りに地面から岩の杭が突き出る。
この隙だ。
グロームは完全に隙を見せているアルセリアに接近しようと地面を蹴った。
「ガッ……」
バリンッ。
天から一筋の雷がグロームへ降り注ぎ、障壁が割れる音が響いた。
グロームは地面に前のめりで倒れて、顔を上げるとアルセリアと目が合う。
――何にも興味が無さそうな、空っぽの目だった。
『試合終了ー! 第一試合、アルセリア・オリオンドール対グローム・ヴァイルファングはアルセリア・オリオンドールの勝利!』
司会が声を張り上げ、観客が拍手や称賛の声で騒めく。
アルセリアは何もなかったかのように、グロームの横を通り過ぎて控室へ戻っていった。
「くそぉ……あんなの無理だろ……」
二つの魔術を並行して発動するという離れ業。
見出していた勝機はただの幻想に過ぎなかった。
グロームはしばらく蹲り、天才令嬢と言われていた所以を改めて実感していた。
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