第28話 暴風の化身と逃走王
天才令嬢とグローム・ヴァイルファングの戦いが終わった。
結果は天才令嬢の勝利だ。
内容も圧倒的で、文句なしの勝利だろう。
流石は天才である。
一方、グロームに関して、最初の接近戦に持ち込もうとする考えは悪くなかったが……所詮は付け焼き刃なので動きがお粗末だった。
事前に接近戦の鍛錬をしていたら、もっと善戦できたはずだ。
いや……もしかしたら天才令嬢も接近戦ができる可能性がある。
その場合は少し鍛錬しても無駄だな。
まあ第一試合のことはもういいとして……次は兄が出場する第二試合だ。
どうせ兄が勝つだろう。
***(三人称視点)
『会場の皆様、お待たせしました! 続いて第二試合へ移りたいと思います!』
騒々しい会場に司会の声が響く。
『第二試合で戦うのは、予選で全てを吹き飛ばした暴風の化身ことローウェン・レイノスティアと逃走王ことイシリオン・エミリランス!』
戦闘場所でローウェンとイシリオンは距離をとって相対している。
ローウェンはいつも通りの穏やかな表情で、イシリオンはどこか不的な笑みを浮かべていた。
イシリオンもローウェンの試合を見ているので、実力を知っているはず。
また、予選でのイシリオンはお世辞にも強いとは言えなかった。
単に逃げ回っていただけだ。
それなのにも拘らず不適な笑みを浮かべているということは、何か策があるのだろうか。
『予選で圧倒して勝利したローウェン・レイノスティア! 対して逃げ回って勝利を手にしたイシリオン・エミリランス! どう見てもローウェン・レイノスティアの方が有利です! 予選とは違い、この試合は一対一! 逃げても勝利が転がってくることはなく、己の力でもぎ取るしかありません!』
予選は十人の出場者がいたので、逃げていれば勝手に潰し合ってくれる。
なので実力が低くても勝てる可能性は十分に合った試合だ。
しかし本戦は違う。
運の要素が殆どない一対一。
ただどちらが強いかという単純な指標で決まる試合だった。
『では本戦第二試合——始め!』
開始の合図が響き渡る。
一秒、二秒……。
動かない。
「なに考えてるか知らないけど——
ゆったりと歩きながらローウェンは十八番の魔術、ウィグマルガを発動した。
非常に細く、非常に鋭い気流の刃がローウェンの周囲に渦巻く。
その数、数十本。
「行け」
一言。
ローウェンの一言で、周囲で渦巻いていた数十本の気流の刃は、空気を切り裂きながらイシリオンへ飛んで行った。
正面、頭上、右、左、斜め。
あらゆる角度から気流の刃ががイシリオンへ襲いかかる。
全て当たったら障壁が割れるだろう。
「うぉぉぉっ……っと、あっ、ぶ、ねぇぇ! おわ!?」
イシリオンは慌てながら全て避け、体勢を崩して正面から地面に倒れた。
『イシリオン・エミリランス! 襲いかかってきた気流の刃を躱したー! 流石は逃走王! 魔術を避けるのはお手のもの!』
格好は無様だが、あらゆる方向から襲いかかる気流の刃を、掠りもせずに避けるのは凄いことだ。
伊達に逃走王という、何とも言えないあだ名が付けられただけある。
「いきなり……物騒だなー、ローウェンさんよ」
倒れている体はそのままに、顔だけあげてローウェンに言い放つ。
顔と口調は一丁前だが、格好が格好だし、冷や汗をダラダラと流しているので、凄く珍妙だった。
「ぶふっ……ふふふっ……」
そのチグハグな格好にローウェンは思わず笑ってしまった。
だが今は試合中である。
笑っている状況ではないし、何より戦っている相手に失礼だ。
そう思ってローウェンは切り替え、再びイシリオンの姿を視界に映した。
「ぶふァッ」
また吹き出した。
笑っては駄目なのは分かっている。
集中しなければいけないのも分かっている。
しかし……堪えきれなかった。
人は笑っては駄目だと思えば思うほど笑ってしまう生き物だ。
ローウェンも例外ではない。
「ふ、ふふふふ……くっくっ……あはははっ! その、顔と……格好は、反則だよ……!」
別にすごく面白いと言うわけではない。
笑わない人の方が多いだろう。
だが何故かローウェンのツボに入ってしまった。
そしてこれは致命的な隙になる。
「はっはー! 馬鹿め! 俺の策略に引っかかったな! 間抜けな負け方をして恥ずかしい思いをするがいい! 食らえ——
属性を持たない、ただ自分の魔力を固めてぶっ飛ばすという単純な魔術。
通常時ならば羽虫を叩く程度の認識で防御することができる。
しかし今のローウェンは色々と崩れていた。
普段のローウェンではあるまじき事態である。
「この勝負! もらったり!」
声高々にイシリオンは宣言する。
イシリオンが放ったハルハイラを前にして、ローウェンは未だに動くことができていない。
腹を抱えて笑っているだけだ。
ゆえにイシリオンが自身の勝利を確信した。
『イシリオン・エミリランスのハルハイヤが腹を抱えて笑っているローウェン・レイノスティアへ襲いかかる! まさかこんなことはあるのか! 逃走王が勝ってしまうのかー!』
司会も観客もまさかの状況に興奮している。
だが——。
「——ははは……はぁー、邪魔」
ベチンッ。
「は?」
奇妙な音を奏でながら、イシリオンが放ったハルハイラは軌道を変えて、観客を守るための結界に衝突した。
「いやー、いい作戦だったけどハルハイラは駄目だよ。ただの魔力の塊なんだから、すぐに制御を奪えるに決まってるじゃん」
さも当たり前のようにローウェンは講釈を垂れ、イシリオンは呆然とする。
『制御を奪った!? 言っている意味はわかる! 理論上可能なのも知っている! しかしまだ十二歳の少年が出来る技術ではない!』
他人が発動した魔術を乗っ取るには、精密な魔力操作技術が必要だ。
例えるならば、針金を使って錠前を開けるようなもの。
熟練の魔術師であれば可能だが、まだ十二歳のローウェンが出来るような技術ではなかった。
「んだよそれ!? ちっくしょぉぉ! お前の方が反則じゃねぇか! ……あ、お前って言っちゃった打首になったらどうしよう」
悔しさを全開にしてから一転、侯爵家長男をお前呼びしてしまったイシリオンは顔を引き攣らせる。
イシリオンの家であるエミリランス家は伯爵。
どう考えても不敬だ。
「別にいいよ。それより早くやろうよ。もうさっきみたいに笑わないからさ」
ローウェンは基本的にその辺りは緩い。
また、イシリオンの言い方も不快ではなかったので、特に気にしていなかった。
それよりも戦いの続きだ。
序盤から笑ったり何なりでグダグダしてしまったため、仕切り直して試合を楽しみたかった。
しかし相手は逃走王ことイシリオン。
「寛大な心に感謝します……しかし! 正面から戦っても勝てないので俺は逃げる! 逃げ続けて勝機を探し回るのでよろしく!」
堂々と情けない宣言をした。
『おぉーっと!? ここでイシリオン・エミリランスが逃走宣言をしたぁ! あまりにも情けない! あまりにも卑怯! だがそれも作戦のうち! ある意味、逃走王の名に恥じない言動だ!』
「逃走王ー!」
「情けないぞー!」
「戦えー!」
平民の観客から野次が飛ぶ。
「うるせー! 正面から戦って勝てるわけないだろうがッ!」
野次に向かってイシリオンは叫んだ。
「君……平民からあんなこと言われても怒らないのかい?」
「あん? ああ、あいつらは小さい頃からのダチだからな。別にいいんだよ」
「へぇー……いいね。面白い」
「お、なら手加減してくれませんかね?」
「うん――――それは無理だね!」
「やっぱりなぁぁ!」
停滞から一転、ローウェンとイシリオンの戦いが始まった。
『さあ再びローウェン・レイノスティアとイシリオン・エミリランスの戦いが始まった! といっても激しい魔術の攻防ではない! 暴風の化身ローウェン・レイノスティアが攻撃を繰り出し、逃走王イシリオン・エミリランスが逃げる! まるで狩猟の様だ!』
攻撃する気が全くないのか、イシリオンは全力で逃げ回っている。
「っとお!? ほっ、はっ、っぶねぇな!?」
対してローウェンは得意の風魔術で執拗に狙っている。
「逃げるねー……流石は逃走王ってとこかな?」
戦況は明らかにローウェンのほうが上だ。
しかし一瞬の隙で逆転する場合があるのが、決闘形式の勝負である。
ローウェンは油断せずに魔術を発動し、イシリオンは僅かな隙を探す。
しばらくはこの状況が続くと思われた、が。
「うーん……なかなかやるね。じゃあ少し本気を出そう」
「え゛」
「捻じれ渦巻け――
周囲に流れていた微弱な空気が停止した。
次の瞬間、ローウェンを中心にして、風が渦を巻き始める。
二秒後。
凄まじい勢いで渦巻いた風が広がり、戦闘場所の全域は暴風の領域と化した。
「ぬおぉぉぉぉ!? こんなのありかよぉぉ!」
いわゆる範囲攻撃なので、逃げ場がない。
イシリオンは必死で防ごうと魔術を発動するが、嵐の中の木造建築物のように、木端微塵に吹き飛んだ。
「どうぇぇぇぇ!?」
暴風に巻き上げられ、ボコボコのメッタメタ。
魔道具の障壁が割れる音が響き渡り、ローウェンによる暴風が止む。
「う゛ぇっ」
どしゃりとイシリオンが地面に落ちた。
『――試合終了ー! 本戦第二試合を制したのは暴風の化身ローウェン・レイノスティア! 序盤は何やら良く分からないことになっていましたが、蓋を開けてみれば圧倒的! 予選の時と同じように暴風が全てを吹き飛ばしました!』
会場が拍手に包まれる。
結果だけを見ればローウェンの圧勝だったが、何か感じるところが観客にはあったのだろう。
「ちくしょー……負けたー……」
「君みたいな人は新鮮で面白かったよ」
「嫌味かよ!?」
「いやいや、本音さ」
イシリオンは不貞腐れたように地面に胡坐をかく。
「あ、またため口が……」
「別に畏まらなくていいよ。君に丁寧な口調を使われると寒気がする」
「お前、結構ひどい奴だな!?」
「何を言ってるんだい? 僕は優しい人間だよ」
「はぁ……」
勝者と敗者。
にも拘らず険悪な空気はない。
何だか仲が良さそうな二人であった。
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