第29話 広がる氷と霧
兄とイシリオン・エミリランスの第二試合が終わった。
下馬票通りの結果だったとはいえ、なかなか面白い試合だったな。
まあ別にいい勝負をしたとかではなく、ただイシリオン・エミリランスという人間が面白かっただけだが。
良くも悪くも貴族らしくない。
どこか前世の冒険者仲間に似ていたので、勝手に親近感を持ってしまった。
さて、次の試合は……第三試合、ハクレイ・アルカディオンとマルコス・アークライトだ。
マルコス・アークライトに関してはあまり特徴はない。
あえて特徴を挙げるとすると器用という部分だが……ただの器用貧乏でしかなかった。
対してハクレイ・アルカディオンは中々に興味深い。
天才令嬢や兄ほどではないとはいえ、氷魔術がかなり特出している。
精度と威力共々に平均以上だ。
いずれ俺と当たるだろうから見ておこう。
***(三人称視点)
『さあ一回戦も折り返しました! 続いての第三試合はハイレイ・アルカディオンとマルコス・アークライトの戦いです!』
整備し終えた戦闘場所にて、ハクレイとマルコスは相対する。
マルコスはどことなく地味な感じだが、対するハクレイは気弱な雰囲気が醸し出されていた。
『混戦になりつつも存在感を示したハクレイ・アルカディオン! 上手い立ち回りと豊富な手札で勝利を手にしたマルコス・アークライト! 氷の令息が勝つのか! それとも器用な令息が勝つのか!』
まだ全てを見せたわけではないが、ハクレイは氷魔術しか使っていない。
もし氷魔術以外が使えなかった場合、臨機応変さに欠けると言える。
つまり特化型がハクレイ、万能型がマルコスということだ。
『では本戦第三試合——始め!』
試合が始まった。
警戒を露わにしているマルコスは、手始めにいくつか魔術を発動する。
「——
異なる三つの属性の魔術を同時に発動させるのは難しい。
司会の言う通り、マルコスは器用だということだ。
動く様子のないハクレイを目掛けて、マルコスは魔術を放った。
何もなければハクレイの障壁は割れるだろう。
「——
しかし流石はハクレイ。
瞬時に地面から氷の壁を作り出し、迫り来る三つの魔術を防いだ。
『最初の攻防は、マルコス・アークライトが攻撃してハクレイ・アルカディオンが防御する形となった! ——おぉっと!? マルコス・アークライト! 次々と魔術を発動していく! このままハクレイ・アルカディオンに攻撃させないつもりか!?』
炎、風、岩。
主にこの三つの属性を使って、マルコスは魔術を発動していく。
もちろん魔術を発動する間隔は不規則だ。
攻撃されているハクレイは氷の壁で全てを防いでいる。
一般的に脆い印象がある氷だが、ハクレイのそれは岩よりも堅かった。
合計何度攻撃しただろうか。
「——くっ……」
マルコスは悔しそうに顔を歪めて、魔術の手を止めた。
いくら攻撃してもハクレイのエースガハドが崩せない。
何とか一つ壊しても、次から次へとエースガハドが出てくる。
自分の火力とハクレイの防御力。
立ちはだかる壁の高さが見えなかった。
『堅い! あまりにも堅すぎる! マルコス・アークライトが放つ魔術を全て得意の氷魔術で防いだ! これがハクレイ・アルカディオン! 全身に纏う冷気で何をする!』
一つ、二つ。
立ち尽くしていたハクレイが足を動かした。
「——まずいっ!」
何かを悟ったマルコスは自身を岩の壁で囲う。
ハクレイは顔と同じく真っ白で細い腕を翳し、小さく口を動かした。
「——
瞬間、戦闘場所の全域が白へ色を変えた。
地面は氷が張り付き、空気は凍てつく。
広がる氷世界。
中心に立っているハクレイは髪の白さも相まって、どこか幻想的だった。
『何と言うことだ! 一瞬にして氷の世界へと姿を変えてしまった! この世界を作ったのはハクレイ・アルカディオン! とんでもない魔術師だ!』
司会が流れる空気を煽り、会場全体が盛り上がる。
完全にハクレイが主役の劇場だった。
とはいえ、まだマルコスの障壁は割れていない。
まだ勝負は決まっていなかった。
「僕は……負けないっ!」
岩の壁で身を守っていたマルコスは姿を現し、魔術を紡ぐ。
「——
マルコスの両側にイグモルトとエルモルトが発生する。
そしてマルコスは前方に飛ばし————軌道を曲げて二つを衝突させた。
炎と水。
自然の法則に魔術の法則を加えたことによって、戦闘場所に水蒸気が発生して霧の世界へと姿を変えた。
『今度は水蒸気——霧の世界だ! マルコス・アークライト! その器用さを活かして霧の世界を作り出した!』
視覚の阻害。
運の要素が絡まない試合において、初めて不確定要素が孕む領域をマルコスは作り出した。
不利の押し付け。
普段は賭けなどしないマルコスだがこの瞬間に全てを賭けた。
「おおおぉぉ!」
マルコスは叫ぶ。
『マルコス・アークライトが吼えた! 気迫はいいことだが、自ら居場所を教えていることにはならないのか……いや!? これは——』
マルコスが叫んだことによって、ハクレイはマルコスの居場所を突き止めた。
仕留める為にハクレイは魔術を発動しようとして————動きを止めた。
マルコスは馬鹿ではない。
しかし叫んで自ら不利になる状況を作った。
この矛盾がハクレイの動きを止める。
そして————ハクレイは一歩後ろへ下がった。
ガキンッ。
「——!?」
先程までハクレイがいた地面に、岩の槍が突き刺さった。
全てを理解したハクレイは魔術を紡ぐ。
「——
ハクレイの周囲に氷の槍が次々と現れ、発射していく。
氷槍の射出は標的を仕留めるまで止まらない。
二本、五本、十本……。
パリンッ。
障壁が割れる音が響く。
同時に、霧が晴れていって元の戦闘場所へと戻っていった。
障壁が割れているマルコス。
障壁が割れていないハクレイ。
勝者は誰が見てもわかった。
『試合終了ー! 本戦第三試合の勝者は氷の令息ハクレイ・アルカディオン!』
試合が終了し、会場が湧き上がる。
『試合終盤、マルコス・アークライトが吼えたのは、ハクレイ・アルカディオンの意識を自分に向けさせるため! その隙に放物線を描いて
司会があの時の状況を解説する。
全ての観客は理解して、二人に賛辞を送った。
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