第30話 流石に相手が悪かった

 本戦第三試合はハクレイ・アルカディオンが勝利した。


 予想通りの結果だったが、予選よりも実力を見れたのは良いことだ。


 対戦相手の情報は何よりも重要であり、実際に前世では討伐する魔物の特性などを良く調べていた。


 油断はしない。


 驕りもしない。


 普段は戦闘自体にしか興味はないが、今回は勝利が第一優先である。


 出来る限りを尽くすのが当たり前だった。


『さあいよいよ一回戦の最終試合となりました! 第四試合! 戦うは予選で会場を震撼させた戦闘狂クレイズ・レイノスティア! 対するは幻影を巧みに扱う混乱のウェルモンド・フェルクスニア!』


 俺は剣を腰に差して重心を両足に乗せて立つ。


 正面……ウェルモンド・フェルクスニアは口の両端を釣り上げていた。


 相当な自信があるのだろうか。


 はたまた虚勢によるものか。


 どちらにせよ、ウェルモンド・フェルクスニアが幻影を使ってくるならば、何も心配はない。


 今までの三試合とも派手な結果だったので、普段は気分に左右されない俺も少しだけやる気が出てきた。


『では第四試合――始め!』


 司会の合図によって試合が始まった瞬間。


 ウェルモンド・フェルクスニアが何人にも増えた。


 二、五、八……。


 これが噂の幻影か。


『試合開始直後! 早速ウェルモンド・フェルクスニアがいくつもの幻影を作り出した! 全てが精巧だ! サッパリ見分けがつかない!』


 確かにどれも本物の様にしか見えない。


 五感では見抜けなさそうだな。


 俺は控室に居たので見れなかったが、予選の第七試合はこのような手法で戦闘場所に混乱を生み出していたらしい。


 どれが本物でどれが幻影か。


 もしくは全てが幻影で本物は姿を隠しているか。


 魔術によって探ろうとしても、対策はもちろんしているので居場所を探し当てるには相応の時間が必要になる。


 しかし予選の混戦や本戦の一対一において、そんな時間はない。


「なるほどな……」


 これは非常に厄介だ。


 放置していたら惑わされ、居場所を探し当てようとしたら襲われる。


 熟練の魔術師ならともかく、魔闘技に出場する令息令嬢には厳しいだろう。


 まあもちろん――――俺は別だが。


「悪いな。相手が悪かっただけだ」


 俺の体は魔力が流れておらず、故に魔術の一切が使えない。


 代わりに俺は闘気を習得している。


 そして闘気というのは、生命力を戦闘用に変換させたものに過ぎない。


 つまり――。


「見えんだよ」


 魔術では隠せない生命力の波。


 本物は八体の幻影のどれか……ではない。


 その後ろ。


 俺は往く手を阻もうとする幻影の間をすり抜けて、何もない空間に向かって剣を振った。


 ガキンッ。


「あり得ない……ッ!」


 ウェルモンド・フェルクスニアは姿を現し、自前の障壁を展開して俺の剣を防ぐ。


 普通の障壁ならば俺の剣で砕けるのだが……小さくして密度を上げているのかヒビの一つも入っていない。


「楽しませてくれよ?」


 足を踏み込み、剣を握り、一呼吸で三撃。


 前世より速度と精度が向上した俺の剣閃は、ウェルモンド・フェルクスニアが咄嗟に作った幻影を消滅させ、魔道具による障壁に亀裂を入れた。


『どいうことだ!? 完璧に姿を隠していたウェルモンド・フェルクスニアの居場所へ一直線! そのまま素早い剣閃を浴びさせた! クレイズ・レイノスティア! 彼には何が見えている!?』


 司会やこの会場にいる観客で闘気について知っている奴はいないはず。


 だから、なぜ俺がこいつの居場所が分かったか疑問だろう。


 俺は追撃を加えることなく悠々と歩く。


 これで終わったら味気ない。


 まだまだ手の内を見せてほしかった。


「クソクソクソ……!」


 ウェルモンド・フェルクスニアは試合開始前の余裕そうな態度から一変、血走った眼で俺を睨みつけてくる。


「――ドルゴアイ視闇牢


「お?」


 急に視界から景色が消え、闇に染まった。


 何も見えない。


 なるほど、視界を奪う魔術か。


 確かに脅威だ。


「死ね――ヴェルニルラ虚空闇針


 これは……避けた方が良さそうだな。


 何も見えなくて魔力の反応も分からないが、とりあえず大きく後方に飛び退いた。


『視界を潰すドルゴアイ、空間から闇針を突き出すヴェルニルラの連撃! しかしクレイズ・レイノスティアは見事に躱した! 目が見えていないはずなのになぜ躱すことが出来るんだ!?』


 今のは危険だった。


 前世の経験と勘で避けなかったら障壁を砕かれていただろう。


 とはいえだ。


「流石に相手が悪かったな」


 目は見えない。


 だが生命力の波は見える。


 いわゆる小細工を得意とするウェルモンド・フェルクスニアにとって、俺という存在は相性が悪すぎた。


「見えて、無いはずなのにッ……!」


 相手の視界に定まらないように動き回り、一瞬で懐に潜る。


「まあまあ強かったぜ」


 右上から左下。


 袈裟に一閃。


 バリンッ。


 障壁を砕いた。


『試合終了ー! 本戦第四試合! 制したのは戦闘狂クレイズ・レイノスティア! ウェルモンド・フェルクスニアによって視界を潰されるという絶体絶命の中、なぜか全て見えているかのような動きで障壁を砕きました!』


「お、戻った」


 視界が戻る。


 そういえばこの魔術はどうやって対処するのだろうか。


 まあ後で兄にでも聞こう。


『これで本戦の一回戦が終了! 次は準決勝へと移ります! 天才令嬢アルセリア・オリオンドール! 暴風の化身ローウェン・レイノスティア! 氷の令息ハクレイ・アルカディオン! 戦闘狂クレイズ・レイノスティア! 確かな実力で試合を制してきた実力者たちです! いったい誰が決勝へと駒を進めるのでしょうか!』


 さて次は天才令嬢と兄の試合だ。


 その後は俺とハクレイ・アルカディオン。


 強敵ではあるが……天才令嬢と戦うまでは負けられない。


 もう少しだ。


 もう少しで天才令嬢と戦える。


 心が湧き上がって仕方がなかった。

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