第31話 兄と天才令嬢の準決勝

 天才令嬢の第一試合から俺の第四試合まで、本戦の一回戦が全て終わった。


 次の試合は天才令嬢と兄だ。


 両者共に高い実力を有している。


 これまでの天才令嬢と兄の実力を考えると、かなり良い戦いはするはずだ。


 ただ……俺は天才令嬢が勝つと思っている。


 天才令嬢の実力の全容はまだ分からないが、予選と本戦の戦いを見た限りだと、今まではただのお遊びに見えた。


 つまり実力の半分も出していない。


 一方、兄に関しては俺とよく手合わせをしていたので、実力の全容を把握している。

 

 もちろん勝負の行末は不確かだ。


 しかし俺は天才令嬢が勝つと思っていた。


 ……兄には申し訳ないが。




***(三人称視点)




『皆様お待たせしました。予選が終わり……本戦の第一回戦も終わり、続いては準決勝です! 準決勝に進むのはこの四人! 天才令嬢アルセリア・オリオンドール! 暴風の化身ローウェン・レイノスティア! 氷の令息ハクレイ・アルカディオン! 戦闘狂クレイズ・レイノスティア!』


 少しばかりの休息が明けて、いよいよ準決勝が始まろうとしていた。


 この魔闘技もいよいよ終盤、終わりが近づいてきている。


 準決勝、決勝。


 会場にいる人々は、更に素晴らしい試合を見たいと言わんばかりの顔で、司会の言葉を聞いている。


『まずは第一試合! 天才令嬢アルセリア・オリオンドール対、暴風の化身ローウェン・レイノスティア! 両者とも予選や本戦の第一回戦で圧倒的な実力を見せつけました!』


 アルセリアとローウェンは別々の戦闘場所の入り口に待機している。


 まだ入場しない。


『天才令嬢と名高いアルセリア・オリオンドールが勝利するか、長男としての意地を見せてローウェン・レイノスティアが勝利するか! 我々には何もわかりません! どちらも強く、どちらも規格外! では……入場!』


 司会が合図すると、アルセリアとローウェンは戦闘場所に入っていく。


 反対側の位置から入場したので、まっすぐ歩いて互いの距離が一定になると二人とも足をとめた。


『天才令嬢アルセリア・オリオンドール! 暴風の化身ローウェン・レイノスティア! もう言葉はいらないでしょう!』


 圧倒的な力を示した二人の戦闘。


 非日常的な空気も相まって、会場全体が高揚していた。


『準決勝第一試合——始め!』


 ついに試合が始まった。




「さて……どうしようかなぁ……」


 ローウェンは考えながら軽く呟く。


 試合が始まって十秒以上経過しているが、目の前のアルセリアは動かない。


 様子を伺っているのか、舐めているのか。


「まあなに考えてるか分からないけど……勝たせてもらうよ」


 ローウェンは顔を一気に真剣なものへと変え、体内の魔力を活性化させる。


 使う魔術を選択——全容を想像——術式を確立——。


「——ウィレイトルガ・バハル嵐槍突貫


 瞬間、ローウェンの正面に巨大な風の槍が出現。


 圧縮、圧縮、圧縮——。


 極度に圧縮された風の槍は、内部で嵐のように風が吹き荒れている。


 基本的に風属性の魔術は視認性が低い。


 だが、極度に圧縮されたランルトルガ・バハルは観客からもよく見えた。


「——行け」


 ふわりとローウェンの髪と服が揺れて——目で追えぬ速度で発射された。


 まともに当たったら魔道具の障壁が割れるどころか、背後の壁に叩きつけられるだろう。


 観客は息を呑む。


 一方、アルセリアは動じず、その場に立ち尽くしたまま。


 誰もがアルセリアが吹き飛ぶ姿を幻視した。


 しかし次の瞬間、一直線に進んでいたランルトルガ・バハルがアルセリアの目の前で何かに衝突する。


 障壁だ。


 アルセリアが展開した障壁だ。


 ランルトルガ・バハルによる衝撃を、圧倒的な硬さがある障壁で殺す。


 残りの風だけが通り抜け、アルセリアの長い金髪を揺らした。


「やるね」


「……」


 二人の目が合う。


 先ほどの静けさは何処に、どちらともなく魔術の応酬が始まった。


『ローウェン・レイノスティアが発動したランルトルガ・バハルをアルセリア・オリオンドールは難なく防御! 次の瞬間、魔術戦が始まったー! 激しい! 非常に激しい! これぞ準決勝! これぞ魔闘技! 興奮で思わず手を握りしめてしまう!』


 ローウェンは自身の周囲に気流の刃を常時生成。


 絶え間なくアルセリアへ飛ばす。


「うーん……崩れないねぇ……」


 半球状の障壁を展開して、気流の刃から身を守っているアルセリアを見てローウェンは呟く。


 どれだけの魔力を込めて、どれだけの魔力操作技術が高ければ、あのような障壁を作り出せるのだろうか。


「おっと、守らないと」


 迫り来る炎の槍を見て、ローウェンは気流の刃をぶつけていく。


 魔術は魔力の塊だ。


 正しい威力の魔術を正しい位置にぶつければ、相殺することも可能だった。


 しかしこのままだと埒が開かない。


 ローウェンは動き出すことにした。


「——ウィグジェイン風連斬


 先程までの弱い気流の刃と違い、ウィグジェインという魔術は強力な風の刃が連続で放たれる。


 一撃、二撃、三撃……六撃。


 空気を切り裂き、地面を抉り、六本の風の刃がアルセリアに迫る。


 アルセリアは発動していた炎の槍を消して、展開している障壁に更に魔力を込めた。


 一瞬後、六つの甲高い音が響き渡る。


 ローウェンが放った魔術はかなりの威力だが……アルセリアは完璧に防御し切った。


「まだだよっ!」


 予想していたと言わんばかりにローウェンは間髪入れずに魔術を放つ。


 風の刃、風の槍、風の砲撃……。


 より取り見取りだ。


 いままでの対戦相手だったら、もう既に試合は終わっているだろう。


 だが相手はアルセリアだ。


 天才令嬢……そしてクレイズが夢中になっている奴なのだ。


「ここで負けるわけにはいかないッ!」


 ローウェンの心にあるのは、アルセリアに対する嫉妬。


 または——自分が愛している弟が、どこぞの馬の骨に取られる訳にはいかないという危機感。


 更には格好いい姿を弟に見てほしいという期待。


 紳士を体現するかのような立派な姿の下には、このような俗的な気持ちが隠れている。


 これをクレイズが知ったら、相変わらず変態だと呆れるだろう。


「君はなんでつまらなそうなんだい!」


 クレイズとの手合わせで培われた接近戦を仕掛けながら、ローウェンはアルセリアに尋ねる。


「僕の弟なんて戦ってる時、満面の笑みだよ! 君も見たでしょ? 愛らしいだろう!」


 死角から風の斬撃を飛ばし、地面を砕いてアルセリアにぶち撒け、障壁を割ろうと蹴り飛ばす。


 この間、僅か数秒。


 アルセリアは地面から岩の杭を突き出し、ローウェンは少し後退した。


「あなた……」


「うん?」


「気持ち悪いわね」


「え゛」


 ローウェンは呆然とし動きが止まる。


 偶然か必然か、アルセリアは地面から高速で岩の杭を突き出して、ローウェンの腹にぶち当てる、


「ッ!? っぶない……」


 寸前でローウェンは障壁を展開して防御した。


「……私は優勝する必要がある。あなたの欲望を叶えてあげられないわ」


 アルセリアは小さく言葉を零し、右足を大きく踏み込んだ。


「ぐっ……!?」


 現れたのは連なる剣山。


 アルセリアから正面扇状の範囲に、地面から数多もの岩の杭が突き出していた。


「速すぎる……」


 ローウェンは戦慄する。


 魔力も振動もなんの前兆も感じられなかった。


 それ故に対応が遅れて、魔道具による障壁に傷がついてしまった。


「私、面倒は嫌いだわ」


 アルセリアはゆっくりと手を前に翳し、冷めた目のまま淡々と呟いた。

 

 魔力が渦巻き、観客席にまで伝わる。


「――アルペシオン・サイカ煉岩世界


「――ッ、ウィグレイスト・サイカ風烈世界!」


 互いが生み出した魔術による世界。


 片方は地獄のような炎と岩、片方は荒れ狂う嵐。


 同種類の魔術なので基本的には相殺されるのだが……。


「相性が悪いっ……」


 ローウェンは徐々に侵食されていく様子を目の当たりにして苦い顔をする。


 属性には相性というものがある。


 水は火に強く、岩は風に強く……などなど。


 今はローウェンが風、アルセリアが岩と炎。


 アルセリアが有利だった。


「仕方がない……!」


 ローウェンは覚悟を決めて魔術を紡ぐ。


「――ウィレイトルガ・バハル・エンダ連射嵐槍突貫!」


 圧縮、圧縮、圧縮――――解放。


 残りの魔力を全て使う勢いで、魔術を発動する。


 一撃、二撃……六連撃。


 アルセリアが作り出したアルペシオン・サイカに風穴を開けた。


 同時にローウェンは風を身に纏い、自分が開けた風穴を駆け抜ける。


 抜けた先はアルセリアの近く。


 ローウェンの想定通りだった。


「――ウィグボルガ風砲撃


 僅かな隙を見せているアルセリアの横っ腹を目掛けて魔術を放つ。


 まだ手を止めない。


「――ウィグマルガ風の踊り子


 強力な一撃が一直線、複数の気流の刃が多方向。


 直前で反応されたとしても、一瞬でこの量の魔術を防ぐのはいくらアルセリアといえども不可能だ。


 意識外からの攻撃への対処は絶対に遅れる。


 


「私、面倒は嫌いって言ったわよ」



「なっ……!?」


 バリンッ。


 障壁が割れる音が響き、ローウェンは後ろへ吹き飛んだ。


 ローウェンが吹き飛ぶ前にいた地面からは岩の杭が生えている。


 これにやられたのだろう。


 しかし、ローウェンには何故アルセリアが反応できたのか分からなかった。


「……何で分かったんだい?」


 地面に尻を付けたままローウェンは問う。


 その顔はいつもの穏やかさはなく、真剣だ。


 アルセリアはいつも通りの表情で口を動かす。


「……逃げ回られると面倒だから来てもらった。それだけよ」


 そう言ってアルセリアは出口へ去っていく。


「はは……完敗、か……」


 試合終了の声と観客による歓声が響いている会場の中で一人、ローウェンは呟く。


「よいしょっと……」


 ゆっくりと立ち上がって息を一つ吐いた。


「まあしょうがない……相手は天才令嬢だったし……クレイズが決勝で戦えるし。僕が負けて正解だろう」


 拍手を身に受けながらローウェンは出口へ歩く。


 戦闘場所から出て控室までの廊下に入った。


 ピタリと足が止まる。


「……くそ……くそ……」


 左手を拳の形にして壁に押し付け、顔を伏せながら小さく呟く。


「くそぉ……」


 下げていた右手も拳の形に固く握っている。


「負けた……負けた……! 僕よりも年下の令嬢に……っ!」


 ダンッと壁を強く殴る。


 悔しさや怒りによって肩が少し震えていた。


「もっと鍛錬をしていれば……もっと死ぬ気で鍛えていれば……ッ!」


 鍛錬はしていた。


 毎日きちんと鍛錬はしていた。


 しかし……どこか気が抜けていた。


 なまじ侯爵家長男としては十分すぎる実力があるので、更に強くなる理由がなかったのだ。


「クレイズはあれほど鍛錬していたのに……」


 クレイズは四六時中、鬼気迫る勢いで鍛錬を重ねていた。


 それこそローウェンなんかよりも遥かに鍛錬を積んでいた。


「くそっ!」


 顔を歪ませて声を荒げる。


 甘えていた自分、不甲斐ない自分、限りなく格好悪かった。


「もう絶対に負けない……!」


 薄暗い廊下の中、ローウェンは決意を目に灯す。


 初めて味わった悔しいと言う感情。


 初めて理解した自分の甘さ。


 初めて出会った圧倒的な格上。


 もう彼が油断することは無い。


 もう手を抜くことは無い。


 レイノスティア侯爵家長男ローウェン・レイノスティア。


 彼は人知れず大きく変わろうとしていた。

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