第32話 俺の準決勝……マジで?

 天才令嬢と兄の試合が終わった。


 結果は俺の予想通り、天才令嬢の勝利で兄の負け。


 しかし、今までのどの試合よりも、良い戦いだったのは確かである。


 一般的に考えて兄の実力は限りなく高い。


 国に仕えている魔術師と比べても、まるで遜色はないだろう。


 ただ、天才令嬢の格が違い過ぎた。


 魔術に関する全ての能力が桁違いなのだ。


 俺は前世で腕利きの魔術師を何人も見てきたが、天才令嬢ほど才能のある人間を見たことがない。


 まさに天才を体現したかのような奴だ。


 そんな奴がいたら人によっては狡いと嫉妬し、更には諦める。


 だがどういう訳か俺は違う。


 理想とする姿が異なるので嫉妬はもちろんしないが、諦めることもしない。


 逆に高揚する、興奮する。


 自分の力が通用するのか。


 今日、俺は天才令嬢で自分の力を試し、天才令嬢が抱えている何かを引き釣り出すつもりだった。


『さあ準決勝の第一試合が終わり――次は第二試合です! 戦うのは氷の令息ことハクレイ・アルカディオンと戦闘狂ことクレイズ・レイノスティア! 両者とも本戦の一回戦にて圧倒的な勝利を収めました!』


 司会による口上が述べられる。


『では――入場!』


 司会のその言葉と共に、俺は戦闘場所に踏み入って観客の目に身を晒した。


 反対からハクレイ・アルカディオンがゆっくりと歩いてくる。


 一定の距離で、互いに止まった。


『氷の令息ハクレイ・アルカディオン! 一見、儚い少年だが魔術の実力は極めて高い! 彼が纏う冷気は全てを凍てつかせる! 彼が作り出す氷の槍は全てを貫く! 攻撃に防御! 全てを兼ね備えた氷の魔術師は何を見せてくれるのか!』


『対して戦闘狂クレイズ・レイノスティア! 冷静で淡白! しかし戦闘になると隠れていた凶暴な笑顔が姿を現す! 彼は魔術が使えないことで無能令息とも言われていたが、それは過去の話! 今は誰もその名を呼ぶことは無い! 剣を手に暴れる姿は戦闘狂! この試合も破壊し尽くすのか!』


 司会が色々と言っている中、俺は目の前に佇んでいるハクレイ・アルカディオンを観察する。


 年齢は……確か俺と同じで十歳。


 雪のような白髪に肌。


 全体的に筋肉が無くて細いので弱弱しく見える。


 だが油断は禁物だ。


 現にこいつの氷魔術は極めて危険だった。


『これで勝った方が決勝へと進めます! 天才令嬢が待ち受ける決勝へ進むのは果たしてどちらか――準決勝第二試合、始め!』


 試合が始まった。


 観客が固唾を飲み込んで静かになっている。


 さて……どう戦おうか。


「――っと」


 氷の槍が高速で飛んできたので身を捻って躱す。


 想像よりも攻撃の手が速いな。


 次は――


「下か」


 その場で俺は高く跳躍する。


 一瞬遅れて、真下の地面から氷の杭が突き出してきた。


「ふむ」


 氷の杭の先端に着地して俺は考える。


 これまでの試合から考えると、気を付けるべきは広範囲の氷魔術。


 今みたいな氷の槍と氷の杭も危険ではあるが……。


「当たるはずもない」


 迫りくる二本の氷槍。


 俺は抜剣と同時に氷槍に剣を添えて受け流す。


「さて……前哨戦だ。準備運動ぐらいにはなってくれよォ!」


 全身を脱力――前傾姿勢――地面を蹴った。


 闘気で強化した身体能力によって、俺は一瞬でハクレイ・アルカディオンとの距離を詰める。


「シッ――!」


 ガギンッ。


 擦れ違いざまに振った剣は氷の壁に阻まれた。


 反応速度は十分、もっと全身を稼働させるか。


 地面を強く蹴り、高速で動き回る。


 脅威と感じたのか、ハクレイ・アルカディオンは自身の全方位を氷の壁で囲った。


「おいおい……閉じこもるな、よッ!」


 闘気を剣に纏わせ――全身に溜めを作り――前方一点に向かって放つ突き。


 鈍くて甲高い音が響く。


 俺の突きは阻む氷の壁を砕いた。


「お」


「――エーストルガ氷槍


 ゼロ距離で発射される氷の槍。


 全方位を氷の壁で囲ったのはこれが狙い。


 反応できずに必ず当たると考えたのだろう。


「馬鹿が」


「――っ!?」


 眼前に迫った氷槍を半身になって躱し、右下から左上に向かって剣を振り上げた。


 運が良かったのだろう。


 ハクレイ・アルカディオンは驚いた拍子に体を仰け反り、俺の剣を薄皮一枚で避ける。


 が、それは先延ばしにしただけだ。


 この間合いで俺が負けるわけがない。


「クソが」


 呆然としている脳天に剣を振り下ろした。


 バリンッ。


 魔道具の障壁が完全に砕けた。


『し……試合終了ー! まさか――――』


 司会が試合終了の放送をする。


 しかし今の俺はそれはどうでもよかった。


「おい」


「――っ」


 尻もちをついて呆然としているこいつに俺は声を掛ける。


 肩を跳ねさせて顔を向けてきた。


 呆然……恐怖……諦め……。


「なんでお前はビビッてつまらぇことしてんだよ」


 氷槍を飛ばしてきたり氷杭を突き出してきたりと、最初の方は良かった。


 だが……俺が動き出してからはゴミだ。


 まあ全方位を氷壁で囲うのはまだ良いが……最後の攻撃はあり得ない。


「最後の氷の槍……エーストルガつったか? なんであれなんだよ。一手前で見せた攻撃と同じもんを使うなんてありえねぇ」


 今までの試合でこいつが使っていた魔術は四つ。


 防御の氷壁。

 攻撃の氷槍と氷杭。

 範囲攻撃の氷の領域みたいな奴。


 たった四つだ。


 予測はもちろん、対策も容易い。


「バカみたいな才能があるのによォ……もっと考えろや。せっかくの才能がクソゴミになっちまうぜ」


 そう、こいつは才能があるのだ。


 少なくとも氷魔術に関しては才能がある。


 氷魔術単体ならば、兄や天才令嬢にも比肩するかもしれない。


 だからこそ……だからこそ勿体なかった。


 努力をしてないとは言わない。


 俺には普段のこいつを見てないからだ。


 ただ、明らかに無駄にしている。


「……こ」


「あん?」


 何かを言いかける。


 反論があるのだろうか。


 もちろん大歓迎だ。


「こ……怖いぃ……」


「は?」


 涙を浮かべ、口から少女のような泣き言を漏らし――――後ろにぶっ倒れた。


 ……白目をむいて気絶している。


「こ、怖いだと……? それで気絶……?」


 怖くて気絶するなんて……いや、そもそも俺が怖いなんてどういうことだ。


 俺はあくまで親切にしたつもりだが……。


「もしかして……俺って怖いのか……?」


 え、マジで?

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