第33話 決勝へ

 人々の騒めきから少し離れた、控室から戦闘場所までの廊下にて。


 出番を待っている間に、俺は廊下の真ん中で胡坐をかいていた。


 ゆっくりと鼻から息を吸い、ゆっくりと口から息を吐く。


 大地に溢れる生命力と自分が同化する想像をして、全身に闘気を循環させる。


 考えるは天才令嬢との戦闘。


 攻略法を何度も考えては何度も捨てた。


 おそらく普通に戦っても善戦こそするが……最終的には負ける。


 相手が持っているのは魔術という膨大な数の手札、対して俺は剣一本と闘気だけ。


 そもそも魔術が使えない時点で不利であり、更には俺の武器は剣一本だけである。


 勝つことは難しいどころの話ではない。


 常識ではまず不可能だ。


 無理、不可能、出来っこない……だからこそ面白い。


 いつの時代だって、常識という枷をぶち破り、不可能という限界を飛び越えて輝く人間はいた。


 陳腐な言い回しだが、人間に不可能はない。


 必要なのは多大な自信と狂気の心だ。


 さすれば全て望み通りに行く……とは言わないが、光り輝く人生を送れるだろう。


 ……俺の前世は不満だらけだった。


 環境に恵まれず、才能に恵まれず、自分自身に嘘をついて生きてきた。


 その結果が魔物に胸を貫かれて死ぬというものだ。


 別に俺は死が怖かったわけではない。


 生にそこまで執着があったわけでもない。


 ただ……今まで歩んできた人生という道が、嘘と後悔に塗れたものだっただけだ。


 だからこそ……だからこそ俺は願望や憧れ、嫉妬や執着といった欲望を大事にしている。


 昔、誰かが言った。


 欲望は穢れたものであると。


 昔、誰かが言った。


 欲望を無くして善を積むのが誠の人間であると。


 ……違う、大いに違う。


 人間の本質は光であり、欲望である。


 何かを成し遂げたい、何者かになりたい……俗物的でも高尚でも欲望は欲望。


 誰もが足掻き、藻掻き、苦悩し、それでも進み続ける。


 当然ながら達成する者もいれば、道半ばで力尽きる者もいる。


 しかし力の限りを尽くした人間は光り輝く。


 歴史に名を残している王、騎士、学者、冒険者から名もなき幼子まで。


 性別年齢身分など関係なく、人の本質は同じである。


 と、いうのが俺の考えだ。


 あくまでも主観的な考えに過ぎない。


 だが、俺の根底を作っているのは事実だった。


 

 ――遠くで響く喧騒が耳に届く。


 完全な静寂ではない。


 だがこれでよかった。


「ふぅー……」


 瞼を開ける。


 現実に心身が引き戻された感覚を受けた。


 掌を上に向け、固く握る。


 日々の鍛錬によって鍛えられた握力。


 己の欲望を掴み取るように固く固く握る。



『さあ休息を挟んだ次はいよいよ決勝戦です! 五年に一度、貴族の令息令嬢の頂点を決める最後の戦いが今、始まろうとしています!』


 俺はその場で立ち上がる。


 体力、闘気、やる気、全て十分。


 後は気ままに暴れるだけだ。


『――出場者、入場!』


 司会の言葉と共に俺は戦闘場所に足を踏み入れる。


 反対側から天才令嬢も歩いてきた。


『ご存じの通り優勝を争うのはこの二人! 天才令嬢アルセリア・オリオンドールと戦闘狂クレイズ・レイノスティア!』


 本戦の一回戦と準決勝の時と同じように、一定の距離で止まる。


『予選、本戦第一試合、準決勝……全てを圧倒してきたこの二人! 片や魔術に愛された若き令嬢! 片や魔術に嫌われた若き令息! 対極にいるような二人ですが実力は本物! ただ……今大会は異例中の異例です! それはクレイズ・レイノスティアの腰に下げられている武器!』


 観客全員が俺に注目した。


『魔術が発展している現代において、過去の遺物と言われている武器――それが剣なのです! 誰もが馬鹿にしました、誰もが鼻で笑いました! しかしそんな我々に圧倒的な実力を見せつけました!』


 一階部分の観客席に見慣れた服装の人間がいる。


 お世辞にも清潔とは言えない風貌。


 冒険者だ。


 奴らは期待した顔で俺を見ている。


 見たいのだろう。


 剣士が圧倒的に強い魔術師に勝つところを。


 見たいのだろう。


 剣士が持つ可能性を。


『とはいえ……対するは王国中で噂された一人の令嬢です! 傲慢不遜、独立独歩、天才を体現する存在! 今までの三試合は誰も止めることが出来ませんでした!』


 俺は天才令嬢の目を見る。


 空っぽの中に……僅かな期待の光。


『天才令嬢アルセリア・オリオンドール! 戦闘狂クレイズ・レイノスティア!』


 ようやくここまで来た。


 剣に魅せられ、剣に狂い、剣に捧げた。


 唯振るは一振りの剣。


『魔闘技決勝――試合開始!』


 さあ始めよう。


 さあ戦おう。


 さあ……天才令嬢というバケモノ相手に剣一本で挑もう。

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