第34話 変化と高揚、そして興奮

 試合が始まり数秒。


 じっとりと停滞した場が続く。


 今までの試合から分かる通り、基本的に天才令嬢は受けの姿勢だ。


 つまり相手の攻撃の形に対応するように戦い方を変える。


 まあだからと言って俺には関係ないが。


「ハハッ」


 俺はいつものように限界まで脱力。


 重力に任せて体を崩し――踏み抜くようにして強く地面を蹴った。


 まずは天才令嬢に向かって一直線。


 当然ながら、天才令嬢は俺の突進を防ぐために何かする。


 炎、風、岩、水、雷……何が来ても反応できるように全身の感覚を研ぎ澄ませた。


 ピクリ。


 地面が僅かに脈打つのを足裏で感じる。


「岩かッ」


 魔術の種類は不明……範囲や規模も不明……だが岩の魔術であることは分かった。


 左足で地面を蹴って直角右に方向転換をする。


 直後、一瞬前まで俺がいた空間を、地面から突き出た一本の太い岩杭が貫いた。


 魔術を発動した直後には少し隙が生じる。


 俺はその隙をついて急速に接近した。


 が、天才令嬢は甘くない。


 俺を見ることなく、渦巻く炎を飛ばしてきた。


「――っぶねェ」


 咄嗟に体勢を斜めに崩して躱す。


 俺の斜め上を、渦巻く炎が凄まじい勢いで通り過ぎていった。


 いくら闘気で強化しているとはいえ、今回の勝敗は魔道具による障壁が割れるかどうかだ。


 あれを食らったら間違いなく俺の障壁は粉々になっていただろう。


「まっ、だから何だよって話だけどなッ!」


 崩れた体勢のまま地面を蹴って、俺は天才令嬢の背後に回る。


 がら空き。


 と、普通は思うだろうが俺は左右に高速で剣を振った。


 二回の手応えを感じ、地面に岩の破片が転がる。


「後ろに目でもついてんのかァ?」


 俺の左右の地面からは岩杭が突き出ていた。


 その先端部分は大きく欠けている。


 俺が剣で斬り飛ばしたのだ。


「カカカッ、やっぱ最高だなァおい」


 先の魔術を使って距離を取った天才令嬢に俺は目を向ける。


 悠然と佇んでいる姿は正に天才といったところ。


 あの堅牢で強大な奴に俺は挑んでいるのだ。


 非常に素晴らしく、甘美な時間。


 手加減、遠慮……一切なし。


 己の全力を出し切るのみ。


 再び地面を強く蹴る。


 策も何もなく、ただ速く、ただ速く、一直前に俺は駆けた。


 天才令嬢が発動した俺を阻む岩の壁。


 避けるのも面倒だったので――そのままぶち抜いた。


「もっと上げようぜェッ!」


 四方八方から襲い掛かる岩槍を体を捻って避け、剣で斬り、間を潜り抜ける。


 先と違って今度は防戦だ。


 しかし――――


「クソ甘ェ」


 俺は僅かに見えた道を通って天才令嬢の正面まで接近し、何考えているか分からない面を剣で突いた。


 残念なことに直前で軌道を逸らされたので、俺の剣は掠るだけ。


 だがそれでも障壁に傷はついた。


 直後、俺はその場を飛び退いて後方に下がる。


 地面から岩杭が突き出てきたのだ。


「おい天才令嬢。お前ってこんなもんなのか?」


 地面を蹴り接近。


「攻撃も単調」


 岩壁、岩杭、岩槍……時々炎。


 余裕を持って躱す。


「なにより……覇気がねェ覇気が!」


 天才令嬢が展開した障壁を砕く。


「お前……優勝したくねェのか? もうあの疑問はいいのかァ?」


 半身になって岩杭を避け、迫る岩槍を受け流し、その場を飛び退いて、地面から吹き上がる炎を間一髪で避ける。


 避けた足で地面を蹴って懐に潜り込む。


 剣を振って、展開された障壁と拮抗。


「おいコラ天才令嬢」


「……っ!?」


 俺は奴の顎を掴んで無理やり目を合わせた。


 今は観客の目など知らない。


「お前のその力が才能だけじゃなくて努力によるものだって知ってんだよ。なんでお前は努力した。空っぽな目ぇしてんのになんで努力した」


 天才令嬢はまごうことなき天才である。


 とはいえ、才能だけでここまでの実力に至れるわけがない。


 いくら天才……いくら才能があるといっても、相応の努力をしなければ天才令嬢のような実力になれないのだ。


「ど……努力……?」


「そうだ。お前は努力したはずだ。思い出せ。何でお前は努力した? 理由を、根底を思い出せ」


「私は……」


 天才令嬢の瞳に混乱の色が入る。


 もう少しで何か変化がありそうだが……、咄嗟に俺はその場を飛び退いた。


 突き出すのは一本の岩杭。


 これで終わらず、ひと際大きい地響きが足裏に伝わる。


「おうおうなんじゃこりゃ」


 思いっきり跳躍して下を見る。


 戦闘場所全域に開く岩の花。


 大小さまざまな岩杭が突き出ていた。


「よっと」


 俺は一つの岩杭の先端に着地する。


 これを発動した天才令嬢は……顔を俯かせて何かを呟いていた。


 さて、どうするか。


 ずっと待つのも面倒だし攻撃してみよう。


「フッ――」


 岩杭から飛び降りて側面を蹴る。


 剣山となっている場所を素早く移動して、天才令嬢の斜め上に辿り着いた。


 天才令嬢はまだ顔を俯かせている。


「おいそろそ――」


「黙りなさい」


「お?」


「いま良いところなのよ」


「ほう」


 何が何やら分からないが、良いところらしい。


 ならば待とう。


 本来このような試合において流れを止めるのはよくない。


 だが知った事じゃなかった。


 そもそも規則に書いてないのだ。


 文句を言われる筋合いはないだろう。


 俺の目的は全力のこいつと戦って勝つこと。


 後は……こいつの奥底に眠っている何かを表に引きずり出すこと。


 それ以外はどうでもいい。


 数秒……いや、数十秒後。


 ようやく天才令嬢が顔を上げた。


 何か変わったかと俺が思った瞬間。




「――アハハハハハ!」


 突然笑い出した。


 その様子に司会も観客も静まる。


「気でも触れたか?」


「――ハハハ……違うわ。思い出したのよ。私の原点をね」


「へぇ」


「あなたには感謝するわ。ここで思い出せなかったら……一生あの豚の言いなりだった。あぁ、おぞましくて吐きそう」


 陶器のように整っている顔を苦々しく歪ませる。


 あれだけ空っぽだった目も様々な感情を取り戻しているので、本当に何かが変わったのだろう。


「ハッ、なかなか愉快な性格をしているな天才令嬢様は」


「それは褒めているのかしら?」


「もちろん。褒め言葉だぞ?」


「ならよかったわ」


 何を言っているのやら。


 愉快な性格は素晴らしいことだ。


「さて……そろそろ再開しましょう」


「ずいぶん待ったんだ。全力で頼むぜ?」


「当たり前よ。あなたに私という天才を見せてあげるわ」


「カカッ、そりゃいい。最高だなァ」


 天才を見せてあげる、か。


 人によっては傲慢に聞こえるが、こいつはそれを言うだけの実力がある。


 今までは序章。


 これからが本当の天才令嬢との戦闘だ。


「最初の位置に戻ってから戦いましょう」


「りょーかい」


 天才令嬢は戦闘場所全域に開いている岩の花を消す。


 そして戦闘場所の中心で相対した。


「覚悟は良いかしら?」


「んなもんねぇよ」


「ふふっ、そうね」


 目の前の奴はいままでの天才令嬢ではない。


 本来の天才令嬢だ。


「開始の合図は――」


「先手はお前に譲ってやる」


「あら、お優しいことね。それとも舐めているのかしら」


「俺の優しさに決まってるだろ?」


「ならありがたく先手は頂くわ」


 先ほどまで騒がしかった司会や観客が静まる。


 天才令嬢は右腕をゆっくりと持ち上げ俺に掌を向けた。


「これは私の原点。特別に魅せてあげる……」


 形のいい唇を動かし、紡ぐ。


「煉――イグ・サイカ煉獄世界


 唯の火。


 唯の炎。


 単純明快。


 故に強力。


 俺の周囲は煉獄の世界に様変わりした。

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