第35話 その技の名は

 戦闘場所の半域を埋め尽くす煉獄の世界。


 俺は闘気を障壁の外側に放出し続けることで、無傷を保っていた。


 この使い方は、消費が激しいのでやるつもりはなかったが……流石にこれなしで凌ぐのは厳しい。


 常人が受けたら消し炭になっていたことだろう。


「……驚いたわ。何であなた魔術使えないのに無事なのかしら」


 天才令嬢は何も傷がついていない俺を見て驚く。


「魔力で覆った……いや、あり得ない。そういえば異常な動きをしていたわね……。魔力ではないなら何? 別の力かしら……」


 ブツブツと独りでに考え込み始めた。


 意外な一面だ。


 どうやら天才令嬢は研究者気質らしい。


「そろそろいいか?」


「――っと。悪いわね。再開しましょうか」


 天才令嬢のその言葉と同時に俺は地面を蹴る。


 正面ではなく、視界から外れるように斜め下。


 懐に潜り込むようにして俺は剣を振った。


 ガキンッ。


 一瞬で展開された小さな障壁に受け止められる。


「お返しするわ」


 俺は危険を察知して思いっきり右へ跳んだ。


 直後、螺旋する炎が元居た空間を焼き尽くす。


 熱気が体を包む。


 熱い空気を吸いながら間一髪避けれた、と俺は思ったら地面が振動した。


「立て続けにッ!」


 広範囲による振動なので今更逃げられない。


 闘気で足を最大に強化して、全力で跳躍した。


 地響きが止む。


 すると少し前と同じように岩の花が咲いた。


 あまりにも広範囲。


 地上に生きる生物からしたら、非常に強力な魔術だろう。


 が、剣山のようになっている岩杭は、どうやら俺の場所までは届かないらしい。


「案外しょぼい魔術――!?」


 悪寒。


 俺は着地した岩杭から身を投げた。


 体勢など考えていない。


 ただ背筋に悪寒が走って咄嗟に身を投げた。


 その直感は当たっていたようで――俺が身を投げた直後に、一筋の雷が元居た岩杭を粉々にする。


「あっぶね……」


 冷や汗を垂らしながら、俺は体を捻って別の岩杭に着地した。


 今の雷の発動場所は俺の遥か真上。


 丁度、死角の位置なので反応が遅れる。


 気を少しでも抜いたら、一瞬で障壁を割られてしまうだろう。


 もっと警戒しなければいけない。


 汗を拭ってここらで一息、つく暇もなく風の斬撃が飛んできた。


 大きめの斬撃が左右に一本ずつ。


 剣で相殺してもいいが……後々の為に俺は跳躍することで、二本の斬撃を躱した。


 真下で風の斬撃同士が衝突する。


 このまま同じ場所にいるのは不味いと俺は思って、岩杭を足場にして動き回った。


 幸いなことに、俺が動き回っている場所は岩杭が乱立しているので、身を隠すのにも動き回るのにも最適だ。


 普通に考えて俺に有利。


 天才令嬢らしくないなと思ったが――――。


「――っな……!?」


 真横の岩杭から一本の針のようなものが伸びて、俺の障壁に傷をつけた。


「ここにあるのは全て私の魔術よ。いわばあなたは私の掌の中にいるということ。安心するのは……おかしくないかしら?」


「そうか……!」


 なぜ俺は失念していたんだ。


 この剣山は天才令嬢の魔術によるもの。


 つまり俺の居場所や動きは掌握されている。


 天才令嬢の視界から隠れようが動き回ろうが、結局は関係ない。


「こりゃ一本取られたな……まあだからなんだって話だけどなッ!」


 剣に闘気を纏わせて全方向に振る。


 一呼吸のうちに周囲の岩杭が切断されて、音を立てながら崩れていった。


「やるわね。そう来なくっちゃ……!」


 四方八方から押し寄せる岩の針。


 俺はジグザグに走って逃げ、宙返りで躱し、時には剣で切り飛ばす。


「ハハハハッ! これだよこれッ!」


 気を抜いたら一瞬で死ぬというこの緊張感。


 何にも変え難い時間だ。


「お望み通り全て見せてあげるわ……死ぬんじゃないわよ!」


「ったりまえだ!」


 天才令嬢が地面を大きく踏み込んで呟く。


「——アーグドラゴラ岩石竜


 地面が大きく胎動。


 花開いていた岩杭の領域が消失し、岩でできた竜のようなものが地面から姿を現した。


「カカッ」


 なんて最高なんだ。


 どこまで楽しませてくれるんだ。


「こいこいこいこいこいィ!」


 巨大な岩石竜が鎌首擡げて————突っ込んできた。


「ハッ————」


 真正面から受けたら確実に死ぬ。


 狙うは——側面。


 地面を踏み込み——衝突寸前で回転しながら回避し——同時に剣を振る。


「硬ってぇなこれッ!」


 闘気を少し纏わせた程度では浅い傷しかつけられない。


 とはいえ、あくまであの岩石竜は生物ではなく、天才令嬢による魔術なのでやりようはいくらでもある。


 しかも岩石竜はノロマだ。


 破壊力こそ凄まじいが、動きは単調で遅い。


「十秒だ」


 モタモタしていたら天才令嬢に追い詰められる。


 だから十秒でこいつを破壊する。


 別に難しいことではない。


 ただ少しばかり面倒なだけだ。


「おせぇ」


 尻尾の叩き付けを躱し——尻尾を足場にして胴体へ駆け上がる。


「八」


 岩石竜が体勢を戻そうとしているので、走りながら全力で跳躍。


「五」


 背中に着地して——上部に駆け上がる。


「三」


 全力で跳躍——最高到達点は首の真上——重力に従って落下して——。


「一」


 首を一刀両断した。


 両足で地面に着地する。


 少し遅れて岩石竜の頭部が地面に落下した。


「何の魔術かは忘れちまったが……急所は同じだろ? で、これを操作してる時は他の魔術は使えないってか?」


 首を刎ねられた岩石竜は力を失って倒れ、粉々になった。


 きっかり十秒。


 瞬殺とまではいかなかったが、秒殺である。


「正解よ。見事な推察ね。ただ……私が接待のような甘い戦闘をすると思うかしら?」


「いいや? どうせなんか仕掛けてんだろ? 来いよ。受けてたつぜ」


 俺の言葉に天才令嬢は笑うと指を鳴らす。


 すると、周囲一帯に数多もの雷が降り注いだ。


「あなたの強みはその機動力。悔しいけど……いくら私であっても十分に空間があるこの場で、あなたに魔術を当てるのは難しいわ」


 雷は一回ではなく、天と地面を繋ぐようにして途切れることなく降り注ぐ。


 降り注いでいないのは、俺と天才令嬢までの一直線の空間だけ。


 まるで牢獄のようだ。


「私の目的はあなたに勝つこと……その為ならどんな手でも使うわ。あなたは軽蔑するかしら?」


「いいや、まったく。目的のために手段を選ばねぇ姿勢は好きだぜ。現に俺もそうだからな」


 戦い方は自由。


 ただ偶然に俺と天才令嬢が同じ価値観なだけだ。


「ふふっ、あなたならそう言うと思ったわ。それで……今までの魔術は全てこれのため。あなたを閉じ込めるためよ」


「で、何がしたいんだ?」


 まあ大体予想はついているが。


「あなたは強い。間違いないわ。でも……あなたが魔術を使えないことは確か。つまり防御が出来ないということよ」


「炎の中にいても平気だったが?」


「確かにそれはそうね。でも……もうできないでしょう?」


 確信を持って天才令嬢は言う。


 それに俺は少し驚いた。


「まあ


 確かに俺はこの後、闘気を放出して防御することは出来ない。


「だから私はこうする」


 天才令嬢が掌を俺に向けると、掌の前に渦巻く炎が発生した。


 轟轟と燃え盛っていて、触れただけでも障壁が割れるだろう。


「この炎は私より前方の空間を燃やすわ。もちろん上は届かないから跳べば一回躱せるけど……線の魔術だから落ちれば当たる。いくらあなたが不思議な力を使えるとはいえ、空は飛べないでしょう?」


 渦巻く炎は更に大きくなる。


「あなたの敗因は防御の術が無いことよ。これで——私の勝ちだわ」


 天才令嬢の手元から炎の渦が放たれる。


 あいつの言う通り逃げ場はない。


 機動力を封じれば勝てるという理屈も正しい。


 だが……。


「これを待っていたんだよォ俺は」


 いくら俺に前世の記憶があって、剣や闘気の才能に溢れているとはいえ、魔術を使えないのは圧倒的に不利だ。


 今までの令息令嬢ならともかく、目の前の天才令嬢には通用しない。


 ならばどうするか。


 新たな何かを考える必要があった。


「これは特別だ」


 ……前世で死ぬ時、俺は偶然にも魔術を斬った。


 岩といった物体ではなく、炎を斬ったのだ。


 炎は物体ではない。


 故に斬ることができないというのは一般常識だ。


 しかし俺は常識を破った。


 そこに答えがあると信じて鍛錬すること一年。


 ついに完成した。


「そういやァ……名前がなかったな……」


 剣と闘気による新たな可能性。


 バケモノ相手に剣一本で挑むことができる一つの大技。


 剣に闘気を纏わせ、自分の体の一部と認識する。


 意識を手前ではなく遠くへ。


 遥か遠く。


 斬撃をもって世界を断つように。


 剣を振る。


 その名も——





「——断界」





 一寸先に迫っていた炎の渦。


 咽帰る熱気。


 全て諸共——————斬り裂いた。


「ッラァァァ!」


 今の大技で闘気は限界。


 開いた天才令嬢までの道。


 振り絞って地面を強く蹴る。


 速く、速く、これ以上ないくらい速く。


 残火が障壁にヒビを入れるが関係ない。


 意識は全て目の前に。


「なっ————!?」


 引き伸ばされる視界に驚いている天才令嬢の顔が映る。


 完璧な策だと思っただろう。


 予想外だったろう。


 だが、これが俺だ。


 剣に魅せられ、剣に狂い、剣に捧げた————俺なのだ。


「俺の————勝ちだァァァッ!」


 全身全霊の一閃。


 天才令嬢が魔術を使う隙もなし。



 バリンッ。



 音をも置き去りにする俺の剣閃は、勝利の音を響かせた。



 静まる会場。


 司会も観客も……言葉を失っている。


 俺は疲れ切った体を引きずりながら、観客に体を向けた。


 戸惑い……愕然……驚愕。


 時が凍り付いたかのような状態。


 ……俺は拳を上げ——口を開いた。



「俺の勝ちだッ!」




 静まる会場に俺の声が木霊する。


 一瞬後、会場全体が爆発した。


 ビリビリと空気が痺れ、体全体が震える。


 剣に馴染みのある冒険者はもちろん、普通の平民から商人、更には魔術至上主義の貴族まで。


 全員が興奮していた、熱狂していた。


「ははははっ」


 司会が何か言っているが、観客等の声によって全く聞こえない。


 皆が驚き、皆が注目する。


 俺は実感した。


 あの天才令嬢に勝ち————宣言していた魔闘技で遂に優勝したのだと。

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